第12話 裁判

 その裁判の日、多くの子どもたちが傍聴に駆けつけた。喧嘩ならよくあるが、歌が裁かれるなんて前代未聞だ。それもこれまで法廷に立ったことすらないモニカが──誰をも傷つけていないモニカが、みんなの好きな歌のせいで、裁かれるという。

 裁判ではまず、年長の子の中から、くじ引きで五人の裁判員が選ばれることになっていた。

 当日、部屋の前の方には、選ばれた五人と、指導員のステファ先生が座る。後ろの方ではコルチャック先生が、興味深そうに眼鏡を光らせて様子を静観している。その隣には、よく一緒に遊んでくれたり木工を教えてくれたりする、管理人のザレフスキさんもいた。

 そして被告人の罪状の報告と、弁護が行われる。

 まずはシモン・ランダウ。

 他の子に悪口を言い、お腹に蹴りを食らわせた、というのが罪状だ。

 しかし、理不尽ないじめを受けていたこと、シモンはいじめっ子の間違いを指摘したこと、先に怪我を負わせたのはいじめっ子であったことなど、配慮すべき点もある。

 それぞれの裁判員が判決を決めた。

 法典の第三百条、「あなたは悪いことをしたと言われる」の判決が、二人。

 第四百条、「あなたは非常に悪いことをしたと言われる」が、二人。

 第五百条、「壁新聞で知らされる」が、一人。

 これを見て、ステファ先生は、四百条を判決とすると言い渡した。シモンはとても悪いことをしたということが、裁判で決まったのだった。

 ここまで懇切丁寧に訴追と弁護が行なわれてしまうと、さすがのシモンも折れざるを得なかった。何が良くて何が悪かったのか、シモンの頭にもちゃんと理解できたはずだった。だからシモンは喧嘩の時の態度とは打って変わって、きちんとみんなに謝った。……本当なら、いじめっ子との間で仲直りをするべきなのだろうけれど、それはドム・シェロトの中ではできない相談だった。

 こんなに大人しいシモンを、モニカは初めて見た。いつもは判決に不服そうな様子を見せていたように思う。これまでよく見ていたわけではないから詳しくは知らないが、どうして急にこんなにしおらしくなったのだろう。

 さてお次は注目の、モニカ・ブルシュティンである。

 罪状は、他の子の意志を奪い勝手に眠らせたこと。

 ステファ先生は静かに裁判の様子を見守りながら、不思議な心地がしていた。

 未だかつてこんな奇妙で高度な裁判が行われたことはない。いつもなら、誰それが悪口を言ったとか、勝手に鉛筆を借りただとか、そんな些細なことを話し合っているのに。

 弁護人を買って出たサラは、徹底してモニカの無罪を主張した。

「モニカは誰も傷つけてません。それどころか私たちを守ってくれたんです。これはいじめを防ぐのに有効な手段であり、正当防衛です。有罪なんておかしい!」

 対してモニカの答弁は正直だった。大勢を前にして、一瞬、臆した様子を見せたが、すぐに落ち着きを取り戻した。

「私は無理矢理、あの子たちを眠らせました。あの子たちが進んで眠ろうとしたのではありません」

 議論は大真面目に進められた。

 モニカがいじめっ子たちの自由意志を奪ったことは、重大な事件である。

 しかし、シモンたちを守ろうとしたこと、争いを平和的に解決をしようとしたことなどは、評価に値する。

 子どもたちはあれこれと頭を搾って話し合った。そして、判決が出た。

「モニカは無罪。ただし、今後、子どもの自由意志を奪うような歌を歌ってはならない」

 モニカは粛々とその注意事項を受け入れた。芯から反省しているようだった。

「ごめんなさい。これからは、楽しい歌を歌います」

 モニカは言った。

「あの子たちが自分から踊り出したくなるような歌を」

 そうですね、とステファ先生は言った。コルチャック先生は禿頭をこっくりと頷かせた。


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