第24話 軍服と腕章

 ポーランド総督府はユダヤ人に対して様々な法令を出した。

 その中の代表的なものに、「十歳以上のユダヤ人は腕章を身につけること」という命令があった。

 六芒星をかたどった「ユダヤの星」のマークのついた白い腕章。

 この星はユダヤ人の希望であり誇りであるはずなのに、今では打って変わって「劣等人種」「差別対象」の烙印を押すために使われる。


「これ邪魔だよ。付けてるとすぐドイツ人に睨まれるし!」

 シモンはドム・シェロトの前に座り込んで、憤慨していた。

「でも付けてないと、ぶん殴られちまうんだよな……」

「下手したら、そうなるね」

 モニカも腕章をつまんで言った。

「さあ、今日も歌わなきゃ。そろそろここに、子どもたちがやってくる」

「へいへい。今回の魔法は一丁、派手な奴を頼むよ」

「分かった。何がいい?」

「そりゃ、ポーランドの勝利の歌さ!」

「そんなの歌ったら、ドイツ人に怒られるよ」

「バレやしねえって。ドイツの奴ら、病気が伝染るとか何とか言って、ここいらに来ることすら禁止なんだぜ」

「ああ、そっか」


 言っているうちに、他所の子どもたちが、クロフマルナ通りに集まってきた。ドム・シェロトの子どもも幾人か出てきて、モニカの周りに小さな人だかりができる。


 モニカはちょっと笑って見せてから、なるべく楽しい気持ちになれるように、ポーランド語で明るく歌った。



 進め、進め、ドンブロフスキ。

 イタリアからポーランドまで。

 あなたの指揮に従って、

 我らは再び国民となる。


 ヴィスワ川とヴァルタ川を渡り、

 我らはポーランド人となる。

 ボナパルトは示してくれた、

 如何にして我らが勝つべきか。


 進め、進め、ドンブロフスキ。

 イタリアからポーランドまで。

 あなたの指揮に従って、

 我らは再び国民となる。


 ……



 モニカの魔法で、荒廃した通りにはポーランドの白と赤の二色旗が翻った。空は晴れ渡り、一片の雲もない。人々は歓声を上げ、そこら中の窓から色とりどりの紙吹雪が舞い散った。軍服を着た兵隊さんと、民族衣装を着たポーランド人と、同じく民族衣装を着たユダヤ人が、手に手を取り合って行進している。音楽隊がそれに続き、ラッパや太鼓が鳴り響く。

 子どもたちはすっかり興奮して、一緒に歌い、拍手をし、列に加わった。

 シモンも感心した様子で夢に見入った。最近、モニカの魔法はどんどん上手くなっている。


 やがて夢の列の中に、ポーランドの軍服を着たコルチャック先生が現れた。子どもと手を繋いで楽しそうに歩いている。

 ……いや、よくよく見るとそれは本物のコルチャック先生だった。寄付金集めから帰ってきたのだ。



 あなたの指揮に従って、

 我らは再び国民となる!



 モニカは、子どもたちと先生と共に、高らかに歌い終えた。わーっと拍手が起こり、子どもたちはそこらを跳び回った。


「素晴らしい歌だね、モニカ。寒い中ありがとう」


 そう言って笑うコルチャック先生は、腕章を身につけていない。

 短い顎髭で、いつもポーランドの軍服を着て、腕章を付けずに、堂々と街を歩いているコルチャック先生。様々な言語に精通しているが、主にポーランド語を話し、実はイディッシュ語を喋れない先生。


 先生は、先生や先生の子どもたちが、不屈のポーランド人であることを、全身で主張しているみたいだった。

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