第10行目  畑に行って来る

「畑に行ってくるぞ」


 今日は雨……というより台風直撃中。ゴウゴウと激しい雨風が屋根を叩いている音が聞こえる。そんな中、奈央はのんびりとした足取りで出て行くようだが、大丈夫だろうか。


「「行ってらっしゃい」」

「ばばーん」


 出掛けていく彼を、ナツキとゼン、そしてスズが見送ろうとしている。今日は台風直撃のため、ゼンの仕事は休み。ナツキもお店が臨時休業になっているため買い物には行けず、お昼ご飯の支度までリビングでのんびりとしている所である。


『続いてのニュースです。列島に台風が直撃中。各地で河川の氾濫が相次いでおり、河川の近くは大変危険な状況です。土砂崩れの恐れもあり……』


 テレビでは台風の話題一色である。みんな不要不急の外出を控え、家で大人しくしている今日この頃。そんな中、奈央は出掛けようとしている訳だが、本当に大丈夫だろうか。


「うわぁ、酷いねこれは。川が溢れちゃってるじゃん」

「こんなのすぐに流されちゃうよ。誰も近くに居なくてほんと良かった」

「だよな。でもよくニュースとかでさ、『畑を見に行ったお爺ちゃんが流されて』とかよくあるよな」

「痛ましい事故だよね。こんな日は絶対に外に出たらダメだよ」


 そう、ですよね…………………………







「ちょ、待った奈央! 止まれぇ!」

「外行かないで!」


 気がついたナツキとゼンがすぐさま飛び出して、間一髪玄関で靴を履いていた奈央を食い止めた。


「どうした二人とも、そんなに慌てて」

「いやいやお前こそどうした」

「こんな台風の日に外に出たらダメでしょ」


 肩を掴み必死に訴えている二人の言葉に対して、奈央はキョトンとした顔で首を傾げるのみ。あまりピンときていないらしい。


「いや、畑の様子が気になってな。近くに川があるだろう? この雨だから溢れてるんじゃないかって思ってな」

「溢れてると思うし、凄い勢いで流れてると思うよ」

「足をすくわれて一緒に流されちゃうくらいに激流だと思うよ。泥とか石とかと一緒に揉みくちゃにされるよ!」

「……」


 訴えてくる二人の言葉を聞き、しばらく意味を考える奈央。そして、コクリと一つ深く頷くと、隣に置いてあった籠を掴んだ。


「では行ってくる」

「ねぇ馬鹿なの!?」

「俺たちの話聞いてなかった!?」


 全く聞き耳を持ってくれない奈央。彼は畑の野菜たちが心配なのだ。その心は分からなくもないが、外は大荒れ模様。そんな中に出ていくなど正気の沙汰ではない。


「何だ、お前たち。別に問題ないであろう。我らはドラゴンぞ? いざとなれば空を飛べるし、激流であろうと水中で息が出来る。何も心配することはあるまい」


 そう、台風の日に外に出て命の危機にさらされるのは、人間のお話。しかし、彼らは違う。普段は人間に擬態しているものの、その正体は生態ピラミッド頂点であるドラゴン。台風の雨風に煽られることはあっても、流されて死んでしまうようなことはまずないだろう。つまり……


「別に奈央の心配をしてる訳じゃないんだよ」

「もっと重大なことを心配してるんだよ、僕たちは」

「?」


 それはナツキとゼンも承知の事実。彼らが必死に奈央を止めようとしているのには、もっと別で、しかも重要な意味がある。


「どうしたのですか、三人とも。玄関でお揃いで。スズがリビングに一人ぼっちでしたよ。可哀想ではありませんか」


 奈央が頭にハテナマークを浮かべていれば、手にモップを持って、スズを抱っこした千景がやってきた。


「ほら来た」

「僕たちは知らないからね」


 彼の登場を知るが早いか、そそくさとその場を離れるナツキとゼン。そう、彼らは千景の存在を恐れていたのだ。しかし、奈央は未だピンときていないようで、首を傾げるのみである。


「なんだぁ、あいつらは全く」

「奈央、何かあったのですか?」

「いや何もない。二人が変だっただけだ。俺が畑に行こうとするのを止めようとしてきた」

「……ほぅ」


 正直にことの顛末を伝えれば、千景の顔から表情が消える。ただまだその事実に奈央は気がついていない。早く野菜たちの元へ行こうと靴を履き始めた。


「野菜たちが飛ばされたり、流されていては大変だ」

「そうですね」

「もうすぐ収穫出来そうな子たちがたくさんあるのだ」

「そうでしたか」

「だから、様子を見てこようと、思っ……て、千景?」


 顔を上げた奈央がようやく千景の変化に気がつく。今の千景はニッコリと笑ってはいるのだが、目が全く笑っていない。

 彼のその様子を見て、奈央は眉根を上げる。


「なんだ、お前まで俺が畑に行くのを止めるのか?」

「いえ、止めたりしませんよ。行ってこればいいと思います」

「おぉ、そうか! お前は分かってくれるか、ありがとう!」


 止められると思っていたのに、予想外の返答。彼の気が変わらないうちに、急いで出掛けようと、奈央は靴を履き、籠を持って外へ出るべく立ち上がる。しかし……


「奈央、服を脱いでもらっていいですか?」

「ん?」

「服を脱いでもらっていいですか?」

「んん?」

「全部、脱いでもらっていいですか?」


 圧強めで全裸になることを求めてくる千景。奈央の行く手を阻んで、どうしても先に通してくれない。奈央が戸惑っていれば、強引に服を脱がせようと手を伸ばしてきた。


「えっ、えっ!? 大胆だぞ千景。こういう強引なのも嫌いじゃないけど、最初のアプローチはもっと優しくロマンチックにだな」

「そういうのじゃないんで。気持ち悪いこと言わないでください」


 乙女のように恥じらう奈央を千景が一蹴。奈央が身につけていた物が次々に宙を舞う。そしてついには全裸にひんむかれてしまった。


「何をするのだ、千景!」

「奈央いいですか、よく聞いて下さい」


 ズイッと詰め寄る千景が、奈央をギロリと睨みながら言葉を続ける。


「台風の日に畑に行くのは自由ですし、流されるのも別に好きにすればいいと思います。が、ドロドロに汚してボロボロになったあなたの服を一体誰が洗濯して直すと思ってるんですか」

「……」

「だから行くなら裸で出てもらっていいです?」

「あ……はい」


 こうして全裸で外に放り出された奈央は、雨の中をとぼとぼ歩きながら、無事畑の様子を確認した。そしてもちろんその後はお風呂に直行。服は無事だし、洗濯担当である千景の仕事が増えることはなかったが、奈央はちょっとだけ風邪を引いた。

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