第11話 催眠
モニカが考えごとをしている間にも、いじめっ子たちの罵詈雑言は続いている。
「ユダヤ人はポーランドから出て行け!」
「そうだそうだ!」
「ポーランドはポーランド人のものなんだ!」
これにますますカチンと来たらしいシモンが、言い返した。
「馬鹿じゃねーの? 俺たちも同じポーランド人だぞ!」
シモンは本当のことを言っただけなのに、いじめっ子たちは何故か逆上して襲いかかってきた。
「お前たちと一緒にすんな!」
シモンは胸ぐらを掴まれて、顔をゲンコツで殴られた。鈍い音がして、シモンは鼻血を出した。
モニカは恐れ慄いて縮こまった。
が、シモンは怯まず、いじめっ子のお腹に蹴りを入れた。蹴られた子は堪らず手を離し、地面に転がって咳き込んだ。
「やめなさい、シモン!」
年上の子が叫んだ。
「何で俺が怒られるんだ! 先に手を出したのはあっちだぞ!」
シモンは顔を真っ赤にし、目を吊り上げてこちらを睨んだ。しかしその時には、いじめっ子たちはもうシモンを取り囲んでいた。
「よくも蹴ってくれたな!」
「何だよお前らは、俺一人に対してそんなに人数が必要なのかよ! 弱虫どもが卑怯だぞ!」
「うるさい黙れ!」
「ユダヤ人のくせに生意気だぞ!」
「そうだそうだ!」
大変なことになってきて、モニカは怖くなった。何か自分にできることはないかと考える。小さくて弱いモニカはシモンを守れない。できることがあるとすれば──そうだ、歌うことだ。
モニカは勇気を出して息を吸い込んだ。
大地が子らに、語ります。
眠れ、眠れ、静かに眠れ。
お空の月は、安らかな、
子らの寝顔を照らします。
いじめっ子たちの動きが止まり、目がとろんとしてきた。モニカはもう少し魔法の力を強めた。
ねんねんころり、おころりよ。
どの家の子も、夢の中。
ヴィスワの川に、守られて、
街はふうわり休みます。
サラはシモンを引き摺り戻しながら、いじめっ子たちの奇妙な様子を眺めた。
彼らは横たわってぐうすか寝ている。道端で。前後不覚に。
サラがモニカを見ると、モニカは歌いながら上目遣いに目配せしてきた。サラはみんなに「行きましょう」と促した。
いじめっ子たちから距離を取ったところで、モニカは歌うのをやめた。みんなはハッとしていじめっ子たちを振り返った。
彼らは訳がわからないといった様子で、むくりと起き上がったり目を擦ったりしている。それから魂を抜かれたように呆けて、互いに顔を見比べた。
驚くのも当然だ。喧嘩の途中に全員眠りこけるなんて、まったくもってあり得ない。
ともあれ、彼らが再び襲いかかってくる気力はなさそうだった。
「助かったわ、モニカ」
サラは言った。
この話はドム・シェロトに一気に広まった。多くの子どもはモニカに尊敬の眼差しを向けるようになった。
ところが、否定的な意見もちらほらと出ていた。次の日の昼下がりにまたしてもこの話題が出た際、とある年長の子がつかつかとモニカのもとにやってきて、単刀直入に言った。
「強制的に眠らせるのは、良いことなのか?」
思わぬ方向からの指摘に、サラは突っ掛かった。
「何よ。モニカは私たちを助けてくれたのよ」
「だが仕返しをしちゃいけないと、先生に言われているじゃないか。とりあえずシモンは裁判にかけるとして──モニカはどうする?」
「裁くっていうの? 言わせてもらうけど、あれは仕返しなんかじゃないわ。穏便に喧嘩を収めただけよ」
「だって、困るだろう」年長の子は淡々と言った。「子どもの意識を自由に操れるなんて。そんなことは危険だ」
「失礼ね。モニカは悪いことなんてしないわ!」
サラは食ってかかったが、モニカは、「ううん、いいよ」と小さな声で言った。「訴えてもいい」
「モニカ、でもあなたは──」
「誰にでも、訴える権利があるもの。それに、歌が良いか悪いかは、みんなで決めた方がいい」
「そんな!」
「決まりだな。俺が訴える」
年長の子はそう言って、掲示板に、シモンとモニカの名前を張り出した。
この掲示は多くの子どもたちの注目を集めた。もちろん、コルチャック先生もそれを見ていた。
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