第11行目 千景について
みなさんどうもこんにちは、千景です。
何か話してと言われたのですが、こう改まると緊張してしまいますね。何を話しましょうか。んー、そうですね。
あ、洗濯担当をやっていて、大変だった一日のお話をしましょう、そうしましょう。ちょうど先ほど台風の日の話題が出ましたからね。その台風の日の次の日のことですよ。
台風の前から一週間ほどでしょうか、雨が降り続いていたんです。スズも外で遊べず、ずっと家の中に居ます。そして台風の日はとてつもない風と雨でした。下町の人の子の世界では被害は少なくないようで、今朝ニュースで木が倒れただの、土砂が崩れただの話題になっておりました。
私たちの家には、ありがたいことに壊れるなどの被害は特になく。近くの銀杏の木の葉が風でたくさん落ちたので掃除が大変そうではありますが、それくらいです。
しかし我が家としては、この長雨のせいで別の重大な問題が浮上しておりました。
実は我が家の洗濯機は外にあります。屋根もない場所に位置しているため、洗濯機の蓋を開けた瞬間に、雨にやられます。少しくらいの小雨なら洗濯をすることもありますが、基本的には雨の日は洗濯が出来ません。台風のように激しい雨風の日はもっての外です。なのでこの所着る物が減っていくばかり。もう着るものがありません。ほとほと困っておりました。
しかし、神は我らのことを忘れていなかったようです。今日は昨日までの雨が嘘だったかのような、晴れ模様。台風が過ぎ去った故でしょうね。僕はとっても嬉しくなりました。
「ふふん♪」
鼻歌交じりに今まで溜まっていた洗濯物を洗濯機の中へ突っ込みます。久しぶりの晴れなのです。折角ですから、寝間着やシーツも洗ってしまいましょう。
そう思い立ち、僕はまだ眠っている奈央、ナツキ、ゼンの部屋へ行き、寝間着とシーツをはぎ取りました。
「ギャー!」
「やめて、鬼!」
「スヤァ」
一人を除いて悲鳴が上がりましたが、無視しました。あ、安心してください。我らはドラゴンです。少しの間パンツ一丁でほったらかしにしておいても、風邪なんて引きませんし、引いたとしても死んだりしません。
それよりも優先すべきことは洗濯ですよ! 僕は彼らからはぎ取ったものを洗濯機へと放り込むと、自分も着ていた物を脱いで洗濯スタートです。
ゴウンゴウン、と心地よい音が聞こえます。これで任務完了。後は洗い終わった物を、ポカポカのお日様の下に干すだけです。
「ふぅ……」
仕上がりが今から楽しみですね。清潔な洗濯物たちは、お日様の匂いがしてとても気持ちが良いですから。
さて、洗濯が完了するまで、しばらく時間がありますね。折角です、優雅なティータイムにしましょうか。皆さんも一緒にどうですか? 確かナツキの作ったお菓子が棚にあったはずです。ささ、皆さんこちらへ。
「あ」
僕は早速キッチンへと行こうと思ったのですが、ふと気がつき、立ち止まります。
今日何着て生きていく?
先ほども説明した通り、ここ最近毎日雨だったので、洗濯物が溜まりに溜まり着る服が無くなっていました。意気揚々と僕は全ての服(寝間着含む)を洗濯機に突っ込んだ訳で、今パンツ一丁なのですが……
今日何着て生きていく?
「……という訳でして」
「こんの、お前千景やりやがったな」
「まぁいいじゃないですか、一日くらいパンツ一丁で過ごしても。あははははは」
「あははははは、じゃねーよ!」
ナツキに肩を掴まれ前後に揺すぶられますが、ない物はないのです。仕方がないではありませんか。あははははは。
「僕も今日は仕事ないからいいけどさ」
「俺も構わぬ! さぁスズ、今日は何して遊ぼうか」
「あー」
奈央とゼンは今の状況を特に気にとめていないようです。パンツ一丁で部屋を歩き回り普段通りに過ごしています。全く、ナツキも彼らを見習って寛容であってほしいのですが。
あ、ちなみにスズは親切な奥様方から大量に服を貰っていますので、今この家で唯一服を着ているのは彼女です。
「危なかったな。もう一日遅ければ、パンツもなくなるところだったな。あははははは」
「パンパー○で過ごさないといけなかったよね。あははは」
「はははは」
「頭イカレてんのか、お前ら」
あははっと楽しそうな笑い声が部屋の中を包み込むのですが、ナツキだけはやはり不満げ。と言うよりむしろだいぶキレ散らかしています。
「お前らはいいだろうよ、パンツでも! だけどな、今日の昼は楽しみにしていた天ぷらの予定だったんだぞ!」
「おぉ、いいな天ぷら! よろしく頼むぞ」
「よろしくじゃねぇよジジイ。その天ぷら、俺が揚げるの! 油! 跳ぶでしょ! 熱いでしょ!」
あぁ、それは少し気の毒なことをしてしまいましたね。
経験のある方も少なくないのではないでしょうか。天ぷらを揚げる時、熱々の天ぷら油が跳ねてしまうあの現象。服を着ず、パンツだけで立ち向かわなくてはいけない彼の心中をぜひお察しいただきたい。
「頑張れば何とかなる!」
「じゃあお前が頑張れ」
今にでも熱した油に奈央の顔を付けるんじゃないかと思ってしまう迫力のナツキ。
実はナツキ、今は人間に擬態しているものの、元が大地属性のドラゴンなのです。そのため、そもそも熱いものや炎は私たち他のドラゴンたちに比べて耐性がありません。そんな彼にパンツという低レベルな装備だけで天ぷらを揚げろというのは、かなり酷な話ではあります。
「まぁまぁ、この天気ですし、服は夜には乾きますから、天ぷらは夜ご飯にしましょう。ね? そうしましょう、ナツキ? 夜ご飯の予定だったものを昼にすればいいです。夜はなんだったのですか?」
「カレー」
「安全な食べ物なので大丈夫ですね!」
「誰のせいで天ぷらが危険な食べ物になったと思ってる訳?」
奈央を助けようと助け船を出しましたが、怒りの矛先が私に向いただけでしたね。まぁそもそもの元凶は私であるので自業自得ではあります。大人しく怒られるとしましょう。
こうしてお昼ご飯はカレー、夜ご飯は天ぷらとなり事なきを得たし、無事に洗濯物は乾きました。お日様の香りのする布団で眠れたので、みんな夢見が良かったし、ナツキの機嫌も次の日には直ったのです。めでたし、めでたし。
以上、千景でした。皆様どうぞ引き続きお楽しみくださいね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます