第10話 シモン・ランダウ
秋、新学年が始まるころ、新しく一つ年下の子がやってきた。シモン・ランダウというやんちゃな男の子だ。
シモンはよく食べてよく笑い、よく喧嘩をする子どもだった。ギャーギャーと笑いながら取っ組み合いをすることもあれば、すぐに怒って怒鳴り散らすこともあった。苛立つと誰かの足を踏みつけたり、ものを蹴飛ばしたりした。
「こら、危ない!」
年上の子に叱られてもシモンはへっちゃらで、「あっかんべーだ」などと言って少しも反省しない。
悪戯が過ぎるので、シモンは度々裁判にかけられた。罪状は「女の子の髪の毛を引っ張った」「掃除当番を怠けた」「不当に小さな子を殴った」などなど。
総じてあまり品行方正とはいえなかったので、仲間評価もかなり低い。
それでもこの黒髪の元気な男の子は、めげずに暴れ回る。
そんなふうだったから、学校が始まると大変だった。シモンとは別の学校に通っているモニカだったけれど、帰り道なんかでシモンたちの集団に出くわすことがある。それに加えていじめっ子たちに会ってしまった時が一番大変だった。
年長の子どもはいつも、シモンを抑えるのに躍起になっていた。
コルチャック先生は子どもたちに、「いじめられても仕返しをしてはいけないよ」と教え諭していた。でもこの言いつけにシモンは納得がいかないようだった。
「何でだよ! 殴られっ放しなんかごめんだね。こっちだってやれるんだってことを見せて、こらしめてやらなくちゃ、気が済まないよ」
「それだと君はいじめっ子と同じになってしまうよ。暴力は、相手も自分も傷つける」
「じゃあ先生は黙って俺らがやられてるのを見捨てるってのか? だったら先生なんか構うもんか」
シモンはまた年長の子に「こらっ」と言われ、喧嘩になりかけた。周りの子が二人を引き剥がしにかかった。
ここではそのどさくさで話が流れたが、他の子どもたちからも登下校時の危険について似たような抗議はあった。被害報告も相次いでいる。
そこで日曜日は大人の人が登下校に付き添うようになった。しかし、いつも全ての子どもの面倒を見てはいられない。
秋も深まったある日のこと、モニカたちはたまたま、いじめっ子に向かって突進しようとするシモンを、男の子たちが押さえ込んでいるところに通りかかった。いじめっ子たちはげらげら笑っている。
あの子たちは何が面白いんだろう、とモニカは不思議がった。
人を傷つけたり馬鹿にしたりすることのおかしさが、モニカにはいまいち分からなかった。だから、仕返しをしようというシモンの気持ちも、実はあまり理解できない。
いじめっ子はモニカたちも巻き込んで、盛大に野次を飛ばし、唾を吐きかけた。
「金なし、親なし、ろくでなし!」
「とっとと牢屋に入っちまえ!」
「汚らしいユダヤ人め!」
モニカはいよいよ頭に疑問符を浮かべた。牢屋に入るようなことはしていないし、ユダヤ人は汚くない。でも、何でそんなこと言うの、なんて質問するつもりは、モニカには無かった。だから、シモンの一言に目を見張った。
「どうして俺らが汚いんだよ? お前らの方が汚らしいぞ! そうやって人を馬鹿にするなんて間違ってる!」
なるほど、確かに向こうは間違っている、とモニカは一人で合点した。
子どもも大人も、人間は誰だって間違いを犯す。仕方がない。
残念なのは、この子たちはドム・シェロトの子ではないので、間違いをやっても裁判で裁けないということだ。
コルチャック先生は、裁判の基本は被告人を許すことだ、と言っていた。ではこの子たちの罪は、誰が裁き、誰が許してくれるのだろう。もしかしてこの子たちの罪は永遠に許されないのかな、と思うと、何だか気の毒な気がした。
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