寝盗るブス風谷明日花08

 とりあえず、部屋に風谷を入れると、旦那は何も言わずベッドに座り、そのまま頭を抱えた。妻が、風俗で働いていた事を知った夫が、混乱してしまうのは当然の結果であり、風谷もどうすれば良いのか、必死に言葉を考えていた。

 やがて、旦那は顔をあげると、風谷に事情を聞いた。


「いつから、働いていた?」

「……三日前ぐらいから」

「お義母さんの具合いが悪いと、言っていたがあれは嘘なのか?」

「はい。……嘘をついていました」

「何を考えている。俺が、必死に働いている裏で、嘘までついてこんな事をしていて、恥ずかしくないのか!」


 旦那は声を荒げて、風谷に説教をする。一体、誰のせいでこうなったのか――と思うと、風谷も怒りの感情が湧いてきた。

 タバコを火をつけて、むしゃくしゃする気持ちを抑えようとする。


「タバコなんか、吸っている場合か? まず、謝るべきじゃないのか。俺を裏切っていて、その態度はなんだ!」

「…………」


 ベッドの横に置かれていた、ライターを投げる旦那。運良く、当たらなかったが、それでも微動だにしない風谷は、タバコが吸い終わると反撃に出た。

 一方的に風谷を責める旦那を、許せないでいたからだった。


「あなただって、私に謝るべきじゃない?」

「何をだ? 俺はやましい事なんてしていない」

「あら、この間も、このホテルを利用していたでしょう? 若い女と腕を組んで……私が知らないとでも思った?」

「そ、それは……」


 まさか、自分の浮気が風谷にバレていると思っていなかった旦那は、急に勢いを失い黙ってしまった。

 その様子を見て、風谷はさらに畳み掛けるように旦那を責める。


「大体、私がここにいる事を、どう言い訳するつもりなの? あなたが、店に電話をしたから、ここにいるわけでしょう。店長が『超常連』と言っていたわ。大分前から浮気をしていたのは、あなたの方じゃない?」

「…………」


 痛い脇腹を突かれ、完全に消沈する旦那。この戦いは、完全に風谷の勝利で終わったが、それでも虚しい気持ちに、風谷の心は深く落ちていた。

 お互いの裏切りを知った二人には、最初から勝者は存在せず、どちらも負け犬でしかない。結局は、ただ吠えているだけでしかなかった。


 言いたい事を言い終えると、風谷は服を脱ぎだした。風谷が何を考えているのか、わからない旦那は驚くしかなかった。


「な、何をしている?」

「もちろん、私はお金が必要だから脱いでいるだけ。あなたもそのつもりで、私を買ったのでしょう? それなら、やる事は一つじゃない……」

「ま、待ってくれ!」

「待たない。見て、これがあなたが買った女の身体。あなたの妻がお金の為に、汚した身体よ」

「……残酷だ」


 服をすべて脱ぎ、全裸で立つ風谷を見て、旦那は涙を流した。残酷にも、お金の為に他人に身を許した事を告白する妻に対し、拷問以外の何ものでもない。胸が張り裂けそうな気持ちを抑え、旦那は風谷に上着をかけて抱きしめた。


「俺が悪かった。だから、そんな事を言わないでくれ。明日花がこんな事をしていた知って、浮気をしていた俺が言う事を信じれないかもしれないが、それでも明日花を、今でも愛している」

「………」


 旦那の言葉に何も言わず、抱きしめる返す風谷。それが、すべてを知っても「愛している」と言ってくれた、旦那に対する返事のように、強く抱きしめる。お互いの気持ちを確かめ合うと、それまでただすれ違っていただけだと、風谷は気づく事が出来た。

 気持ちが落ち着いた風谷は「けじめをくけてくる」と旦那に言うと、ホテルを出て店へと戻る。


 怒られる覚悟で、店長に辞める事伝えると、最初は怒っていたが、すべてを説明すると仕方なく了承する。


「また困った時は、いつでも来てくださいね」


 そんな店長の別れ際の言葉に、笑顔を返す風谷だったが「もう、ここに来る事はない」と思っていた。

 店を出た風谷は、一方的に別れのメールを先生に送ると、そのまま連絡先を消去した。旦那に愛されている事を、改めて知った風谷に迷いはなかった。暗く閉ざされていた道に光が射したようで、旦那との生活を思うと、清々しい気持ちになっていた。


 ふと、アリスとの約束を思い出し、断りの電話をかけるが出なかった。仕方なく、メールを送り家へと帰った。

 家に帰ると、旦那が待っていて、手厚く迎えてくれた。しばらく帰っていなかったので、家の中は散らかっていたが、明日片付ける事にして、二人は食事をしてその日は寝た。どこか、ぎこちない二人だったが、付き合い初めのような淡い気持ちを思い出し、これで良かったのだと風谷は思った。


 翌日、部屋のそうじや洗濯物など家事が終わる頃には、すでに夕方になってしまっていた。慌てて夕飯の支度を終わらせると、旦那は帰って来た。いつもなら、遅くなるはずの金曜日であったが、早く帰宅してくれた旦那に、嬉しく思う風谷だった。

 夕食を終えた二人は、ひさしぶりに酒を飲んだ。瓶ビールを開け、交互に注ぎながら乾杯をすると、結婚当初に良く二人で晩酌をしていた事を思い出す。あの頃と、大分変わってしまった二人だが、それでもこうして酒を飲んでいると、風谷は自分の幸せがここにあった事を、噛みしめずにはいられなかった。

 何でもない幸せ。当たり前に、自分を愛してくれる旦那との生活。それが、本当の幸せだと風谷は知る。


 疲れから、旦那の方から先に酔いつぶれてしまい、風谷はベッドへと運んだ。旦那をベッドに寝かせると、アリスからメールが送られて来た。

 昨日は、何も返信がなかったので、この時間まで、アリスの事を忘れていた風谷は、アリスが怒っていると思い、恐る恐るメールを見た。

 内容は、アリスも用事が出来てしまい、結局昨日は会えなかった――と書かれていた。また、風谷が旦那の所へ戻った事を祝福してくれているようで、風谷の不安は解消された。


 すべてが順調に、不安からも解放された風谷は、興味を持っていたアリスのサイトを見た。様々な人の性の悩みや、アリスが相手をした客とのエピソードなど、風俗の仕事を辞めた今では、面白い話ばかりで、風谷は夢中になって見ていた。

 そんな中、アリスのサイトのファンの書き込みに、別の面白いサイトの話が書いてあった。何でも複数の女性を観察し、日記と称して書かれた盗撮サイトの話だった。そんな犯罪を公開しているサイトに興味を持った風谷は、貼り付けあったリンクを押した。


 『黒岩瑛士とブス達の観察日記』のタイトルを見て、風谷は驚愕した。そこには、風谷の知る黒岩瑛士の名前があったからだ。

 サイト内には、複数の女性の写真が貼ってあり、目隠しをされ、名前は伏せられているが、明らかなに知っている人物も書かれていた。そして、その女性達の中に、Aと名付けられ自分の事も書かれている事を知り、顔を青ざめる風谷だった。


 風谷はすぐに岸島へと電話をした。そこには、岸島の事も書かれていたので、知らせる為だった。

 一体、誰がこんなサイトを作り、風谷達を観察していたのだろう。

 それは、風谷にも岸島にもわからなかった。

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黒岩瑛士とブス達の観察日記 一ノ瀬樹一 @ichinokokoro

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