第5話 救急車
ものの数分で、サイレンの音が聞こえてきた。
大事な皆様の税金で運営されている救急車を利用することは最後まで憚られたが、出来るだけの事はやった訳だし、カミサンの病状を考えれば仕方のない選択だ。
大通りに面する近くの信号を曲がったところでサイレンの音は消え、自宅近くの販売機の前に、ハイエースのスーパーロングベースの救急車が到着した。
音こそしていないが、赤色灯が点灯し、回転している。会社の誘導車の回転灯とは比べものにならない迫力だ。
クロネコヤマトと同じく、袋小路のどん突きにある自宅まで、救急車は入ってこなかった。運送屋さんが荷物を持ってくるのと同じく、中からストレッチャーが降ろされ、玄関前まで到着した。
カミサンは、救急隊員の指示を受け、これに横になり、固縛され、救急車の中に運ばれて行った。私はカミサンからカバンを受け取り、付添人として同乗した。
救急隊員の手によって、各種ケーブルがカミサンの身体に装着されて行く。あらかじめ立ち上げてあった医療機器が数字を表示しはじめる。血圧は240もある。危険な状態だ。
同時に、恐らく電話に出てくれたのと同じ救急隊員の方が、私に経緯と症状を再度確認する。可能な限り詳しく説明し、その後、搬入先を決めることになった。
「近くのまるまる病院になるかと思いますが、よろしいですか?」
「そこは既に電話しまして、先生がこれから手術で受け入れ不可と言われてしまいまして…」
「わかりました」
カミサンは明日、旧国立病院で婦人科のがんの診察の予約をしている。これとの兼ね合いがどうなるのかとても心配だ。救急隊員の方に再度その事を告げた。
救急隊員の方の受け入れ要請の電話は素晴らしかった。私だったら興奮して、早口になり、自分勝手になり、仕舞いには怒りを発症してしまうような状況なのに、終始温厚で落ち着いた口調で、こちらの事情を丁寧に説明し、しかし受け入れを忍耐強く依頼してくれた。受け答えから、かかりつけ医に看てもらうようにと言われていたようだったが、実際に脳の病気でのかかりつけ医はなかったこともあって、何とか旧国立病院への搬送が決まった。
同時にカミサンは、症状を確認するべく、他の救急隊員から質問を受けている。
「今日は何月何日ですか?」
「7月29日です」
カミサンはしっかりとした口調で、正解を答えている。日付と曜日がいつもよくわからない私より、よっぽど上手だ。
救急車は走り出した。
向きを変え、路地を曲がったところでサイレンが鳴りはじめ、緊急走行となった。
私は運転手として、毎日道路に出ている。仕事先が大きな病院近くということもあって、ほぼ毎日、緊急走行の救急車に遭遇する。みんな急いでいるのに、きちんと道を譲ってくれる日本人のドライバーと、適切な対応、処置をして下さり、可能な限り早く病院に運ぶという使命を果たしてくれている救急隊員の方々に、頭が下がる思いでいっぱいだった。
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