「おはよう」

「俺は。ここは」

「あなたは私の胸で泣いて、泣きつかれて眠ってたの。ここは私の家の寝室」

「そうか。すまない。世話になった」

「待って」

「なんだ」

「わかるの。あなた、思い出したんでしょ。自分のこと」

「なんでわかるんだ」

「眼が」

「目か。そうだな。そうだ。俺は思い出した。何もかも。自分の名前も。仕事も。カードの理由も。どうしてバイクに乗りたがるのかも」

「そう。そうなの。よかったわね。よかった。ほんとに」

「じゃあ。なんで泣いてるんだ」

「泣いてないわよ。記憶が戻ったんなら、はやく行ってよ。私なんか、置いていって」

「ああ。世話になった」

「うん。じゃあね。ありがとう。私のバイクに乗ってくれて。私を、乗せてくれて。たのしかった」

「何言ってるんだ」

「さよなら」

「俺の戻る場所はここしかない。記憶があろうとなかろうと、ここに戻ってくる。また、ここに」

「うそ」

「うそじゃない。必ず戻る。3日後ぐらいかな。記憶があるかどうかは、分からないけど」

「だって、記憶が」

「必ず戻ってくる。だから、また、バイクに乗せてくれ。そして、帰ってきたら、俺を胸に抱いてくれ。お前の腕の中は、暖かくて安心する」

「いや。いやよ。そんなこと言って、戻ってこなかったら、私」

「戻ってくるよ。必ず」

「うん」

「バイク、借りてくぜ」

「ぼろぼろになっても、記憶がなくなっても、必ず、戻ってきなさい」

「約束だ」

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スピード & カット 春嵐 @aiot3110

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