第2章

第8行目  読み聞かせ

「雨だなぁ」

「うー?」


 奈央とスズが窓の外を眺めながら残念そうに呟いている。

 外ではシトシトと静かに雨が降っていた。こんな天気では奈央の当番である畑仕事は捗らないし、スズも外では遊べない。

 昨日に引き続き今日もまたスズと一緒に畑に行こうと思っていた。今日は泥団子でも作って遊ぼうと考えていたのだが、残念なことにこれでは遊べない。


「仕方ない、今日は部屋の中でじじと遊ぼうな」

「あーあー」


 泥団子はまたの機会にすることにして、スズを抱えて奈央はリビングへ。

 今日は土曜日なので、仕事担当であるゼンも休日。くつろぎながらスマホをいじっている。その横では掃除をしている千景。隣のキッチンではナツキが昼ご飯の準備をしており、リズム良く包丁の音を響かせている。なんとものんびりとした時間が流れていた。


「スズ、それではじいが本を読んでやろう」

「う?」


 そしてスズを自分の膝に招き入れ、横に積まれていた絵本から一冊抜き取る。

 昨日ナツキが親切なご婦人方からいただいたあらゆるもの。これはその中の一冊である。

 本当にご婦人方からたくさんの品々を譲っていただけた。中でもオモチャの類いは多種多様。どれが彼女のお気に入りになるのか楽しみな程である。


「むかし、むかし、あるところにそれはそれは美しい乙女が住んでおった」

「あー」

「乙女はお婆さんから頼まれ、買い物へと出掛ける」


 さあ、この本はスズのお気に入りになるだろうか。スズはウサギのぬいぐるみを片手に、奈央の膝の上にちょこんと座った。まだ彼女は幼いため言葉を理解することは難しいのだろうが、物語のドキドキ感が伝わるのだろうか。キラキラとその瞳が輝いていた。穏やかで仲睦まじいその光景。だが、暗雲はすぐに立ち込める。


「するとそこへ男が。彼は乙女が一人であり、周りに人が居ないことを注意深く確認する。そして、静かに剣を抜き、乙女との距離を詰めていった。最近巷では辻斬りが出没すると恐れられていた。それはもう残忍な手口で人を斬るらしい」

「ちょ、ちょっと待って。それ大丈夫? 本のチョイスおかしくない? それ幼女に読み聞かせていいやつじゃないよね?」

「その被害者たちは相当痛い思いをしたのだろう。本当に気の毒な程に切り刻まれている。今日もまた一人、そんな可哀想な犠牲者が増えてしまうのだろうか」

「ねぇ、それやっぱりダメだよね? 小さい子供には刺激が強すぎるんじゃないかな。違うやつにした方がいいと思うんだけど」


 どうやらご婦人方からいただいた品物の中に、年長者向けの過激な本が紛れ込んでしまっていたようだ。ゼンが慌てて止めるも、奈央は意に介さず。そのまま読み聞かせを続けてしまう。


「気配に気がつき、乙女が叫んだ『だ、誰か、助けてー!』」

「ちょっと! 何で続けるのさ!」

「奈央、いけません」

「ねぇそうだよね、この本はダメだよね、千景」


 ゼンが一人あたふたと止めようとしていれば、千景が参戦して注意してくれる。流石の奈央も千景の言うことなら大人しく聞いてくれることだろう。これで一安心だと、ホッと息を吐き出していれば……


「もっと感情を込めて読まなくては、スズの教育に悪いです」

「違う違う。まず本のチョイスを注意してよ」


 ツッコミたいのはそこではない。感情を込めるうんぬんの話ではなく、それ以前の問題である。


「おぉ、確かにそうだな、では改めて……コホン」

「ねぇ、なんで俺のこと無視するの? 悲しいんだけど」


 千景の言葉は素直に聞くのに、一向にゼンの言葉を聞いてくれそうにない奈央。もう注意するのは止めようかなと思っていれば……


「ぐっへっへ、そこの女子、めっちゃ可愛いな☆ 是非ともメル友になりたいお。よし、勇気を出して話しかけてみようかな♪」

「え、待って。感情を込めるって、そっちなの? 辻斬りの方に感情込めちゃうの? しかも辻斬りってそんな気持ちで乙女に近づいてたの?」


 「感情を込める」の解釈が遙か彼方へ飛んでいってしまった奈央。更にかなり奈央の個人的な感情が入り込んでしまっている気がする。これはこのままで大丈夫なのだろうか。物語がとんでもない方向へ行ってしまいそうで心配でしかない。

 ゼンが気を揉んでいるが、それだけでは終わってくれない。奈央は続きの物語を紡いでしまう。


「へい、彼女! 君可愛いね、どこ住みなの? 良かったら、ナウでヤングな俺と、ランデブーしない?」

「嘘でしょ、続けるの? 待って止まってよダメだって」

「えー、誰なのあなた。私、結構高貴な身分でやんごとなき感じだから、あなたじゃ釣り合わないかもしれないぞお☆」

「え、ちょっとやめて、千景まで入ってこないで」


 女役として千景まで変な本読みに参戦。ただでさえ大変な空間だったのに、さらにカオスな空間になってしまった。


「大丈夫だよ、彼女っ! 俺、こう見えても車持ってるんだ。君が行きたい場所へどこへでも連れて行ってあげるよ」

「キャッ♡ なんて素敵な殿方。それじゃあ、あの星の彼方まで連れて行ってくださる?」

「あぁ、お安い御用さ可愛い子猫ちゃん。さぁ、俺に捕まって」

「はい、私あなたに着いていくわ」

「はははっ、じゃあ行こうか。今夜は寝かせない……」


 バタンッ!


 奈央が続きを言葉にする前に、凄まじい勢いで本が閉じられる。そして本の隙間から、物凄く低音で圧マシマシな声で……


「スズの教育に悪いからそういうの止めてくれる?」

「「ウッス、すみません」」


 無視され続け変なやり取りを聞かされ、ついに限界の来たゼンが切れた。とんでもなく怖い顔で二人を黙らせる。


「今日も平和だよね~」

「キャッキャッ」


 のんびりとした声を響かせ、完成した料理と共にナツキが笑いかければ、ご機嫌なスズがキラキラと笑う。

 言葉の分からないスズには、奈央たちがワタワタと動くのが楽しかったのだろう。小さな手足をパタパタさせて喜んでいた。


「ほらみんな、ご飯だから片付けて」

「はーい」

「あいあい」

「もっと早く来てよ、ナツキ」


 ゼンだけがかなり疲れてしまったが、程よくお腹が空いたところでお昼ご飯。ほかほかな料理たちが机に並んだ。

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