第17話 相談
ある日、モニカが歌っていると、誰かの声が割って入った。
「どうした? モニカ」
シモンだ。
「また元気をなくしてるぞ!」
モニカは自分に魔法をかけようとするのをやめて、目を開いた。
「……そう?」
「お前は元気が無い時はそういう風に歌うんだ」
「そういう風?」
「……そうかも。サラにも言われた」
シモンは一丁前にやれやれといった顔をして見せた。
「もし何か嫌なこととかあったらさ、ガーッと走ったらいいんだよ。ストレスなんか吹っ飛ぶぜ。それか、先生に相談する!」
シモンらしい意見だなあとモニカは微笑んだ。この生意気な弟分は、徐々にコルチャック先生に懐いていって、今では他の子と同じくらい先生のことが好きだ。
「私は足が悪いからそんなにたくさんは走らないよ。それに、先生はいつも忙しいから邪魔できない」
「馬鹿言ってらぁ。先生が困ってる子どものために時間を取らないことがあったか?」
モニカは瞬きをした。
「……それは……」
「モニカはさぁ、良い子ちゃん過ぎるよ。たまにはワガママ言えば良いんだ。別に先生に相談するなんて、ワガママでも何でもないけどな」
「うーん……」
「まっ、モニカが何で困ってるのか、俺は知らないけどなー」
シモンは風のようにピューッと走って行ってしまった。
シモンは気まぐれな子だけれど、たまに真実をずばりと言ってのける。モニカはシモンの言葉に勇気をもらった。
その晩、モニカは、コルチャック先生が見回りに来るまで頑張って起きていた。先生は毎夜、自分の眠る時間を削ってまで、一人一人の子どもの眠っている様子を見にきてくれる。いよいよモニカのベッドの前に先生が来た時、モニカは水色の目をぱっちり開けて、眼鏡の奥の先生の目を見つめた。
「何か話があるようだね」
先生はお見通しだった。
「あの、あの……えっと、先生」
「うん」
「わ、私、ユダヤ人差別が、怖いんです」
モニカは一生懸命に言葉を選んだ。歌ならすらすらと歌詞が出てくるのに、こういう時は何故だか、うまく喋れない。
「この前、『水晶の夜』が起きました。ドム・シェロトもおんなじように壊されちゃうんじゃないかって……私たちの家がなくなっちゃうのは嫌だ……」
「大丈夫、そんなことにはならないよ」
「でも」
モニカはつっかえつっかえ言った。
「全てが崩れ去るんだって──身を守らなくちゃ駄目だって……お、お母さんが」
モニカが産みの親について話したのは、四年ぶりだった。先生はちょっと虚を突かれたようだった。
「君は今もお母さんと会っているのかい?」
「そうなんです。お母さんは……人魚だからか、未来のことがちょっとだけ分かるみたい。私も、こう思えてならないんです……私たちの生活が壊れるんだって……」
普段は滅多に泣かないモニカが、ぽたぽたと布団に涙をこぼした。
先生は皺の寄った手でモニカの手を握った。
「可哀想に。怖かったね。でも大丈夫、私がついているから。子どもたちには手出しをさせないからね」
「……はい」
だが、その場凌ぎの慰めがモニカに通用しないことは、先生もちゃんと承知しているみたいだった。先生は言葉を続けた。
「不確かな予感に怯えてはいけない。恐怖に屈してはいけない。きちんと現実を知って、自分なりに情報をまとめて、頭を整理してみなさい。本当に立ち向かうべきものは何なのか、見極めなさい。言葉にすれば、不安の正体がはっきりと分かるようになって、冷静になれる」
「はい……」
「大丈夫、君なら不安な夜を乗り越えられる。……またいつでも相談しなさい」
モニカはこくこく頷いた。
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