庚と竜神【2:3:0】45分程度

嵩祢茅英(かさねちえ)

庚と竜神【2:3:0】45分程度

男2人、女3人

45分程度


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●時代背景、舞台

明治~昭和、電話が一般家庭に普及していない頃の日本。

山沿いの里にある一軒家に引っ越してくる。

海沿いの町は栄え始めており、里から町へ引っ越していく人が増えている。


●登場人物

池内 かのえ

野良の竜神様に気に入られた主人公。さっぱりとした明るい性格。小学校教諭。


里田 ヨシエ(イト、兼ね役)

庚の祖母。人に視えないモノが視える体質であり、軽いお祓いなどができる。温厚な性格。


池内 嘉人よしと

庚の夫。小説家。まじめな性格で、庚の自由な振る舞いに惹かれて交際を申し込んだ。


池内 奏多かなた

庚と嘉人の子供。5歳。竜神様が視える。


田ノ中 イト

庚達が引越してくる家の隣人。息子夫婦と孫たちとともに暮らしている。

農家だったが、歳を考え自宅で消費する分の田んぼを残し、残りの田んぼは売却した。趣味程度の家庭菜園もしており様々な野菜を育てている。


田ノ中 みつる

イトの息子。農家は継がずに町で会社勤めをしている。


田ノ中 三枝さえ(奏多、兼ね役)

満の嫁。満とは社内結婚であり、実家は町にある。


田ノ中 雄太ゆうた(庚、兼ね役)

満と三枝の子供。8歳。長男。


田ノ中 比奈ひな(イト、兼ね役)

満と三枝の子供。6歳。長女。


田ノ中 麻衣まい(イト、兼ね役)

満と三枝の子供。3歳。次女で末っ子。


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「庚と竜神」

作者:嵩祢茅英(@chie_kasane)

庚♀:

嘉人♂:

奏多♀:

イト♀:

満♂:

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満(ナレーション)「これはかのえが中学生の頃の話。

ある夕方のこと。横を向いて寝ていると、急に体が動かなくなり、ずしりと『何か』が体の上に乗る気配がした。

金縛り?初めての体験に気持ちはあせる。

動け、動け、動け。

そう思って体を動かそうとしても、動いているのか、いないのか、分からないくらいの感覚しかられない。

長いこと格闘していると、ゆっくりと体が動かせるようになってきた。

だが、少し態勢を変えた所で、上に乗っている『何か』は、猫の様に態勢を変え、居座いすわり続ける。

数回態勢を変えた所で、乗っかっていた『何か』は諦めたのか、体がスッと軽くなった。

急いで起き上がると、祖母の元へ行き、今あった出来事を話した。

祖母は普通の人が視えないモノが視え、そのモノが何を伝えたいのか分かる人だった。

今さっき寝ていた所へ祖母を連れて行くと、祖母はクスクスと笑った。」


イト→ヨシエ「お前は野良のらの竜神様を拾ってきたようだ。とてもお前になついている。イタズラが好きなようで、からかわれたのだろう。」


庚「竜神様?」


イト→ヨシエ「そうさ。水にかかわる神様だよ。きっとこれから、お前の人生において、様々な手助けをしてくれる。仲良くおし。」


庚「竜神様…あっ、そういえば。」


満(ナレーション)「学校行事で、先日ある寺へ行った際に買った、龍の形をした、小さなお守り。普段ならまず選ばないであろう、そのお守りに、何かしら関係があるのだろうか?

にもかくにも、その日から竜神様との暮らしが始まった。

竜神様はお守りをつうじて問いに答えてくれる。お守りを両手で挟み、パッと手を開く。お守りが右手に落ちたら答えは『はい』。左手なら『いいえ』といった具合だ。

わざと右に落ちるようにしても左に落ちる。『に落ちない』と、それを何度も繰り返してみると、竜神様はねてお守りが手から離れ、床に落ちる。

それから十数年経って、現在。」


(間)


嘉人「海が見える所で山の近く…今回はキミの希望通りの物件なんじゃないかな?」


庚「そうねぇ!竜神様が気に入ってくれるといいんだけれど!」


満(ナレーション)「竜神様の助言もあり、こだわった立地。海側の町は賑わいがあり、山の方の里はまばらに家が建っている。新居を探すに当たり、夫婦で色々な物件を見て回っていた。

古い日本家屋にほんかおく。だが作りはとても頑丈で、太い柱に、厚みを感じさせる床材ゆかざい

竜神様はお守りからニュルニュルと出てきて物色をし始める。祖母の血を継いだのか、竜神様の姿は、かのえにもうっすら視えるのだ。

竜神様の小さな足が、床の匂いをぐように小刻みに動くと、ミシリ、と床を踏みしめる。踏みしめた場所には竜神様のしるしが浮かび、その横に、何か『良くないモノ』が顔を出し、そそくさと逃げていく。」


奏多「おかあさーん!おとうさーん!」


嘉人「ん?どうした?その皿は?…小魚?そんなもの、どこで見つけてきたんだ?」


庚「どうしたのー?」


嘉人「奏多かなたがどこからか魚を持ってきて」


奏多「飼ってもいーい?」


庚「んー、竜神様に聞いてごらん」


満(ナレーション)「一人息子の奏多かなたにも、竜神様は視えているらしく、たまに相手をしてもらっている」


奏多「りゅうじんさま、おさかな、飼ってもいーい?」


満(ナレーション)「竜神様が魚の入った皿に顔を近づける。モゴモゴと口が動き、何かをつぶやいているようだ。

と、思うと家の中にも関わらず、強い風が吹き、奏多かなたは皿ごと吹き飛ばされた」


奏多「わぁっ!」


嘉人「なんだ、どうした?!」


満(ナレーション)「勢いよく飛ばされた拍子ひょうしに、皿の中で泳いでいた小魚たちは、散り散りに打ち付けられ、死んでしまった」


奏多「…うわーん!!りゅうじんさまのばかぁー!!!」


嘉人「なんだったんだ…?」


庚「…きっとあの魚も『良くないモノ』だったのよ」


満(ナレーション)「竜神様は、魚のことなど無かったかのように、家のあちこちをせわしなく見て回っている」


嘉人「奏多かなたは僕に任せて」


庚「ごめん、お願いね。こっちは片付けておくから」


(間)


嘉人「おーい、奏多かなたぁー」


奏多「ぐずっ」


嘉人「なんだ、泣いてるのか?」


奏多「だってりゅうじんさまがぁ!」


嘉人「奏多かなた、あの魚たちは『良くないもの』だったそうだ。だから竜神様はああした。分かるか?」


奏多「…ぐずっ、おさかな、かわいそうだもん…」


嘉人「吹き飛ばされた時、奏多かなたはどこか、ぶつけなかったかい?」


奏多「うん、だいじょうぶ」


嘉人「竜神様は、奏多かなたを守りたかったんだよ」


奏多「…でもさぁ、おさかなかわいそうだよ…おさかな飼いたかったぁ…」


嘉人「そういえば、さっきの魚はどこで見つけてきたの?」


奏多「お外においてあった」


嘉人「そんなものあったかなぁ?気付かなかった」


奏多「ぐずっ」


嘉人「奏多かなたは、竜神様のこと、嫌いになった?」


奏多「…なってないけどさぁ…」


嘉人「なら、今度川で魚を獲ってこよう!」


奏多「ほんとう!?」


嘉人「ここに住むことに決まったらね」


奏多「やくそく!」


嘉人「あぁ、約束。その時も竜神様に見てもらってね」


奏多「う…うん…わかった…」


嘉人「よし、いい子だ!」


満(ナレーション)「そう言いながら奏多かなたの頭をわしゃわしゃとでた。

竜神様。

かのえと出会ってから竜神様の話はえない。

夫の嘉人よしとにはさっぱり視えないようだが、先ほどの風といい、説明のつかないことは幾度いくども経験していた。」


(間)


庚「奏多かなた、どうだった?」


嘉人「あぁ、大丈夫。怪我もないし、今度、川で魚を獲りに行く約束をしたら、機嫌も直ったよ」


庚「そう、なら良かった!」


嘉人「ところで、この物件はどうなのかな?」


庚「あぁ、ここに決めた!竜神様、屋根の上で寝ちゃったみたい!

すっかり気に入ったのねぇ…」


嘉人「僕にも視えたらいいのになぁ…」


庚「いいものばかりが視える訳じゃないわ。奏多かなたも、視えるのは今のうちだけかもしれないし。竜神様の加護を受けられるだけでも、いい事よ!」


嘉人「まぁ、そうなんだけどね。

さて、決まったのなら紹介してくれた知人に知らせて来ないと。どこかで電話を借りてくるよ」


庚「ありがと!」


(間)


庚「んー!とにかく引っ越し先は決まった!荷物を持ってくるのも大変だけど、その前にキレイにできるところはキレイにしておかなくちゃ!」


奏多「おかあさん、おとうさんは?」


庚「電話を借りに行ったよ!それと、ここに住むことにした!」


奏多「ほんとう!?」


庚「本当!」


奏多「じゃあ川でおさかな、とるんだ!川をさがさなくちゃ!」


庚「あまり遠くに行っちゃダメよー!」


奏多「はーい!」


庚「さて、とりあえず部屋を物色して…」


イト「こんにちはぁ」


庚「!こんにちは!」


イト「ここに引っ越してくるのかい?」


庚「はい!」


イト「若い人がこんな山へなんて珍しいねぇ。みんな町の方に行ってしまうのに」


庚「そうなんですか?私はここ、好きです!」


イト「そうかい、何か手伝えることがあれば遠慮なく言っておくれな」


庚「ありがとうございます!荷物を運ぶ前に、家をキレイにしたいんですけれど、バケツと雑巾ぞうきん、それとホウキ…借りてもいいですか?」


イト「あぁ、構わないよ。少し歩くが、取りにおいで」


庚「ありがとうございます!」


イト「ここに来る途中、小さい坊やを見かけたが、息子さんかい?」


庚「ええ!川を探すって。魚を飼いたいらしくて」


イト「それならちょうどいい。近くに小川おがわが流れていてね。魚も獲れるだろう」


庚「魚ってエサ、何をあげればいいんですかねぇ?」


イト「虫やミミズをあげればいい。ここらは魚のエサになるような虫も捕れる。坊やも退屈しないで済むだろうさ」


庚「なるほど…」


イト「さぁ、アレがウチだ。」


庚「わ!立派なおたくですね。農家さんですか?」


イト「昔はね。ここの他にも、裏庭に野菜がなっているよ」


庚「素敵!私でもできますかねぇ?」


イト「手間をかけてやれば、よく育つさ。さて、ホウキとバケツはこれ、っと。

雑巾ぞうきん手拭てぬぐいを持ってくるから、少し待ってておくれな」


庚「はい!ありがとうございます!

(息を吸う)…やっぱり空気が美味しい。ここに決まって良かったー!!」


イト「よいしょ、お待たせ。バケツに入れておこうねぇ。

うちの息子夫婦は、町で仕事をしていてね。」


庚「そうなんですね!」


イト「おっと、そういえばまだ名乗ってなかったね。田ノ中たのなかという」


庚「池内です!よろしくお願いします!」


イト「旦那さんは?」


庚「今、電話を借りに出ています。すぐ帰ってくるかと」


イト「そうかい。旦那さんも町で仕事をするのかい?」


庚「いいえ、旦那は物書きなんです。なのでずっと家にいる予定です。」


イト「なんと、先生かい!お近付きのしるしにサインでももらっておこうかねぇ」


庚「あっはっは!まだ無名むめいですよ!」


イト「これから有名になるかもしれないだろう?」


庚「だといいんですがねー!」


イト「お嬢ちゃんはどうするんだい?」


庚「お嬢ちゃんはよしてください!小学校の教員免許を持っているので、赴任先を探します!」


イト「夫婦して先生かい!こりゃあうちの孫がお世話になるかもしれないねぇ」


庚「お孫さんはおいくつなんですか?」


イト「上が8歳、真ん中が6歳で、1番下が3歳だよ」


庚「3人も!すごい!」


イト「ここらじゃ珍しくもないさ。坊やはいくつなんだい?」


庚「5歳になったばかりです!もー、ヤンチャで!」


イト「子供は元気すぎるくらいがちょうどいいさぁ」


嘉人「あっ!いた!誰も家にいないから心配したよ…あ、どうも、こんにちは!」


イト「どうも、隣の田ノ中と言います」


嘉人「池内です。」


イト「作家の先生だそうで!」


嘉人「いやぁ、先生はよしてください、照れます」


庚「バケツとか借りたの!」


嘉人「そうだったんだね、ありがとうございます!」


イト「いいや、これからよろしくねぇ」


嘉人「こちらこそ!ところで奏多かなたは?」


庚「川を探しに行くって出てったよ」


嘉人「えっ、1人で行かせたの?」


庚「うん」


嘉人「迷子になったらどうするの!」


イト「ここらは危ないところは少ないから大丈夫だろうけど、慣れない土地だからねぇ」


嘉人「ちょっと探しに行ってくるよ」


イト「あぁ、じゃあこれを…魚を獲るんだろ?あみとバケツを持って行きなさい」


庚「やだ!そんなものまで用意してくださってたの?本当にすみません!」


イト「いいよいいよ、うちの孫たちの物だ。いずれ一緒に遊べるといいねぇ」


嘉人「すみません、じゃあお言葉に甘えてお借りしますね」


イト「はいよ、たくさん獲れるといいねぇ」


嘉人「ははっ、頑張ります!」


イト「さて、じゃあ外はホウキでいとくよ」


庚「えっ!そんな、悪いです!」


イト「なぁに、暇な老人の相手をしてもらってるだけだよ、気にしなさんな」


庚「何から何まですみません、それじゃあ私は裏手うらてのポンプから水を汲んで来ますね!」


イト「旦那さんに呼び水の用意を頼めば良かったねぇ」


庚「あはは!確かに!出ることを祈っていてください!」


満(ナレーション)「出ない訳がない。そう確信しているのは『竜神様』がいるからだ。ポンプのハンドルを上下させ、しばらくすると勢いよく水が出てきた」


(間)


イト「水は出たかい?」


庚「はい!たっくさん!」


イト「そりゃあ良かった。家主やぬしが居なくなってから大分だいぶ経つからねぇ」


庚「あっ、そういえばこんな立派な家なのに、空き家だったのが不思議で」


イト「なぁに、町に引っ越して行ったんだよ。珍しくもない理由さ」


庚「なるほど…でもそのお陰でここに住めるならありがたいです!」


イト「住む人がいれば、家も喜ぶってもんさ」


庚「はい!私、この家も、里も、海も気に入りました!!」


イト「あっはっは!そりゃあいい!里も賑わってくれれば嬉しいよ。

荷物はいつ持ってくるんだい?」


庚「うーん、来週辺り運ぼうかなぁ。それまでに家をキレイにしておかなくちゃ!」


イト「楽しみだねぇ」


庚「ええ!じゃあ私、廊下を水拭きしてきますね!」


イト「はいよ、外をき終わったら声をかけるから」


庚「ありがとうございます!

さて、掃除のし甲斐がいがありそうだわ!!」


(間)


イト「おおーい、外の掃除、終わったよー!」


庚「わぁ!ありがとうございます!」


イト「そうしたら、ハタキをかけられるところをかけて回るかねぇ」


庚「お願いします!」


(間)


嘉人「ただいまー」


奏多「ただいまー!」


庚「あら、おかえりー!」


イト「おかえり、魚は獲れたかな?」


嘉人「たくさん獲れました!色々貸して頂いて、ありがとうございます!

奏多かなた、お隣の田ノ中さんだ。バケツとあみを貸してくれたんだよ、挨拶あいさつして」


奏多「こんにちは、ありがとう!」


イト「あらぁ、いい子だぁ。どれ、魚は…こりゃあ大漁だ!良かったねぇ!」


奏多「うん!!りゅうじんさまにも見せてくる!!」


イト「…竜神様?」


嘉人「あっはは、まぁ、なんというか…」


イト「ここらの里は田舎だからねぇ、土着信仰どちゃくしんこうも多い。

そうか、坊ちゃんは竜神様をしたっているんだねぇ」


庚「私の祖母が、視える人だったんです。私は…竜神様しか視えないけれど、ずっと世話になってるんです」


イト「なんとまぁ!それじゃあ里にも恵みがあるかもしれないねぇ!」


奏多「おかーさーん!りゅうじんさまが、飼ってもいいって!」


庚「良かったねぇ!って、小魚の他にも大きな魚がいるじゃない!」


嘉人「そうなんだ、大きい魚は田ノ中さんに。ぜひもらってください」


イト「いいのかい?なんだか悪いねぇ」


嘉人「いえいえ!道具を貸して頂いたお陰で獲れたんですから!」


イト「じゃあ、ありがたく貰っていくよ」


庚「ぜひ!たくさんお手伝いしてくださって、ありがとうございました!」


イト「いいのいいの、また何かあったら頼ってきなね。

さて、そろそろ息子夫婦も帰ってくる頃かな。良かったら夕飯を食べに来なさい」


庚「えっ!いいんですか?!」


嘉人「ちょっと、かのえ!」


イト「あっはっは!遠慮はなしだよ。孫たちも喜ぶさ。私は先に帰るから、ひと段落したらおいで」


庚「はい!ありがとうございます!」


(間)


嘉人「竜神様のこと、言って良かったの?」


庚「大丈夫でしょ!都会で言ったら変な顔されるかもしれないけど!この里は良いところだわ!」


嘉人「君がそれでいいのなら、いいけどさ。あんまり誰にでも言うのはよしなよ」


庚「大丈夫よ、私、この里が気に入ったもの!竜神様も気に入ったみたいだし!」


嘉人「理由になってない」


庚「きっと皆、いい人よ」


嘉人「ふぅ…そうだね」


(間)


庚「お邪魔しまーす!池内でーす!」


イト「やぁやぁ、待っていたよ。さぁさ、お上がりなさい」


庚「お邪魔します!」


嘉人「お邪魔します、ほら奏多かなた


奏多「おじゃまします!」


イト「ほんと、坊やはいい子だねぇ!」


奏多「えへへ!」


満「こんばんは!母から話は聞きました!里に引っ越してくるんですって?」


嘉人「ええ、よろしくお願いします」


満「こちらこそ、よろしくお願いします!おーい!三枝さえー!」


奏多→三枝「はーい!」


満「こちら、妻です」


嘉人「急にうかがってすみません!」


奏多→三枝「いいえー!子供たちも喜びます!ささ、立ち話もなんですから、中へどうぞ!」


満「お二人とも『先生』と聞きましたよ」


庚「あははっ!私は教員ですが、夫は物書きなんです!」


奏多→三枝「凄いですねぇ!花形はながただわ!」


嘉人「いやぁ、まだまだ無名むめいですから…」


満「いやいや、突出とっしゅつした才能があるのは羨ましいですよ」


嘉人「安定した職も考えたんですけど、妻が自由にさせてくれているんですよ」


奏多→三枝「あら、素敵!」


庚「あははっ!楽観的なもので!…んっ!いい匂い!」


嘉人「わぁ!豪華ですねぇ!!」


奏多→三枝「田舎料理ですが、お口に合うと嬉しいです」


奏多「おいしそう!」


満「奏多かなたくんは人見知りしないんですね」


嘉人「ええ、好奇心旺盛で」


奏多→三枝「いい事です、うちの子たちとも遊んでくれると助かるわ!」


庚「うちも落ち着いたらぜひ遊びに来てください!」


奏多→三枝「ふふっ、そうさせて貰います!楽しみ!」


イト「ささ、こっちに座りなさい」


庚「失礼します!」


イト「待ってたよ、どれもうちで採れた野菜を使ってるんだ、たくさん食べていっておくれ」


庚「はい!」


奏多→三枝「さ、みんな座ってー!ご飯食べるよー!」


満「じゃあ、いただきます!」


皆「いただきまーす!!」


奏多→三枝「奏多かなたくんは5歳になったばかりと聞きました」


庚「はい!」


満「じゃあ裕太ゆうた比奈ひなは、奏多かなたくんの面倒を見てやるんだぞぉ!」


奏多→三枝「雄太ゆうたが長男、比奈ひなが長女、一番下が麻衣まいです!さ、挨拶あいさつして!」


庚→雄太「田ノ中雄太ゆうた、8歳です!」


イト→比奈「田ノ中比奈ひな、6歳です!」


イト→麻衣「……」


奏多→三枝「まーいー」


イト→麻衣「…まい、3さい、です…」


嘉人「おー!みんないい子ですね!!奏多かなたも、ほら」


奏多「池内奏多かなた!5歳です!」


奏多→三枝「奏多かなたくん、よろしくねぇ」


嘉人「これから仲良くしてやってください!」


庚「でもお子さんが3人もいたら大変でしょう?」


奏多→三枝「田舎では普通ですよ!それに子供たちは外で遊んでくるから手間も掛からないし、あっはは!」


嘉人「川に行きましたが、本当、この里は良いところですね」


奏多「おさかな、いっぱいとれたよ!」


満「あそこの川は深くもないし、子供たちもよく行っていますよ」


嘉人「そうなんですね、今度はみんなで川に遊びに行こうか、奏多かなた!」


奏多「うん!」


(間)


庚「はぁー、たっくさん食べたぁ!!」


奏多→三枝「お口に合いましたか?」


庚「ええ!とても!どれも美味しくてついつい食べすぎちゃいました!」


嘉人「今日は本当にありがとうございます!」


満「いいえ、引っ越しは大変かと思いますが、落ち着いたらまた来てください!」


嘉人「こちらこそありがとうございます!では今日はこの辺で帰ります」


イト「おや、もう帰るのかい?泊まっていけばいいだろうに」


嘉人「いえいえ、そこまでお世話になる訳には…!それに、一度家に帰らないといけないですから」


イト「そうかい、今日は来てくれてありがとうねぇ」


庚「こちらこそ!ありがとうございました!」


嘉人「奏多かなたは僕がおぶって行こう」


庚「うん、お願い」


イト「気を付けて帰りなさいねぇ」


庚「はい!では、お邪魔しましたぁ!」


(間)


嘉人「いい人達だったね」


庚「えぇ、ほんと。里も人も、気に入ったわ!」


嘉人「さ、じゃあ一度家に帰るよ。忘れ物はない?」


庚「うん、大丈夫。遅くなっちゃってごめんね」


嘉人「いや、御馳走ごちそうになってしまったからね、時間は仕方ない。

かのえも眠かったら寝ていいんだよ」


庚「そうさせてもらうわ!でも、しばらくは景色を見ていたい気分」


嘉人「こんな真っ暗なのに?」


庚「そうね…でも海の方は月明かりがとてもキレイよ」


嘉人「そうだね。もうまとめてある荷物は車に積んで持って来てしまおうか」


庚「ええ。里での暮らしが楽しみだわ…」


(間)


嘉人「かのえ、起きて。家に着いたよ」


庚「…ん、ふぁ〜…ごめんなさい、私ったらいつの間にか寝ちゃってたのね…」


嘉人「割とすぐに寝たみたいだよ。疲れていたんだね」


庚「奏多かなた、まだ寝てる。ふふっ。」


嘉人「ベッドに連れていくよ」


庚「うん、お願い」


嘉人「一眠ひとねむりしてから作業しようか」


庚「そうね。…ふぁ〜、まだたくさん寝れそう」


嘉人「寝過ぎも良くないよ」


庚「たまにくらい、いいのよ」


嘉人「ふふっ。起きたら大仕事だからね。ゆっくり寝よう」


庚「うん…」


(間)


庚「里で暮らし始めたらさぁ…」


嘉人「ん?」


庚「小説も書きやすくなるかしら」


嘉人「…さぁ…でも、里にも町にも、いい刺激が貰えそうで。…らしくないかもしれないけれど、今、とてもワクワクしているんだ」


庚「そう…いい話が書けるといいわね」


嘉人「そうだね。さて、じゃあおやすみ」


庚「うん、おやすみなさーい…」


(間)


イト「ありゃあ!こりゃあすごい荷物だねぇ!」


嘉人「ほとんど僕の持っている書籍しょせき奏多かなたのオモチャですが…」


イト「作家さんは色んな本をたっくさん持っているもんなんだねぇ」


嘉人「まぁ、書くこと以前に、本が好きですから」


イト「なるほど、言われてみれば合点がてんのいく話だねぇ」


嘉人「絵本や児童書などもあるので、お孫さん達とぜひ読みに来てください」


イト「そりゃあ、お仕事の邪魔になっちまうよぉ」


嘉人「構いませんよ!奏多かなたも喜ぶでしょうし!」


イト「そうかい、なら、お言葉に甘えようかね。ヤンチャな孫たちだから、たまには本を読んで静かにしてくれればいいんだけれどねぇ」


嘉人「今日、お孫さんたちは?」


イト「息子と川に行っているよ、魚を獲る仕掛けを作るってさ」


嘉人「へぇ、仕掛けかぁ…気になるなぁ」


イト「田舎では珍しくない事さぁ、私も子供の頃はよく作ったよ」


嘉人「へぇ、荷物を家の中へ入れ終わったらちょっと行ってみます」


奏多「川に行くの?」


嘉人「うん、このあとにね」


奏多「雄太ゆうたくんとか、川にいるの?」


イト「そうだよ、一緒に行ってみるかい?」


奏多「行きたい!」


イト「坊やは荷物も運べないだろう、先に行ってこようかねぇ」


嘉人「すみません、いつも世話になってしまって…」


イト「いいんだよ、やりたい事をやってるだけさ」


奏多「お父さんは?」


嘉人「荷物を運び終わったら行くよ、先に行っておいで」


奏多「分かった!」


イト「じゃあ、行こうかねぇ…よいしょっと」


嘉人「お世話かけます」


イト「はぁーいよ」


(間)


庚「あれ、奏多かなたは?」


嘉人「田ノ中さんと一緒に川に行ったよ」


庚「川に?」


嘉人「田ノ中さんちのお孫さんたちが行ってるみたいで。魚を獲る仕掛けをしてるって」


庚「へぇー、楽しそうね!」


嘉人「うん、僕も興味あるから、荷物を運び終わったら行こうかなと思ってるんだけれど」


庚「こうやってみんな、土地に馴染なじんでいくのねぇ」


嘉人「なんだか機嫌きげんがいいね」


庚「うん、なんだか調子がいいみたい!キッチンの荷物ほどいたら、何か軽く作っておくから」


嘉人「分かった、じゃあ僕は川に行ってくるよ」


庚「気をつけてね」


嘉人「はーい」


(間)


奏多「おかあさーん!」


嘉人「ただいまー」


庚「おかえりなさい!川、楽しかった?」


奏多「楽しかった!お魚獲るやつ川に置いてきたの!」


庚「置いてきた?」


嘉人「仕掛けをね、置いて、明日獲れたか見にいくんだよ」


庚「なるほどねー」


奏多「いっぱい獲れるといいなー」


嘉人「そうだね、明日が楽しみだ」


庚「お素麺そうめんでたけど、食べる?」


奏多「食べる!」


嘉人「僕も」


庚「…あら、なんだか雨が降って来そうね…」


嘉人「本当だ…たくさん降るのかな…」


庚「雨漏あまもりとか、大丈夫かしら」


嘉人「雨が降り出したら確認しようか」


庚「そうね」


満(ナレーション)「素麺そうめんを食べながら外を眺める。

空は段々黒い雲に覆われ、食べ終わる頃には大雨になっていた。」


嘉人「すごい雨だね…家の中をみて回ってくるよ」


庚「じゃあわたしは後片付けでもしようっと」


満(ナレーション)「そう言って食器を台所へ運ぶ。嘉人よしとは家のあちこちを回って、雨漏りがないかと確認している。」


嘉人「うん、一通ひととおり見て回ったけど、雨漏りは大丈夫そうだね」


庚「そう、よかった!」


嘉人「丈夫じょうぶそうで安心したよ」


庚「…あれ、奏多かなたは一緒じゃなかったの?」


嘉人「いや、僕一人だけど?…いないの?」


庚「うん、どこに行ったのかしら…」


満(ナレーション)「外は相変わらずの大雨で、水溜りがあちこちに出来ている。

大きな雨粒あまつぶが勢いよく地面に降り注ぎ、屋根に叩きつけられた雨粒は家中に大きな音を鳴らす。」


嘉人「まさか…」


庚「なに?」


嘉人「川に行ったのかも…」


庚「ええ?」


嘉人「ちょっと川を見てくる!」


庚「分かった!気をつけてね、私は田ノ中さんのおうちに行ってみるわ!」


満(ナレーション)「大雨の中、二人は外に出る。傘は差す意味をさず、ずぶ濡れになる。

田ノ中の家に着く頃には、体が冷え切っていた。」


庚「すみません!奏多かなたは来ていませんか!?」


イト「なんだい、こんな雨の中…ずぶ濡れじゃあないかぁ」


庚「奏多かなたがいないんです!」


イト「本当かい!?(家の中に向かって)おおーい!!みつるー!!!」


満「なぁに、どうしたの?そんな大声出して…」


イト「奏多かなたくんがいないみたいなんだよ」


庚「気がついたらいなくなっていて…夫は川へ行ってます!」


満「川に!?」


イト「この雨じゃあ危ないだろう、お前、行ってあげな」


満「分かった。」


庚「私も行きます!」


イト「危ないよぉ!」


庚「大丈夫!早く見つけないと!」


満(ナレーション)「かのえみつるが勢いよく出て行く。

舗装ほそうなどされていない里の道は、茶色い水が大量にあふれ返っていた。泥に足を取られながら川へと向かう。先に着いていた嘉人よしとと合流すると、いつもの穏やかな川が滝のように流れていた。」


庚「奏多かなたは!?」


嘉人「見つからない!とにかく、手分けして探そう!」


満(ナレーション)「三人が分かれて奏多かなたを探し始める。流れの速い川に不安を覚える。

その時。

かのえは、今にも川の流れに飲み込まれそうな土手に竜神様を見つける。

竜神様はとぐろを巻いて、何かを囲み、守っているようだった。

すぐさま駆け寄ると、竜神様に抱えられ、横たわる奏多かなたの姿があった。」


庚「奏多かなた!!!」


満(ナレーション)「かのえ奏多かなたを抱き上げる。奏多かなたの体は冷え切っている。

懸命に声をかけると、その声に気付いた嘉人よしとみつるが近づいてくる。」


奏多「……おかあ…さん…?」


庚「奏多かなた!!!」


満「よかった!とりあえずうちへ!!」


満(ナレーション)「竜神様がしゅるしゅると空へ昇り、川の上流に飛んで行く姿を見送ると、かのえ達は田ノ中の家へ急いだ。」


(間)


イト「ああ、よかった…坊や、見つかったんだねぇ。

早く体を拭いて中へ入りなさい。」


庚「なんで川になんて行ったの!!!」


奏多「…だって…おさかなとる、しかけ…」


庚「だってじゃない!!すごく心配したのよ!!みんなにも迷惑かけて!!」


満「まぁまぁ、今は体を拭いて。体が冷えているから」


奏多「ぐずっ…ごめんなさぁいぃ、うわぁぁぁん!!!!」


嘉人「仕掛けが心配で見に行ったのか…何も言わないで行っちゃ駄目だろう…

おかあさんが怒ったのは、奏多かなたが心配だったからだよ?分かるね?」


奏多「うん…ぐずっ、うぁ…りゅうじんさまがぁ…」


嘉人「竜神様?」


奏多「川を見にいって、みずいっぱいで、すべって…みずに入っちゃって…

…いっぱい流されて…そしたらりゅうじんさまが、来てくれたのぉ…ぐずっ…」


嘉人「そっか…竜神様が助けてくれたんだね。」


奏多「うん…」


イト「とにかく無事で良かったよ。ホラ、雨がおさまってきた…晴れ間が出て来たよ。」


庚「たくさんご迷惑をかけてしまって…すみませんでした!」


イト「いいよいいよ。みんな無事だったんだ。良かったじゃないか。」


庚「奏多かなたには、よく言い聞かせます。」


イト「うんうん、坊ちゃんもよぉく分かっただろう。」


庚「まったく…本当に…はぁぁ…」


イト「あっはっはっは!」


嘉人「みんな見て!虹が出てる!」


満(ナレーション)「雲の裂け目から太陽の光が差し込み、大きな虹が出ると、竜神様が気持ちよさそうに飛んでるのが見えた。

これまで様々さまざまな場面で助けてくれた竜神様が、今度は息子の奏多かなたを、そしてこの里を守っていくのだろう。

太陽の光を浴びた竜神様のうろこが乱反射して、いつもよりキラキラした、夏の空だった。」

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庚と竜神【2:3:0】45分程度 嵩祢茅英(かさねちえ) @chielilly

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