第6行目 ドキドキクッキング
「書いてある通りに作ればできるはずですので、二人で頑張りますよ!」
「あいあい」
ナツキがキッチンで昼食を用意する間に、和室では奈央と千景が離乳食を作り始めた。ちなみにスズは畑ではしゃぎ過ぎたのか、すややかにお昼寝中である。
早速袋に書いてある通りに進めようと、慎重に作業が開始されていく。
「えっと、まずは……『切り込みの部分から手で本品を開封します』」
「え……」
袋の裏面に書いてある表記を読み上げながら、始めの一行目で問題発生。二人が手にしているのは、プラスチック製の袋(切り込み部分付き)なのだが……
「いやいや、刃物を使わず手で破れる訳がなかろう。紙ではあるまいし」
「そうですよね! 人の子が手で破れるのは紙だけだと聞いています」
「そうだそうだ! そんなか弱い人の子がこんな見るからに硬そうな物を手でスーっと破れる訳が……はっ!」
「何ということでしょう!」
何ということでしょう。まさか開かないと思い、ダメ元の軽い気持ちと力で引っ張ってみた開封口が、スーっと滑らかに開いたではありませんか。硬いと思っていたビニールの開封口が道具も使わずに、しかも綺麗に開けることができました。
「これぞ匠の技!」
「文明開化ですね!」
開封できただけでこのはしゃぎようである。
それもそのはず。実はこの二人、人の世から離れて長い年月が経っていた。
彼らの役割分担は50年周期で回っていくが、その中で人の世と関わりを持つのは、お金を稼ぐ仕事担当だけ。食事担当が買い物に出掛けることはあるものの、深く人の世と関わることはない。彼らが仕事担当だったのは奈央は100年、千景は150年も前のことである。これだけの年月があれば文明もさぞ開花することだろう。
「次は何と書いてある?」
「次はですね……『お湯を注ぎ、ジッパーを閉めて15分待ちます』」
「じっぱーとは?」
聞き馴染みのない言葉に、二人揃って頭の上にハテナが浮かぶ。
「こんな時はグググ先生に聞けば良い!」
「誰です、そのグググ先生とは?」
「知らぬ。だが世界のありとあらゆることを知っている存在らしい」
「タダ者ではありませんね。そのお方はどこに?」
「ここ」
テレレッテレーと奈央がポケットから取り出したのは、スマートフォン。
この家には仕事担当が使うスマホと、家で誰でも使っていい共用のスマホの二台が存在する。最近導入されたばかりの最新モデルであるのだが、機械に強いゼン以外の面子は使い方がほとんど分からない。
「この前ゼンに教えてもらって、グググ先生だけ覚えたのだよ。はっはっはっ」
グググ先生と言っている時点できちんと覚えられていないのだが。本人は得意気に『じっぱー 使い方』と入力し、検索ボタンを押した。
「なんと!?」
「何か分かりましたか!」
「見てみろ、これを!」
奈央が差し出した画面では、動画が再生されていた。それはジッパーを閉めることにより、袋の中が完全に密封。中身が零れる心配もないという旨の動画だった。
「これはもしかして巷で流行っているという、マジックとやらではありませんか?」
「そうかもしれない。こんな都合のいいことがあるはずないからな」
「そうですとも、テープも洗濯ばさみも使わずに、指だけで蓋が閉められるなんてことがある訳……はっ!?」
「おぉ!」
何ということでしょう。軽く指でつまんでスライドさせただけなのに、口が閉じているではありませんか。これで仮に倒れたとしてもお湯が零れる心配はありません。
「文明が進んでいる」
「素晴らしい!」
文明開化を絶賛する二人。そして次なる工程は……
「『このまま30分待ちます』とのこと」
「待つだけで出来るのか」
ここまでその身を持って人間界の技術の進歩を体感した二人。しかしこればかりはまだ半信半疑。本当に完成するのかと、ジッと30分間袋との睨めっこが始まった。
30分後……
「さて、中は一体どうなっているのだろう」
「信じましょう、人の子の文明を」
恐る恐るといった手つきで、二人は袋の口を開封。すると……
「ほかほかのご飯が産まれた!」
「素晴らしいです! これが人の子の文明開化なのですね!」
ふんわりと湯気を上げたご飯が爆誕。嬉しさのあまり、二人して万歳三唱である。
※※※
「お待たせ、ご飯出来たよ」
しばらくして出来上がった奈央たちの昼食を運んできたナツキ。彼が見たのは……
「ほらほら、美味しいですか?」
「俺たちの作ったご飯だぞぉ」
「あー」
ふぅふぅとしながらスズの口にご飯を運んでいる奈央と千景の姿。スズは美味しそうにモグモグしており、お気に召したようだ。
ご飯は真っ黒に焦げてもいないし、緑色などに変色することもなく、真っ白で美味しそうな状態を保っている。ホクホクと立ち上る湯気が何とも美味しそうで、食欲をそそる仕上がりだった。
「良かった、ちゃんと無事に出来たのね」
「ん? どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ」
つい本音がポロリと口をついたが、最初にナツキが心配していたような惨事は起こらなかった。もちろんすったもんだはあったが、怪我もないし爆発もしなかったし、美味しいご飯を作ることができた。それだけでこの二人にしては上出来である。
「さぁ、俺たちも食べよ。待たせてごめんね」
「いやありがとう」
「いただきます」
スズの口にご飯を運びながら、自分たちもお昼ご飯。ナツキの作ってくれたご飯を冷めないうちにいただいた。
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