第22話 戦火の街で

 ポーランド軍はドイツ空軍により壊滅し、ドイツ陸軍もワルシャワの手前まで進軍した。

 あっという間に街は包囲されて、集中砲火を食らった。

 ナチスの軍は、民間人も容赦なく狙う。彼らは老若男女の区別なく殺した。列を成していた避難民すら虐殺した。ここまで凄惨で残虐な殺戮が起こりうるなど、誰もが想定すらしていなかった。

 ところが先生はいつも、攻撃の止んだ隙をついて、臆せずに外へ飛び出していく。

 モニカはスカートをぎゅっと握りしめて、窓からコルチャック先生の後ろ姿を見つめる。

 先生は、飲み水とパンを用意しに行っているのだ。

 このままでは、焼夷弾が落ちてこなくとも、鉛の玉が飛んでこなくとも、火炎に炙られなくとも、子どもたちは飢え死にしてしまう。だから先生たちは、空襲や砲撃の合間を縫って買い出しに行き、ヴィスワ川に水を汲みに行く。モニカはいつもはらはらしていた。

 ドム・シェロトに保護された孤児たちの数は、ここ数日で膨れ上がった。いずれも戦災孤児だ。ドイツ軍の攻撃により、無残にも目の前で親を亡くした子どもたち。

 居心地の良かったドム・シェロトは、今や窮屈な避難場所になっていた。ステファ先生たちは忙しすぎて、悲鳴を上げんばかりにてんてこ舞いになった。

 モニカに出来ることは、空襲に怯える子や親を慕って泣く子を、歌で宥めることと、自分の分のパンを小さい子に分け与えることくらい。

 不老長寿の血を引く者なら、少しお腹が減った程度では死ぬまい、とモニカは考えていた。そしてその推測は概ね当たっていた。

「イギリスとフランスは何をしているの」

 緊迫感の漂う毎日に、サラは苛立たしげに呟いた。

「ポーランドを助けてくれる手筈じゃなかったの? 早く加勢しなさいよ。何をチンタラしているのかしら!」

 こんな危険な町では、新聞など手に入らなかったので、主な情報源はラジオだった。イギリスとフランスはドイツに宣戦布告したというが、今のところ誰も助けに来ない。

 何度か、ポーランド語で書かれた反ナチの変なビラが空から降ってきたが、まさか諸外国はこの程度で済ませるつもりなのだろうか。そんなもので命が助かるなら誰も苦労しない。

 そしてソ連に至っては、この機に乗じて東側からポーランドに侵攻して来た。ちょっと酷すぎると思う。

 外国は当てにならない。今のところドイツ軍への抵抗勢力はポーランドの防衛軍のみ、それもドイツ軍に押されっぱなし。ワルシャワが包囲されてからは、こちらからの反撃など、有って無いようなもの。

 そして月の終わり頃、一際大規模な空襲がワルシャワの街を覆った。

 建物が燃え、街は大火事になった。歴史ある街はたちまち焼け野原と化した。多くの人が焼け死に、焼け出された。耳を覆いたくなるような爆音と叫び声が絶えない。夥しい数の死傷者が路上に散乱する。通りは鮮血で真っ赤に染まった。死体の上に死体が折り重なっていて、とても現実のこととは思えない光景だった。

 そして、ポーランドは降伏した。

 これを受けてドイツ軍が、首都ワルシャワの内部にやすやすと踏み込む。更なる蹂躙が待ち受けていた。

 ポーランド政府はイギリスに亡命政権を樹立。ポーランド本土は、西はドイツ、東はソ連に占領された。西側の大部分はドイツに併合され、ワルシャワは「ポーランド総督府」の一部となった。

 こうして、ポーランドはまた、いなくなったのだった。

 瓦礫の転がる街の片隅、爆撃や略奪を受けながらも辛うじて生き残ったドム・シェロトで、モニカは静かに、悲壮に、ポーランドの国歌を歌った。


 ポーランドは未だ滅びず、

 我らが生きている限り。

 他の奴らが奪ったものを、

 我らは剣をもって取り返す。

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