第14行目  電波パニックその2

 慌てた三人が駆けつけてみれば……


「テレビ、さ、ん……」


 そこには砂嵐状態のテレビが。そんな状態を見て、膝から崩れ落ちたのは奈央である。


「そん、な……」

「リモコンを押しても、うんともすんとも言わないんだよ」

「グググ先生に続き、テレビまでも。この家で一体何が起こっているのでしょうか」

「えっ? スマホも壊れたの?」

「えぇ、実は先ほどから使えなくなったのです」


 奈央が崩れ落ちる中、事情を知らなかったナツキへ、千景が状況を説明する。いまだかつて起こったことがない事態に、ナツキも頭を悩ませる。


「およよよ、テレビさん。今日は夜にお笑い番組をみようと約束していたではないか。よよよよよ」


 そうしている間にも、奈央はテレビが壊れたことに対するショックが大きいようで、テレビの前で泣き崩れていた。しかし……


「はっ!」

「えっ!?」

「なんだよ、ビックリするなぁ」


 スクッといきなり立ち上がり、千景たちの方を振り向く。そしてズンズンと鼻息荒く近づいてきた。


「おい、グググ先生とテレビさんがやられた今、他の子たちは無事か? 冷凍庫さんや洗濯機さんたちは大丈夫なのか? スズはどうした? あの子は無事か?」


 奈央の言葉を受けて、ぞわっと背筋に冷たい物が走る。そして一斉に家中の家電を確認しに散ったドラゴンたち。




※※※




 三人が家中の家電の危機かもしれないことに思い至ったその僅か1分後。


「わー」


 楽しそうなスズの声がリビングに響く。彼女は飛び出す絵本で遊んでいたのだが、今は奈央の腕の中に居た。


「怪我はないな? スズ」

「キャー」


 物凄いスピードでやってきた奈央。駆けつけた時に舞う風が楽しかったのだろう。スズは奈央の問いかけにニコニコの笑顔で答えてくれる。


「では各々報告を頼む」


 そう奈央が告げた時にはナツキと千景もリビングに戻ってきていた。流石はドラゴン。移動速度が俊敏である。そして僅かな時間で家電たちの状況を確認し、それぞれの報告が始まった。


「電子レンジ、冷凍庫、炊飯器は無事だった」

「洗濯機、給湯器、掃除機は無事です」

「エアコンさん、扇風機さんは無事だ。しかし……電話さんが返事をしてくれない」


 奈央のこの言葉に、息をのむ音が静かな部屋に響き渡る。


「そん、な……」

「次なる被害者が」


 真っ青な顔で慌てる三人。今のところ無事である家電は多いが、いつまで保つかも分からない。原因不明の事象により既にスマホ、テレビ、電話の三台がやられているのだ。この家で一体何が起こっているのだろう。

 ……恐らく皆様には、原因がお分かりかと思いますが、もうしばらく彼らの様子をお楽しみください。


「くっそ、一体誰がこんなことを」

「私たちは何者かに攻撃されているのかもしれません」


 千景の瞳が鋭く光る。ドラゴンである自分たちの正体を見破った何者かが攻撃を仕掛けてきているのだろうか。人間か、それともそれ以外の不思議な者たちか。見えない敵を見ようとその目を鋭く光らせる。


「こんな時はゼンだ! あいつこういうの強いだろう」

「そうですね。彼は今仕事に出ていますが、致し方ありません。迷惑かもしれませんが、電話をかけてみましょう」


 一縷の望みをかけてゼンに託そうとするが、彼らの歩みはすぐに止まる。


「……電話が使えないんでした」

「スマホも無理なんだったな」

「会社まで呼びに行きますか?」

「いや、敵の姿が分からない以上、人数を減らしてここの守りを手薄にするのは不味い気がする」


 別に誰かに攻撃されている訳ではないので、敵など最初から居ないのだが。もちろん彼らにそんなことが分かるはずもなく。

 機械に強いゼンに頼ることもできない。更に外部との連絡手段が絶たれた今、打つ手なしの手詰まり……かと思われたが。


「落ち着け、お前たち」


 凜とした奈央の声が部屋に響いた。スズを胸に抱き、堂々と確固たる態度で声を発する。


「いいか、俺たちは解決の糸口をもう知っている」

「え、それは?」

「なんですか?」

「それは……」


 ナツキたちがゴクリとつばを飲む。ドドドっとドラムロールが鳴るように、たっぷりと間を取ってから、奈央が高らかに宣言した。


「ダブリュー、アイ、何とかだ!」


 Wi-Fiのことである。ちゃんと覚えてくださいよ。

 そして、奈央にしては珍しく原因を的確に言い当てた。そう、全ての原因はWi-Fiである。皆様は既にお分かりかと思いますが、先ほどお昼寝明けのスズがコードを引っこ抜いた白い箱、あれはWi-Fiの受信機である。この家ではグググ先生もテレビも電話も、全てWi-Fiを介して電波を受信している。そのためWi-Fiさえ復活すれば、何もかも元通りになるのである。


「グググ先生が我らに最期に残したメッセージ。ダブリュー、アイの状況を確認、と」

「グググ先生からのダイイングメッセージですね」

「何だよ、ダブリューアイって」


 もちろんそんなことは彼らには分からない。しかし分からないなりにも、近づいたり遠ざかったりしながら議論は進む。


「ダブリューさんとやらがこの攻撃を仕掛けたと思っていましたが、もしかして重要人物だったのではないでしょうか。グググ先生が安否を気にしているくらいですから、きっとその方に聞けば、この窮地は脱せると思うのです」

「その正体を突き止めることが出来れば、我らに勝機があるやもしれぬ」

「ダブリューアイは一体どこに居るんだ?」

「全知全能を司るグググ先生より上位の存在であるとみた。となるともしや、事態は世界規模の問題である可能性も視野に入れねばならぬだろう。我が家の問題だけでは済まされないぞ」


 ちょっと壮大なスケールになってきてしまった。


「こんな時にゼンが居てくれれば」

「相手はゼンが居ない時を狙ってやって来たんだ。くっそ、俺たちのこと完全に舐めてやがる」

「居ないものは居ないのだ。今更悔やんでも仕方あるまい。この戦が終われば、ゼンにいろいろ教えてもらおうではないか」


 別に敵なんて最初から居ないので、誰かと戦っている訳ではないのだが。


「さて……」


 ふぅと、一息呼吸を落ち着け、奈央が口を開く。


「どんなことでも教えてくれるグググ先生。下界の情報を届けてくれたテレビさん。外部との通信手段である電話さん。この三人を使用不能にしたということは、混乱と共に世界転覆を謀る組織による犯行の可能性が高い。とりあえず我らはゼンが帰ってくるまでの残り3時間、これ以上誰の犠牲を出すこともなく無事に乗り越えることが指命と考える。各々方、心して守れ」


 再度伝えるが、戦ではない。

 しかし流石は最年長。解釈が斜め上に飛んでいるのだが、いざという時の堂々とした態度は素晴らしい。ナツキと千景の背筋も自然と伸び、ピリッとした空気感が辺りを包む。


「わー!」


 そして全ての原因を引き起こしたスズは、奈央たちが青くなったり真剣になったり騒がしくしているのが楽しいのだろう。パチパチと手を叩きながらこの状況を楽しんでいた。

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