第9話 小さなバラ
孤児院ドム・シェロトの運営は、コルチャック先生の働きばかりでなく、幾人かの資産家や慈善家の人々の支援によって成り立っていた。ユダヤ人の富豪による寄付もあれば、ザレフスキさんのようなポーランド系キリスト教徒による協力もあった。
ゴツワヴェックという長閑な田舎にある施設「小さなバラ」もその一つだった。孤児たちのために寄付された、立派な別荘である。
夏季休暇が訪れると、コルチャック先生は子どもたちを汽車に乗せて、「小さなバラ」へ連れて行ってくれた。子どもたちはそこで駆けっこをしたり、農作業の手伝いをしたり、本を読んだりして、楽しく過ごした。ここではドム・シェロトにいる時よりももっと規則が緩く、子どもたちの自由度はとても高かった。
モニカはサラと一緒に小川で遊んだ。水に潜ったり、ぷかぷか浮かんだり、手で水を掻いたりしてはしゃいだ。まるで本物の人魚になれたみたいな気分だった。残念ながら、肝心の泳ぎの方は、あんまり上手ではなかったのだけれど……。
それから森を散策した。森には木の実がたくさん生っていて、好きなだけ捥いで食べることができた。モニカはベリーをもぐもぐやりながら、ここは前に行った野原の何倍も素晴らしいな、と感じた。気持ち良くのびのびと過ごせるし、ずっとみんなと一緒にいられる。
モニカは、サラが他の子と駆けっこに興じている間、木陰に座って歌の練習をした。魔法の歌の練習も、「本当の歌」の練習もした。
野原を駆ける 子どもたち
花々は咲き 蜂は飛ぶ
木漏れ日の道 生る木の実
ここは楽園 約束の土地
まさしくこの煉瓦造りの家と庭と森は、子どもたちの楽園だった。こうして過ごす夏季休暇は、みんなにとって一年の最大の楽しみだった。
さて、子どもたちは大自然をめいっぱいに堪能して、大満足だった。最後にみんなは、希望の象徴である緑色の旗を掲げて、歌いながら行進をした。
そして、ワルシャワの町に帰ってきた。
じきに学校が始まる。
モニカは、また登下校中にいじめっ子たちに狙われることになるから、何だか憂鬱だなあと思った。悪口を言われると悲しくなるし、すぐに治るとはいえ怪我をしたら痛い。
そんなわけで気鬱になると、モニカはドム・シェロトの庭ですわりこんで、気晴らしにぽつぽつと歌った。
「小さなバラ」にて作った歌や、みんなが大好きな「太陽に向かって歩こう」なんかを歌っていると、気持ちが軽くなった。自分に軽い魔法を見せるのも、だんだん容易にできるようになってきた。
ただ、強い魔法を使うと、うっかりカヤのところへ行ってしまう。モニカが間違って人魚界に行ってしまうと、カヤはいつも笑って出迎えてくれた。
「ねえカヤ、他の人魚さんはここにはいないの」
ある日モニカは尋ねた。カヤは、何と言うべきか、というように束の間目を瞑った。
「そうね、もっと……深いところにいるわ。みんな、普段はあまり人間と関わろうとしないから、あまりここまでは上がってこないの」
「ふーん?」
「私はよくここにいるけれど、たまに潜ったりするわ。そしてあなたのことを自慢しているの」
「そうなんだ」
それからモニカは、人間界での他愛無い出来事を報告した。でも、あんまり長居すると人間界の子どもたちが心配するし、モニカも疲れてしまう。ちょっとしたら人間界に戻らなければならない。
モニカが目を覚ますと、たまにそばに子どもがいて、「ねえ、魔法を見せてよ」と小さな子にせがまれる。そこでモニカは、他の子にも見せてあげられるような簡単な魔法を使って、小さな子たちにはしゃいでもらうのだった。
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