悪魔

@mamabu

悪魔


僕は空を飛ぶことにした。生きる希望を失った僕としては当然の選択だった。味のしない栄養のない食事をする位なら食べない方がいいというのが考えだ。


こんな世界なんて未練は一つもない。


(おい、お前。死ぬのか?)心の奥をつくかのようなそのどすの効いた声が空中に放り出される寸前の身体を静止させた。声だけで判断するなら男だろう。しかし目の前に浮いている物体に性別、ましてや名前があることすら不確かだ。

この世のものとは思えないその物体は戸惑っている僕を置き去りにしたまま更にこう続けた。(どうせ死ぬならやりたいことやって死なないか。)彼との交渉は成立した。三つの願いと引き換えに命、いや魂を差し出せばいいらしい。僕にとってはおいしいことしかない。ただ死ぬはずだった運命が動き出して、三つの願いと引き換えに地獄にいくことが出来る。まさしく冥土の土産とはこのことだろう。

(ただし、願い事を叶えたら輪廻のサイクルから抜けることになる。)喜びの中で突如告げられた不気味な発言について意図を問いた。

(どういうことですか?)

(俺らに魂を売り渡した奴は未来永劫戻ることが出来ない。簡単に言えば道を踏み外した魂を神は救ってくれない。)このときに自分の犯そうとしていた罪の大きさに気がついた。

(どうしたら僕はそっち側にいけるんですか。)

(、、、、、どういうことだ?)

(あなたはどうやって今のあなたになったんですか?)

(それが一つ目の願いか?そんなんでいいんだな?)返事は決まっていた。




まず彼は悪魔と死神の違いについて語り始めた。

死神は《魂》を迎えに来る。生まれながらにその人の人生は決まっていて、必ず魂は一定の量にならなければならない。これは世界を造るときに予め規則として神が定めたらしい。

考えてみればそうだ。

医療が最先端の今ですら、不老不死というものは人々の空想でしか実現していないのだから。正気を保ったまま魔女狩りを行なっていた、中世のヨーロッパで《死神が神の使いだ。》と言われたら信じない方が少ないはずだが、文明の発達した今それを信じるのは一部のイタイ人間に限られている。豆知識としてきいたのだが、死神に神がつくのはそういった理由らしい。

(お前のとこで言うと、裁判所は法律を司るだろ。死神は《死》を司る神様なんだ。)意外にもインテリで教養がしっかりしているらしい。他国?の内政にまで知識が及んでいるなんて彼には頭が上がらない。

(そして、悪魔というのは神の野郎に嫌われている。)

(なんでですか?)

(人間を家畜として扱うからだ。)それ以上踏み込むことの出来なかった僕に対して、(悪魔の学校について教えてやるよ。)と彼がサービスをしてくれた。

(人間の抗えない三つの欲って知ってるか?)もうすぐ死ぬ僕とは対照的に活力のある力の込もった声だった。

(愛、食欲、性欲ですか?)

(二つが正解で一つが不正解だ。)学歴の乏しい僕には二つ正解なだけでも凄いことだと思う。

(愛ではなく睡眠欲が正しい答えだ。そして、この三つの欲につけこむことで人間を手玉に取ることが出来る。)

(じゃー、愛はどうなんですか?)自分の間違いを隠すつもりではなく、単純な疑問として彼に訊ねてみた。

(良い質問だなー)

(ありがとうございます。)

(三大欲の他にも欲はたくさん存在するんだよ。例えば誰かを護りたいというのも欲だし、認められたい、褒められたい、必要とされたい、あらゆるものは全て欲なんだよ。人間がふえたことで欲の種類も増えた。その中の一つでしかないんだよ。愛なんて。)どこか哀しい感情を含んだ彼の言葉が理由は分からないが胸に沁み込んだ。

(あー、そうだ。資料を持ってくるからここにいてくれ。)たとえ悪魔が相手でも久しぶりの待ち合わせを断る理由がイタイ僕には見つからなかった。

その数分後に戻ってきた彼の手から資料を直接受け取った。




ー第五章ー人間の欲が生まれやすいとき



思春木


この木は誰の心の中でも育つことができる。ただし、育った環境やタイミング次第で形、大きさは全て異なる。

その人にとっての唯一の存在になり得る太陽がいると、普通の植物とは違ってあまり育たなくなる。太陽の力が膨大であればある程にこの木が腐らなくなる。つまり太陽がなければ木は育ち、太陽があれば育たない。大木になったときにつけこむことで魂を食らうことが出来る。




僕が一つの話を読み終えて顔を上げたところで彼が、(俺は生まれたときから悪魔だった。)徳川家光が生まれながらに将軍だったように彼もまた生まれながらに悪魔だったと、数十分前にした質問にこたえてくれた。

(物心ついたときにはもう机に向っていた。そのおかげで今こうして働けている。ただ、お前らのように人生の中で一度も幸せを感じたことがないんだ。)

(それは悲しいですね、、、)

(悪い、関係のない話をした。)人間より強いと思っていた悪魔にも悩みがあるというのは驚いた。

(ところで、二つ目はどうする?)さっきまでの記憶を消した彼は正気を取り戻して、本来の話題へと舵を切り直した。

(じゃー、僕と友達になって下さい。)

(友達?あまり俺には理解できない。少し教えてくれないか。)

(えっと、一緒に遊んだり仲が良いなたいな?)彼が本気でなのか巫山戯てなのか判断が出来なかった。

(どうすればいいんだ?)

(じゃ、じゃー、一緒に遊んでください)

(分かった。)




(さっきの映画?何が面白いんだ?)

(映画の内容というよりも一緒に見ることが大切なんです。)死ぬ直前のあのときでは考えられなかった言葉を発していた。確実に僕は僕から僕に変わっていた。

(そんなことよりも、ポップコーン?コーラ?がとても美味しかったよ。また食べたい味、というより食べたことないものだった。)映画館の定員さんはどう思ったのだろうか。座席は一人分しかないのに飲食物を二人分買ったことを。案外こういう人も多いのかも知れない。悪魔に取り憑かれている訳ではなくて。

(次、どこ行くんだ?)こんなことで本当に友達になれるのか正直疑わしい。たった一つの願いで自分が必要とされてる状況を創り出せたことにはまだ、可能性を感じている。

(公園に行きましょう。)人生で楽しかったときによく行っていた場所だ。

(分かった。目、閉じて。)言われた通りなんの抵抗もしなかった。

気がつくとそこはあの日の公園だった。

(ほんのプレゼントだよ。今日は楽しかったからな。)

(ありがとうございます。)付き合いたてのカップルならまだしも、男と男悪魔のデート終わりにこんなこと言う彼はどういうつもりなのか僕にはわからなかった。

そして最後の願いを告げることにした。




(改めて、僕と友達になって下さい。)

(それは出来ない。)

(どうしてですか?)

(理由は二つある。)全く見当がつかなかった。

(一つ目は、その願いを叶えるとお前の命を奪ってしまう。)彼が何を言っているのか理解出来ない。

(それがあなたの仕事じゃないんですか?)

(あー、そうだ。もう一つの理由を聞いてくれないか。)

(はい、、、)

(お前はもう俺の友達じゃないか。)

僕はその言葉を聞いてあの時に空を飛ばなくてよかったと思った。そして、僕は彼と出逢ったことで過去の自分から飛び立つことが出来た。


現代を生きるあなた達は科学的に証明されていることだけを信じますか。それとも、、、


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