四 マフラーの使者
「わたくし、生まれも育ちも日本橋蛎殻町です。水天宮で産湯をつかい、姓は更須、名は守虎。人呼んで〝水天の虎〟と発しやす」
「水天の虎!? そうか、貴様はあの……」
その聞き憶えのある通り名に、毛むくじゃらのバケモノ――ダエーワの七大幹部の一人であるアエーシュマはさらに驚きを顕わにする。
「おうともよ。しかして、その実体は……パテート・パシェーマーニ、オフルマズド・ヤシュト!」
対して守虎はそれに答えると、真っ白な長いマフラーを懐から取り出して宙に投げ、なにやら呪文のようなものを声高らかに朗々と唱えた。
すると、ひとりでに宙を舞うマフラーはクルクルと彼の体に巻きつき、まるでミイラか蝶の繭のように全身を包み込んでしまう……。
だが、数瞬の後、その包みが解けて首に巻かれる普通のマフラーへ戻ったかと思うと、腰まで丈のある純白のローブにゆったりとしたパンツ、ペルシア風の帽子に立派な顎髭の男性の仮面を着けた守虎が姿を現したのである!
「善なる光明神オフルマズドの名のもとに、善を表し、善のために働く!
声高らかに名乗りを上げ、ヒーローらしくポーズを決めた彼の背後で、屋内なのにドドーン!! と聖なる火が爆発体に燃え上がって演出を加える。
じつはこの更須守虎、かつて水天宮を参拝した折に善神オフルマズド(※アフラ・マズダーとも)の啓示を受け、以来、悪神アフリマンとダエーワの侵略から世界を守るために日夜戦っているのである。
ちなみになぜ水天宮だったかといえば、この神社に祀られる水天はインド神話で云う竜王〝ヴァルナ〟であり、これが同じ起源を持つイラン神話では〝アフラ・マズダー〟であるからだ。
そして、彼はダエーワの悪魔達と戦うため、純潔と新生の象徴である
「とりあえず、そのヤベえ飲み物は一滴残らず廃棄処分にさせてもらうぜ、
ポーズを決めると続けざま、彼は光の大輪をその手に出現させて、それを酒樽目がけて投げつける。
すると、そのクルクルと回転する光の輪はまるで生きてるかのようにひとりでに飛び回り、すべての酒樽を切り刻んで木端っ微塵に粉砕した。
「クソっ! わしが丹精込めて造った合酒を……おのれえ、アフラ・マフラー! またしても我らの邪魔をしおつて!」
芳醇な香りとともに溢れ出した亜麻色の液体で満たされる床の上、大幹部アエーシュマは苦虫を噛み潰したような顔で彼を睨みつける。
「ザッハーク! こやつを地獄へ叩き落とせ!」
「ハッ! 出でよ! バリガーども!」
アエーシュマの命令に、ザッハークと呼ばれた肩から蛇を生やす男は、指をパチンと鳴らして踊り子風のスタッフ達を呼び寄せる。
だが、先程見た彼女達とは打って代わり、その眼は赤々と不気味に光り、その口は耳まで裂けて牙を剥き出しにしている……それは〝バリガー〟と呼ばれるダエーワの魔女戦闘員なのだ。
また、ザッハークもアフリマンの魔術によって造りだされた〝アジ・ダハーカ〟という蛇人間である。
「ここじゃ他の客達も巻き込んじまうな……全員、表へ出やがれ!」
敵に囲まれた守虎改めアフラ・マフラーは、背後のバリガーを押しのけて廊下へ逃れると、その奥にある非常口から外へと飛び出す。
「逃がすなっ! 追えっ!」
客に被害が出ないようにという彼の策略に乗り、ダエーワ達も全員、その後を追って屋外へ駆け出した。
「キエーっ!」
「とう! やあっ!」
外の裏路地に出ると、奇声をあげて襲い来るバリガー達を守虎はバッタバッタと殴り倒してゆく……。
もともと腕っぷしの強い彼であるが、今はさらに勝利を司る善神、〝ウルスラグナ(「障害を落ち破る者」の意)〟の力を宿しているため、その戦闘力は何倍にも増している。
そのようにアフラ・マフラーは、ゾロアスター教の中級善神〝ヤサダ〟の力を自在に使うことができるのである。
「おのれえっ! 今度は私が相手だ!」
バリガー達があっけなくやられてしまうと、今度はザッハークが襲いかかってきた。
そのバーテンダーの格好をした蛇人間は、両肩の大蛇を伸ばして守虎を噛み殺しにくる。
「くっ……二匹相手じゃさすがに辛えな……」
その猛攻には、さすがのアフラ・マフラーも防戦一方であり、噛みつく蛇を避けながら、時に首に巻いた長いマフラーでその三角頭を払うのがやっとだ。
「|…! そうだ!
だが、大蛇と格闘する中で彼の脳裏にある妙案が浮かぶ……守虎は再び光の輪を出現させると、それをザッハーク目がけて投げつけた。
「フン! そんなものが利くと思うてか!」
しかし、肩から生えた大蛇が巨大な鞭のように空を切り、呆気なくその一撃も弾き飛ばしてしまう。
「さあ、我が毒牙にかかって地獄へ落ちろ!」
その勢いのまま、二匹の大蛇は牙を剥いて守虎へ襲いかかる。
「今だ!
その時だった。守虎が一喝すると弾き飛ばされたはずの光の輪は、空中で急速反転して彼の方へと戻って来る。
「なっ…!」
そして、今まさに大口を開けて噛みつこうとしていた大蛇の首を、二匹連続で真横から斬り飛ばしたのだった。
「さあて、最後の審判といこうじゃねえか……
強力な武器を失ったザッハークに、守虎の反撃が始まる……その必殺技の名を叫びながらマフラーを外して投げつけると、それはクルクルとザッハークの周りを取り巻き、瞬く間に中空の塔をその場にそびえ立たせる。
「くっ……う、動けん……」
「
マフラーの塔に閉じ込められて身動きがとれないザッハークの隙を突き、守虎は火の善神アタールを右脚に宿すと、背中に守護霊フラワシの翼を生やして上空へと飛び上がる。
「オフルマズドの息たる火に焼かれ、無象である始原の状態へ還れ!
そして、遥か天空より燃え上がる右脚を前に突き出し、まるで飛来する隕石の如き真っ赤な炎の塊となってザッハークへ強烈なキックを食らわした。
「ウギャアァァァーッ!」
瞬間、断末魔の叫びとともにザッハークは大爆発を起こして霧散し、着地した守虎は解けて元に戻ったマフラーを回収する。
「くっ……今回はここまでか。憶えておけよ、アフラ・アフラー!」
それを見て、形勢不利と判断したアエーシュマは捨て台詞を口に早々その場から姿を消す。
「フゥ……ま、これでもうあの酒に悪酔いするやつもいねえだろう」
一方、すべての敵を退けた守虎も、一息吐いて変身を解くと、いつものラクダシャツとベージュのスーツ姿へと戻る。
「さてと、この街での用もすんだし、ヤクザな兄貴もお暇させてもらうとするか……」
だが、彼は生家へ向かうことなく、それとは真逆の方向へと肩で風を切りながら歩き始める……そのまま家族に別れも告げずに、またしても旅に出るつもりなのだ。
といっても、それは彼がフウテンだからではない。今回同様、世界各地で暗躍するダエーワの陰謀を暴き、人々が〝
「相変わらず、ここから見る夕陽はどこよりも綺麗だねえ~」
しかし、背中に帯びたその哀愁もどこ吹く風と、傾き始めた橙色の日に染まる故郷の街を、守虎は独り嘯きながらどこまでも真っすぐ歩いてゆく……。
更須守虎は形而上学的なオフルマズドの改造人間である。彼の悪神達との闘いは、まだまだこれからも続くのである。
(更須守虎はかく闘いき 了)
更須守虎はかく闘いき 平中なごん @HiranakaNagon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます