第2話 夢を見せる
そんなモニカ・ブルシュティンに関して、先生には時々、子どもたちの言っていることが分からないことがあった。
モニカが歌うと「ふわふわする」と言うのである。「嬉しい気持ちになる、ということかな?」と尋ねると、「うん」と言い、それから「ううん」と首を振る。
「ふわふわがね、みえるの」
「見える?」
「これのことだよ」
ある子どもが持ってきた絵には、歌うモニカとそれを聴く自分が、雲のような何物かに縁取られている様子が描かれていた。
先生は「いい絵だね」とその子を褒めつつも、内心首を傾げた。
更にもう何ヶ月か経つと、幼児たちはモニカの歌唱中に「ちょうちょ!」とか「汽車!」とか言ってキャッキャとはしゃぎ回るようになった。年長の子どもからも「モニカの周りに雲や蝶々や汽車が現れる」との報告が入り、先生は頭を抱えた。
先生は、所詮子どもの話だからと言って取り合わないということは決して無かった。子どもに対して等身大で向き合う人だったし、子どものことを誰よりも信頼していた。だから先生は、ある日モニカに話を聞くことにした。
「君が歌っている時、子どもたちが蝶や汽車を見ると言うんだよ」
「はい」
モニカは椅子に座ってにこにこしている。
「見せていますから」
「見せている?」
「夢を見せているんですよ」
それから不思議そうに先生を見上げた。
「もしかして、先生には見えないんですか?」
「そのようだね。大人は誰も、『夢』を見ていないようだよ」
「そんな……」
モニカはかなり驚いているようだった。しばらく何か考えていたが、突然歌い出した。
きらきら小さなお星様
何て素敵で不思議なの
高く高く空の上
ダイヤモンドみたいだわ
きらきら小さなお星様
何て素敵で不思議なの
「お星様、見えました?」
モニカが穏やかに問うたので、先生は「いいや」と答えた。
「歌はとっても素敵だが、今は昼間だから、星は見えないよ」
「そうですか」
モニカは心なしかシュンとした顔になったが、すぐまたにこっと笑った。
「私、先生にも見せてあげられるように、練習します」
「そうかい」
何をどう練習するのだろう、と先生は思った。それからふと、モニカに渡した手紙のことを思い出した。ワルシャワの伝説に登場する人魚も、たいそう歌が上手いという。……思いを巡らせても詮無いことだが、何か引っかかるものをコルチャック先生は感じた。
結局、大人たちがモニカの作る夢を見ることはなかった。しかし「夢を見せる」技術が向上していっていることは、子どもたちの反応で一目瞭然だった。
モニカは鼻歌程度で夢を見せることもできたし、逆に見せないで普通に歌うこともできた。
子どもたちはモニカのこの特技を「魔法」と呼んだ。
「ねえモニカ、魔法の夢を見せて?」
子どもたちのおねだりにモニカはいつも快く応じた。魔法を使っているモニカの周りにはいつも人だかりができていた。しかしモニカは一人で居ることが好きらしく、よく庭などにぽつんと座り込んで小さく歌っている姿が目撃された。
先生はモニカの魔法を周囲に特に隠しはしなかったが、喧伝もしなかった。魔法を使う女の子がいる、という噂がワルシャワの街を駆け抜けたが、コルチャック先生の他に、この話をまともに受け止める大人は居なかった。そこで、モニカは、街の子どもたちの間のスターではあったが、それ以上でもそれ以下でもなかった。
とはいえモニカは始終、歌の練習をしているわけだから、歌そのものもどんどん上手くなっていった。だから、大人も我を忘れて聞き惚れて、「確かに魔法のようだ」と言うことがあった。モニカは「ありがとう」と笑い、少し残念そうに顔を曇らせるのだった。
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