第7行目 全員集合
「ただいま」
夜7時、山奥のこの家に、一人の男性が帰宅した。青いネクタイにスーツを着た男性。今日は忙しかったのだろうか、彼からどことなくヨボヨボしている雰囲気を感じる。
ご飯を食べてお風呂に入りのんびりしよう、そんなことを考えながら和室の扉を開ければ……
「ほら、スズ。高い高いだぞ」
「キャーキャー!」
「バカ、高く上げ過ぎだって」
見知らぬ幼女の姿と、デレデレの奈央の姿。驚きすぎて持っていた鞄を下に落としてしまった。
「なに、これ……」
「あ、ゼン。お帰りなさい」
「た、ただいま」
そして力が抜けてしまったらしい。男性の身体からぷしゅぅと音が出て、白い煙が吹き出した。
今の今まで仕事のために年齢を誤魔化して擬態していた身体。小太りから細身の猫背へ。薄くなりかけていた髪がふさふさの黒髪へと戻っていく。彼はこの家に住む最後の一人……いえ、一匹であるゼン。
現在52歳で、定年後は70歳まで嘱託職員として働き、その後はどこか遠くの町で年金をもらいながら余生を謳歌して死ぬ予定の中年小太り設定。IT関係の会社で働いている。ちなみに実年齢は約400歳のドラゴン。四人の中では最年少である。
「え、あの子、誰? ナツキの隠し子?」
「おい、何で俺を名指しするんだよ」
「拾い子ですよ。奈央が昼間見つけました」
「へ、へぇ……」
頭の理解が追いつかないゼン。それもそうだろう、妙な噂故に鳥居をくぐる人間なんて居なかったのに。それがまさかやってきたのが小さな小さな人の子とは、驚かない方が可笑しい。
「お、ゼン帰ったか! ほれ、スズ、ゼンに挨拶をするぞ!」
「ううー」
「え、待って。こっちに近づけないで。そんな小さいの無理。力加減ミスって壊しそう」
スズを抱っこして迫ってくる奈央に懇願するも、彼は止まってくれない。
「なぜ逃げる。ただ挨拶したいだけなのに」
「いやだから、壊しそうで怖いんだって。会社で人と握手するだけでも気が狂いそうなのに、そんな小さいの無理だって」
仕事担当として人に接する機会はあるものの、彼が勤めているのはIT関係。幼い子供とは無縁の世界である。そしてドラゴンという性質上彼らは力が強い。人間に擬態している今でもやろうと思えばリンゴを握りつぶすことができる。
「やめて、やめてよぉ。潰しちゃうから」
「大丈夫だと思うぞ。ゼンは器用な子だからちゃんとできる! さぁ! さぁ!」
「無理だって! お願いやめて!」
素早く逃げ回るゼンだが、狭い室内ではやはり限界がある。ジリジリと隅の方へ追いやられ……
「ひぇ……」
ついには壁際まで追い詰めらてしまった。奈央に持ち上げられ、目の前まで迫ったスズが迫そこにいる。あぁ、幼子の命を消してしまうと、彼が心を決めていれば……
ギュッ
震えるゼンの手をスズの小さな手が握った。ゼンが目を開ければ、そこには満面の笑みのスズが。彼女はちゃんと生きていた。
……そもそもスズから握っている訳で、ゼンは全く力をいれていない。これでは壊れるものだって壊れるはずがないのだが、今の彼はそれどころではない。
「いのち……尊きいのち」
小さな小さな温かいその存在に、尊さが限界点を越えたらしい。固かった表情がほわぁと解れ、「いのち、いのち……」しか呟かなくなってしまった。
「な? 大丈夫であっただろう。ほれスズ、ゼンにパンチして無事を示してやろう!」
「うー」
明らかに様子が可笑しいゼンには全く気がつかず、奈央が追い打ちをかける。奈央の声を受けて、スズがゼンの頬を楽しそうにぷにっと突いてしまった。
「う゛……」
するとしばしフリーズした後に、苦しそうに胸を押さえてゼンが倒れ込んだ。
「おや、そんなに痛かったか?」
「うん、主に胸の辺りが」
「? そうか」
本人たちはよく分かっていないが、可愛いが許容量を超えたらしい。重傷者一名。悶え苦しんでいるので、放っておきましょう。
※※※
そんな賑やかな時間が流れ、夜も更けてきた頃。
「寝ましたね」
「可愛い寝顔だな」
「そうであろう、そうであろう」
「なんでじじいが得意げなの」
騒ぎ疲れて眠り込んだスズの顔を眺めながら、デレデレとしている奈央。
スズは穏やかに寝息を響かせて眠っている。もちろん彼女が着ているパジャマは、昼間にナツキが貰ってきたもの。ピンク地に白いウサギが散りばめられた可愛らしいパジャマで、ふかふかの布団でスズは眠りについた。白いウサギのパジャマを見て、昼間のことを思い出したのか奈央が少し涎を垂らしたのは幸いにも千景にはバレなかった。
「さてと……」
いつまでも可愛らしい寝顔を眺めていたい、そう思うも彼らには話し合わなくてはいけないことがある。
「これからどうするんだよ。このままずっと育てるのか?」
「育て続けるのは、無理があると思いますよ。今ならご両親を探すことも出来るかもしれませんし」
「僕は人里に戻した方がいいと思うけど」
ナツキ、千景、ゼンの三人はそれぞれ考えを述べながら、目線は自然と事のきっかけである奈央の元へ集まる。三人の視線を受けて、奈央はニカリと笑った。
「いつかは人里に戻さねばと思うぞ」
「いつかっていつ?」
「分からん。だが、時が来るまでは共に過ごしたいものだなぁ」
そう言うと奈央は寝ているスズの手を優しく握る。すると、スズはギュッと握り返してくれた。
「ふふ、愛い奴め」
ニコッと破顔して奈央は優しい瞳でスズを見つめる。そんな様子の奈央を見ては、すぐに帰せとも言えなくなってしまった。三人からため息が漏れる。
「分かりましたよ。いつかが来る時まできちんと無事に育てますよ?」
「折角綺麗な名前付けたんだから、それが似合う子になるといいな」
「僕、仕事帰りにお菓子買ってくるよ」
スズを囲むように寝転がる彼ら。その様は既に仲睦まじい家族のよう。
奈央の言ういつかのその時は分からない。しかし、その時が来る日まで、彼らの賑やかな日常はもうしばらく続きそうである。
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