二話 『自己分析を怠るべからず』

 カザネの言う通り、門まで辿り着いたハヤトたちは検問を受けていた。

 衛兵は二名。当然、有事の際に備えて鈍色の甲冑に身を包み、槍と腰に剣を下げている。その内一名は訪問者の荷物などをチェックし、残る一名が訪問者のチェックをすると言ったところだろう。もちろんではあるが、その間も依然として門は固く閉ざされており、衛兵からの合図がない限り、その扉を開くことはないだろうことは容易に想像ができた。

 実際、カザネに審査をしている衛兵と、ハヤトという同乗者を含めたその荷物をチェックしている衛兵。もしかしたら、見えない部分に他にもいるのかもしれないが、実際、検問を行っているのはその二名だった。

 そして、内一名。つまりはカザネと会話をしていない衛兵は、ハヤトの姿を、正確にはその容貌を、値踏みするように上から下へ見ていた。


「珍しい服装だな……ちょっと触れてもいいか?」


 おそらく拒否権はないのだろう。言うが早いか、衛兵は手にはめていた革の手袋を外して、ハヤトの着ていた学ランに手を伸ばして、袖を摘まんでその触感を確かめ始めた。


「……かなりいい質の布だな。かなり高い身分のはずだが、にしては捜索命令も出ていない。もしよければ、どういった事情でこの場にいるかお聞かせ願いたいのだが……?」


 声のトーンが一段階落ちた。おそらくは警戒を一段階引き上げたのだ。しかし、ハヤトにはそれに対する答えを持ち合わせていない。

 素直にこの世界とは別の世界から来たなどと言ってしまえば、その瞬間、異常者と認知されるだろうし、カザネに対して説明した内容を言ったところで、服装に対する説明も身分の説明もできていないに等しいのだ。

 そんなハヤトに助け舟を出したのは当然


「ジュエン壁林の前で倒れていたんですよ。生憎と記憶が混濁していて、身元の判明ができませんけど、服装からおそらく貴族とかそういう感じだと思います。誘拐とかされて、逃げたのかという状況でしたので、僕が一応保護した形です」


 おそらく、ジュエン壁林とはあの広大な森のことだろう。

 そのカザネの質問に衛兵は、ふむ、と兜の下から覗く顎を撫でながら


「わかった。おい、こちらのチェックは完了したぞ」


「了解、同上人に関しての説明も一先ずは了解だ。では、こちらが許可証になる。有効期限は三日だから注意するように」


 そんな事務手続きを完了して、カザネに一枚の用紙を手渡したところで、重く閉ざされていた門が独りでに開き始めた。

 そうして、一言二言お礼を告げ、入門を果たしたところで、地面がごとんという音を立てて揺れた。


「そういう説明をするつもりなら、事前に言っておいてほしかったです」


 道中言っていた昇降機なのだろう。四方は壁に囲われていて、音も昇降機の駆動音でかき消されて、おそらくは聞かれることもないだろう。そんな状況になって、ようやくハヤトはカザネの先程の説明に多少の不満をぶつけた。

 言っておいてもらえれば余計に身構える必要はなかったはずだ。慌てる必要もなかったはずなのだ。そのハヤトの不満に、カザネは謝りつつも


「いや、知らないほうが動揺して、ソレらしくなるだろう? その方が信憑性は増すし、変に勘ぐられないで済むからね。黙っていたのは謝るけど、その方がよかったことは理解してくれるだろう?」


 たしかにそうかも知れない。だが、それには問題がいくつかあるのだ。


「でも、俺がカザネさんに言ったみたいに説明をしてしまったらどうするんです? そうなったらその説明使えませんよね?」


「うん、でもキミは聡いだろう? だったらその説明をしたところで何の解決にもなっていないし、問題が増えているだけなのは理解できると思ってね。まあ、そういうわけだよ」


 なるほど、この人はこの人でしたたかなのだろう。そうでなければ、ハヤトとあまり変わらない歳で、一人で調査など命じられないはずだ。

 そんな事実にため息を吐きつつ、ハヤトはかぶりを振って、その不満を思考から追い出す。


「まあ、たしかにそうでしたし、助かりました。ちなみに、説明してた内容ってどこまで本当だったんですか?」


「ん? あぁ、一目見たときは、実際そうかなって思ったよ。というか、貴族階級の人なんじゃないかっていうのは今でも怪しんでる。誘拐に関しても多少ね。でも、だとしたら森の前に捨て置くのは理解ができないし、何らかの力が働いた可能性があるっていうのが僕の今の見解だよ」


「それが、あの森が研究されていた理由にも繋がる」


「かもしれない、っていう可能性もある。まあ、わからないことだらけなのは変わらないからさ。一先ずその辺りは置いておいて……うん、そろそろ着くよ」


 そのカザネの言葉に軽く上を向けば、壁の終わりが見え始めている。その先に建物が覗き始めていた。



     *        *        *        *



 言ってしまえば、見慣れない町並みだった。

 いや、見慣れているわけがないと言ってしまえば、それは正しくそうなのだが、そういうわけではないのだ。

 カザネの知っているような、所謂、コンクリートジャングルと呼ばれるような建造物は一つもない。レンガであったり、石造りであったり。そんな中世的な建物が建ち並ぶ光景。門から入ってきた外の人間を相手にするつもりなのだろう。出店や飲食店のようなモノもちらほらと見られる。

 本当に別世界なんだなという認識と同時に、どこかで感慨を覚えている自分を自覚して、ハヤトは深く息を吸った。


「ははは、まるで田舎から都会に出てきたお上りさんみたいだね。いや、庶民の暮らしに感慨を受けてるお坊ちゃんの方が正しいのかな?」


 先程の件があったからだろう。その一面を隠そうとせず、からかうカザネにハヤトは非難の視線を向けるが、どこ吹く風と彼は馬車を走らせ始める。


「さっきも言ったけど、まずは施設に向かうよ。で、機材とかを置いたら街を案内する。そしたら、僕の方は解析作業もあるからね。それを手伝わせることはできないし、それからは別行動だ」


「了解です。そのついでに俺に関することを調べたりするんですよね?」


「そのつもりだよ。ついでに機器も揃っているから魔法に関しても調べてしまおうと思ってる。まあ、そんなに時間は掛からないから安心してくれていいよ」


 むしろ時間を取らせているのはこっちの方なのだ。その方がありがたい。いや、もしかしたら、カザネの迷惑にならないのだろうか、と心配しないでいいということなのだろうか? などという考えにハヤトは首を傾げる。


 そうして、これからの予定を話し合っていたところで、その馬車が動きを止めた。


「さて、着いたよ。ここがサイヴェル研究所だ」


 周囲の風景に比べて場違いなまでに、しっかりとした研究所然とした建物に、ハヤトは少々面を食らったように立ち竦む。

 それもそのはずである。周囲の建物が石やレンガで作られているのに対して、この建物だけが、ハヤトの知るような建物に近い風貌だったのだ。それを囲うようにして、柵が敷かれ、まるでここだけが切り取られハヤトの世界戻ったかのような、あるいは雑なパッチワークのように、ここだけを合成したような、そんな印象を受ける建物。


「びっくりしただろう? まあ、サイヴェルの象徴みたいなものだしね。何度も改装が重ねられているし、何度も建て直しがされている。その度に、その時の最新の技術で建てられているのが、この研究所だ」


 誇らしげな表情をしながら、捲し立てるように喋るカザネに、若干顔を引き攣らせながら、ハヤトがその意外な一面を再確認していたところで、研究所の扉が開いた。


「何やら騒がしい声がすると思って見てみれば……ふむ、年がら年中、一人で研究や調査に没頭しているカザネが人を招く、という時点で驚きですが、そちらはどなたですか? 身なりからして、この辺りの人間ではないようですが……」


「お客さん? いきなりだと所長に怒られるよー?」


 そう言いながら現れたのは二人の男女。

 男性の方はすらりとした高身長。真っ黒な長い髪を後ろでまとめ、整っているその相貌は彼が掛けている眼鏡も相まって、かなり知的な印象を醸し出している。

 女性の方はショートボブの金髪に、柔らかい印象を受ける相貌。身長はハヤトの肩程度だろうか。並び立っている男性の存在も相まって、かなり小柄な印象を受ける。

 二人ともカザネと同じような服装に身を包んでいるところを見るに、カザネと同じく、ここの研究員なのだろう。


「ヨシュアくん、さすがにそれは失礼だと思うよ。僕だって、それなりに交流関係はあるし、人を招くことだってあるさ。まあ、レナちゃんの言う通り、突然なのは悪かったけど、これには事情があるんだよ。当然、調査が進むかもしれないっていうメリットがある。というわけで、立ち話もなんだし、機材を運ぶの手伝ってほしいんだけど……」


 カザネが得意げに指を立てながら論じる内容に対して、ヨシュアと呼ばれた男性とレナと呼ばれた女性は互いに顔を見合わせて、同時に盛大にため息。


「つまり、彼が何らかの情報を持っている、ないしはソレをもたらす鍵になる可能性がある、と……そう言いたいわけですか。申し訳ありません。連れてこられたということは、多少は彼に関して理解しているところはあるでしょうけど、こういう人です」


「キミも災難だねぇ、私はレナ。レナ・ハーベストよ。こっちのインテリ眼鏡がヨシュアくん。まあ、たしかに立ち話って内容じゃなさそうだし、ちゃちゃっと機材を運び入れちゃって、お茶でもしながら事情を聞かせてもらえるかな?」


「え、あ、はあ……」


 これは、つまりは招き入れてもらえるのだろうか。ハヤトは自分を置いて勝手に進んでいた話に目を点にしながら生返事。そんな彼を尻目に三人は機材を各々抱えて、研究所に入っていってしまうのだった。

 残されたのはこれまた運びにくそうな機材のみ。

 やられた、とハヤトが顔を引き攣らせるのも、仕方のないことと言えよう。



 そうして、残された機材に悪戦苦闘しながら、なんとか機材を運び込むことに成功したハヤトは、招き入れられた一室でカザネの事情説明に相槌を打っていた。


「ごめんね、さすがに私もニホンのキョウトって場所は知らないや……」


「こちらも、同様と言ったところですかね……カザネほどではありませんが、これでも各地を転々としている身です。それなりには地名にも精通しているつもりでしたが……あるいは我々が知らない、未だ未開となっている地が存在してる……?」


「うん、僕もその考えは賛成だね。ただ、問題は――」


「その場所から、どうやってハヤトさんを彼自身にすら知覚させずに移動させたか、というところですね」


 何やら考察が進んでいるようだが、ハヤトとしてはどうでもいいことこの上ないのだ。なにせ、そもそもでハヤトのいた場所はこの世界ですらないのだ。考察を進めたところで、存在しないものの答えが出るわけがない。

 しかし、だからと言って、その議題を中断させる言葉を、彼が持たないことも事実だった。

 何故なら、現状、この議題はハヤトの問題なのだ。通常であれば、ハヤトが一番ほしい情報なのである。むしろハヤトこそ、積極的に会話に参加するべきであるという考え方すらできる。それをハヤトがどうでもいいからと中断させるということは、ハヤト自身にその答えの心当たりがあるというわけであり、原因が森にあるのではないか、という可能性を考えている彼らが追求しないということは考えられない。

 だからこそ、ハヤトは多少のもどかしさを感じながらも、その議論を眺めるしかなかったのだった。

 ただ、そのもどかしさはすぐに解消されることになる。


「それで、カザネくん。ハヤトくんの素性に関しても気にはなるんだけど、それよりちょっと私には、ハヤトくんがどうしてあの森の調査に進展をもたらすのか、がわからないんだけど、その辺りも説明してくれるかな?」


 レナによってもたらされた話題変更は、ハヤトにとって助かることだった。確かに、ここで水を得た魚のように食いつくことはできない。今まで積極的に議論に参加していなかったのだ。話題が自分から逸れて初めて積極的になるというのは、どこか違和感を覚えられてもおかしくはないだろう。だからこそ、そんな素振りを見せることもできないから、ソレを抑える必要もあった。

 一方でレナのその言葉にカザネとヨシュアは目を合わせて


「たしかにそうではありますが……すみません、ハヤトさん。なるべく協力したいところですが、正直、現状手かがりがないその場所の話より、カザネの言っていた森の調査の話の方が気になってしまいます。カザネ、そちらの話も聞かせてもらえますか?」


「うーん、確かに時間の浪費にもなるからね……ごめんね、ハヤトくん。この件は一先ず置いておくという形にしてしまうけど……」


「いや、大丈夫です。というか、俺自身よくわかってないんで、基本的に考察の域を出ない話より、可能性でも結果が出る話の方が重要なはずなので」


 内心、渡りに船。体裁として、諦観。


「じゃあ、当人からも許可が降りたし、話しちゃうけど、僕はハヤトくんが何らかの現象によって、あの場所に転移させられたという可能性が高いと思っている」


 詰まる所、カザネ曰く、あの森は何かしらの存在を隠す役割を果たしているのではないか、ということだった。

 結論ありき、で始められた推測。カザネが集めたデータを開示しながら、行われるその根拠となるものの証明。

 その報告を、ハヤトはカザネから渡されたタスクを消化しながら、片手間に聞いていた。


「つまりは、実験施設。森を研究していたのではなく、森に隠された何かを研究していた?」


「そういうことだね」


「でも、待って。そしたらハヤトくんが関連してる可能性ってなくない? 研究対象がご先祖様とかそういう感じじゃない限り、わざわざ別の場所からハヤトくんを引っ張り出す理由はないでしょ?」


 指を鳴らして、ヨシュアのアンサーに肯定を示したカザネに対して、レナは難色を示す。


「その転移にランダム性があるなら、それこそ関連してる可能性からは除外される。それにカザネくんが彼を発見したのって、森の入口だったんでしょ? だとしたら森に関連した何かがハヤトくんを転移させたというより、ハヤトくんが、何らかの方法でランダムに転移した結果、あの森の入口に行き着いた、という答えの方が私はしっくりくると思う」


 そのレナの反証にカザネは言葉に詰まる。

 事実、レナの言葉は正しかった。反面、カザネの考察も正しかったのだが、それはハヤトと関連していない。森を調査した結果として、集められたデータから導き出される結論としてのカザネの考察は正しいものの、そこにハヤトは関連していないのだ。

 何故なら、元来、ハヤトはこの世界の住人ではないのだから。

 その根本的な部分を知らないからこそ、カザネはそこに関連性があるのではないか、と推測した上で、ハヤトにとあるタスクを課していた。

 そのタスクがこれ。


「あ、終わった」


 所謂、身体測定のようなものだろう。

 部屋の隅の台座に乗せられた、水晶のような球体に手を突っ込んで、その球体の色が変わるのを眺めながら、球体が消滅するまでを待つ。それがハヤトのタスクだった。

 水晶は実際に固形のように見えた。それに手を突っ込めと言われた時点で何を言ってるんだと勘ぐったものだ。だがしかし、突っ込めてしまった。感触としては水の中に手を入れてる感触だろうか。見た目は固形の物体にも関わらず、突っ込めた手。ズレた認識に気持ち悪さを感じながら待った結果、消えたソレに、ハヤトは言いようもない違和感を感じていた。

 突っ込んでいた手を入り口にして、その水晶が体に入り込んでくるような感覚。ソレが体全体には行き渡らず、手首辺りで留まっている感覚。

 局部麻酔を使って麻痺したかのような、そんな感覚に戸惑っているハヤトの背後から、声がかかった。


「ん……とりあえず、オドの方に問題はなさそうだね。一先ず、そこは安心として。それで、どんな感じかな?」


 正直、言ってどんな感じと言われても……というのがハヤトの感想だった。

 色が変わると聞いていたのにも関わらず、球体は透明なまま変化をすることはなかったし、依然として、手首から先の麻痺は消えていない。

 そもそもで、オドというのが何であるかも、わかっていないのだ。おそらく一安心、ということは魔術を使用する上で、欠かせない器官というべきところなのだろうか。

 であれば、それを判断した部分とはどこなのだろうか。そこまで考えたところで、ハヤトは首を振った。まあ、考えることが不必要である、とは言わないが、そもそもで無駄なことであることには変わりないのだ。

 カザネたち三人が、ハヤトと森の関連性について、論じているのが無駄であるように、ハヤトもこの世界の住人ではなかったのだから、知らないモノを考えたところで、それは答えの出ない問題である。

 ならば、することは一つしかない。


「とりあえず、球体の色は変化しなかったです。あと、球体に手を入れてた部分は、感覚が鈍くなってる、というか……痺れがある、って感じです」


「うーん……手首だけ痺れているのかい? 体全体とかではなくて?」


「いや、ホント、強いて言うなら手首から先が痺れてるくらいです。だから、何も変化がないと言ったらないってなるだけで……」


 本当にその程度。若干の違和感、程度なのだ。おそらくは、その有無がカザネの言っていた関連性に繋がる部分だったのだろう。

 ハヤトのその言葉に、若干渋面を作りながら、カザネは唸る。


「なんだろう……一部の場合って、どういう時だっけ?」


「――急激なマナ濃度の変化。ハヤトくん、しばらくしたら馴染んでくると思うけど……」


 おそらくは、珍しい例なのだろう。話を振ったカザネにレナが口元に指を当てながら、答えた言葉はその先に続かない。結論を逸らないようにしているのか、あるいはその結論を言語化するのに時間がかかっているのか。

 いずれにせよ、その言葉を引き継いだのは


「ハヤトさん、現状として考えられる可能性として、二点あります。一つはマナが全く存在しなかった場所で、あなたが生きていたという可能性。この場合、あなたは濃度の違う水が体に入ってるような状態になっています」


 おそらく、真水と塩水のような関係のことだろう。比重が違うことで、撹拌させなければ、その二つは混じり合わず、真水と塩水は層を作る。それがこの腕だけに生じた痺れの原因というわけだ。


「そしてもう一つは、マナが存在していたものの、あなたが――仮にですが、転移ということにしておきましょう。転移してきたと仮定して、その転移をする際に、体中のマナを全損してしまった、という可能性です」


 結果としては、ハヤトの体にマナが存在していな、という状況になるのは変わらない。しかし、前提が違うのだ。


「まあ、どちらにせよ、かなり異例のケースであると言わずにはおけないでしょう。そもそも、マナは遍く世界に満ちているもの……それが存在していない場所というのが存在していることすら異質ではあるので、私としては後者を推したいわけですが……ちなみに、そういうことに関して身に覚えがあるということは……」


 ヨシュアの言葉にハヤトは首を横に振る。どちらかと言えば、別世界であるからこそ、前者の方が可能性があるとは言えるだろうが、存在していなかったのではなくて、観測されていなかったとすれば? 森羅万象、ありとあらゆるモノが解析され、周知されていたわけではない。もしかすれば、観測されていなかっただけで、そういうモノが存在していたのかもしれない。

 そもそも、ハヤトがこの世界に来た原因すらわかっていないのだ。そうする過程で、観測されていなかっただけで、存在していたマナを全損している、という可能性もあるのではないだろうか。


「正直、俺は魔法の存在すら知らなかった身なんで、どちらとも……意識を失っている間に、あの場所に来ていたので……」


「うーん! 情報量が少なすぎるよ! カザネくん、問題増やしてどうするの!? ジュエン壁林と別件だってわかったのはよかったけど、これはこれで報告書案件だよ!?」


 ばん、と力強くテーブルを叩いて、レナが声を荒げる。

 それはそうだろう。カザネたちは何もあの森だけを調査している集団ではないだろう。国の中心に拠点を構えていると言っていたし、ここはあくまで支部だと言うことなのだろう。

 だとすれば、ハヤトの世界での研究対象がいくつも存在してるのと同様に、この世界の研究対象が多数存在していてもおかしくはないだろう。

 たとえば、カザネたちがやっているのが地質や考古学、あるいは生物学的なものだとして、その他に魔法などが存在しているなら、そちらが研究分野として成立していないのはおかしなことだ。

 それを利用した、たとえば、あのカンテラのようなモノが存在しているなら、それらを発展させることを、その道具を生み出すことを研究分野としていないのはおかしなことなのだ。


 つまりは、こういうことだ。


――この世界の研究者たちにとって、イチジョウ・ハヤトという存在はブラックボックスそのもの、ということだ。

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