12.宙に浮く

 「はあ、はあ、はあ。」

 ようやく公園に着く。鼓動が静まらない。心臓の息苦しさを無視して辺りを見渡す。しかしながら周りには何もない。影ひとつすらも残っていなかった。

 心を落ち着かせてもう一度よく周りを見渡すがやはり何もない。あの人のようにすべり台に寝転ぶ。

「あの人は何を見ていたのだろう。」同じように空を見上げてみる。満月には少し満たない大きな月が清香を照らす。肌寒い風が高揚した体を冷ます。

 普段なら夜空に光る月を意識して見上げることはなかっただろう。風の冷たさが心地よく感じることもきっとなかった。それなのに今日はなぜか気持ちいい。

 気づいた時にはベットの上で外が明るくなっていた。昨晩はなぜか心地が良かった気がする。それが何故かはわからない。外にいたような気がするが何をしていたのか全く思い出せない。

 時計を見ようとすると丁度アラームが鳴った。洗面所に向かって顔を洗う。こんなにも目覚めの良い日はいつぶりだろうか。

 厚切りのトーストにイチゴジャムを塗って食べる。フワフワのスクランブルエッグに太陽のようなオレンジジュース。いつもなら半分でやめる朝食を全て平らげた。

 校門前の坂を軽々と進む。天気が…

「清香ー。」瑠美が右手を大きく振ってやってくる。ふと我に返った。手のひらを返すかのようにすっと。先程までの心地よさが消えてしまった。

 瑠美といつものようにたわいない話をして教室に向かう。

 今日もジャージの先生は眠そうだし、サッカー部は走っている。教室では生徒が談笑するいつもと変わらない日常。なのにどこか違和感がある。自分がここにいることに対する不思議な気持ち。学校や友達に不満があるわけではない。それなのに地に足が着いていないような宙ぶらりんな状態だ。

 清香は昔から優秀な子であった。成績も優秀でスポーツも大会レベルではないにしろクラスの上位には入れる。先生からの信頼も厚く、誰からも頼りにされている。家族も仲が良く周りからの評価も高い。所謂、優等生といわれる存在であった。もちろん見た目も整っていて、人生において何度か告白されている。

 周りから見ればなにも不自由ないように生きているように思われた。清香自身もそう思っていた。いや、そう思おうとしていた。

 ある程度の能力があったからこそ、それに見合う性格でいれば楽だと無意識に気付いていたのだ。だから優等生という枠からはみ出ることなく自分を演じていた。それが型に張り付いてしまっていたのだろう。

 違和感の正体が何なのか気づくことができなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀色と桜 小鞠 @bbc1207

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ