第27話 最後の休暇
いよいよ孤児たちは「小さなバラ」での二週間の休暇を迎えた。
久々に感じる解放的な空気。危険のない、静かで安全な場所。爽やかな風、鮮やかな緑。子どもたちは大はしゃぎで遊び回った。
中には初めてこの自然豊かな別荘を訪れた子たちもいた。彼らの興奮ぶりはまるで、翼でも生やして飛んでいってしまいそうなほどだった。
モニカは子どもたちが駆け回る様子を見ながら、歌を作って練習した。
サラやシモンは、遊ぶ合間に、モニカのこの一大事業を手伝ってくれた。歌詞を吟味したり、歌の感想を述べたり──。コルチャック先生のためとあらば、二人とも協力を惜しまなかった。
さて、「小さなバラ」は夏のために食料が確保してあった上に、自給自足ができる場所なので、子どもたちはこれまた久しぶりにお腹いっぱいの食事にありついた。
どこからどうやって調達したのか、お皿に山盛りのピエロギ(ポーランド風もちもちギョウザのようなもの)まで出てきたので、みんなは大喜びで貪り食べた。
誰もが自由を満喫していた。誰もが笑顔だった。
モニカはみんなの前で、歌を沢山披露した。
夏の日差しが燦々と
緑の原に降り注ぐ
涼しい風が木々の葉を
さらさら揺らし夢心地
夏の休暇の別荘で
楽しく歌い踊りましょう
走り回って疲れたら
美味しいご飯を食べましょう
ああ素晴らしき「小さなバラ」
私たちの大切な真夏の夢の宝箱
それからみんなが知っているポーランド語の歌を大合唱した。みんな幸せだった。楽しかった。心から。
そんな日々にも終わりが来る。
「小さなバラ」を後にする時、「また来たい」とどれだけの子どもが思ったことか。「もう来られない」とどれだけの子が悟っていたか。
子どもたちがワルシャワに帰ったころ、市民の顔は以前よりは僅かに明るかった。イギリスが遅ればせながら戦闘行動に出てからと言うもの、ドイツ軍が苦戦を強いられているというのだ。ベルリンにもイギリス軍による空襲があったという。人々は、もうすぐドイツが負けるのではと、淡い期待を抱いていた。
一方で、ゲットーの建設は止まることなく着々と進められていた。その範囲は予想を遥かに超えて狭いものだった。これまで通りの生活はもはや望みようが無い。
ドム・シェロトの子どもたちは、荷物の整理をするように言い渡された。みんなは大切なおもちゃや何かを一生懸命に選別した。
モニカは、七歳の誕生日に貰って以来、箪笥に大切に保管していたあの紙切れを、鞄に忍ばせた。後のものは特に要らなかった。だから鞄の空いたスペースには、みんなのためのジャガイモでも詰めておこうと思った。
そして、ポーランドがドイツに侵攻されてから、一年が経過した。期待に反し、イギリス軍やフランス軍がドイツを圧倒することは、未だできていなかった。戦争の先行きは不透明で、色んな噂が飛び交っていた。
ゲットーへの移住が、いよいよ現実味を帯びてくる。
モニカは、ドム・シェロトでの一日一日を、大事に大事に過ごそうと思った。だから、しばらくは、カヤのところに行くのをやめて、建物の光景を目に焼き付けるのに専念した。子どもたちにも思い出を覚えてもらえるように、歌を作って繰り返し歌った。
大きな白い 孤児の家
楽しく暮らす 子どもたち
笑いて歌う その中に
幸いありと 思うかな
仲間たちもこの歌を覚えて、一緒に歌った。
ああ、このまま戦争が終われば、どんなにいいか。でも、この月の末に起きたことといえば、日独伊三国同盟とやらが締結されたことくらいだった。
「何なのよもう」
サラは暗い声で言った。
「同盟を結んだってことは、まだまだ戦争を続ける気満々じゃないの」
「大丈夫だよ。いつか終わるよ」
励ますモニカを、サラは不思議そうに見つめた。
「最近は、あなたの方が前向きよね」
「希望を捨てないって決めたの。コルチャック先生やシモンやサラがそう教えてくれたんだよ」
モニカが力説したので、サラはちょっぴり笑ってみせた。
「そうね、自分で言っておいて自分で落ち込んでちゃ駄目よね。頑張って生き抜かなくちゃ」
「うん」
モニカも微笑んだ。
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