寝盗るブス風谷明日花07
「もうすぐ出来るから、待っててね」と声をかけ、キッチンに立つ風谷は、アリスへと声をかけた。ソファに深く座るアリスから、返事はなかったが、風谷は気にせず料理を続けた。
料理が終わりテーブルに運ぶと、アリスはすぐに置かれた料理を口にする。まるで、何日も食べ物を口にしていなかったように、アリスは無心で料理を口へと運び続ける。
「そんなに慌てなくても、大丈夫だよ」
「……」
風谷の声に何も反応せず、アリスは料理を食べ続ける。風谷もお腹が空いていたのを思い出し、料理に手をつける。
自分の分の料理を食べ終わったアリスは、物欲しそうな目で風谷の分の料理を見ていた。見かねた風谷は、アリスに声をかける。
「良かったら食べる?」
「…………いいの?」
「どうぞ。私は後で、パンでも買うから」
「ありがとう」
子供のような笑顔で、お礼を言うアリス。風谷は、そんな初めて見るアリスの顔を、単純にかわいいと思った。
料理を食べ終わったアリスは、満足そうな顔をしていた。それを見て、作った甲斐があったと、風谷も満足した。
「いやー助かったよ。本当にありがとう」
「別に、大した事じゃないよ。それより、口に合った?」
「もちろん。こんな美味しい物を作れるなんて、明日花は凄いね」
「そんな事ないよ」
大した料理ではなかったが、アリスの感謝の言葉に、嬉しくなっていた。最近では、旦那からも言われなくなった言葉。それを、ひさしぶりに聞いた風谷は、本当に嬉しい気持ちになり、照れくさそうに下を向き顔を隠した。
食後のコーヒーを用意して戻ると、アリスはスマホを見ていた。昨日から、動けなくなるまでスマホをいじっているアリスに、風谷は興味を持っていた。
「ねえ。アリスちゃんは、スマホで何を見ているの?」
「これ? これは、アリスが運営しているサイトを見ているの。読者からの相談に、コメントを返してあげないと可愛そうでしょう?」
「へー、サイトやっているんだ。見てみたいな?」
「見たい? これだよ」
『不思議の性のアリス』。それが、アリスのサイトの名前だった。内容は、アリスが相手をした客や、これまでの彼氏の性癖を晒すものや、読者からの性に対する悩みや相談に、アリスが独自の視点でアドバイスをするコミュニティサイトだった。
中には、結構過激な相談内容もあり、それにちゃんと答えているアリスに、関心する風谷だった。
「す、凄いねアリスちゃんは」
「凄いでしょう! もっと、アリスを褒めて」
昨日までは、どこか素っ気ない態度をしていたアリスだったが、すっかり風谷に心を開いているようで、これからも同居は続くので、風谷は安心した。
後片付けをすると、風谷は急いで支度をした。今日も出勤のシフトなので、ゆっくりしている時間はなかった。アリスの方は休みなので、再びスマホを操作して、サイトの更新をしていた。
「行ってきます」
「いってらっしゃい。がんばってね、明日花」
その何気ないやり取りに、風谷は心地良く感じていた。
風谷の評判は口コミで広がり、次から次へと客が着いた。ほとんど待ち部屋にいない新人の風谷を、ずっと声のかけられない待機中の風俗嬢から、鋭い視線を向けられていた。居心地が悪いと思っていたが、それでも金を稼ぐ為に耐えていた。
忙しい時間帯が終わった風谷は、束の間の休息を取っていると、一通のメールに気がついた。誰からだと思い宛先を確認すると、それは絵画教室の先生からだった。
家出をしていた風谷は、絵画教室へ通っていなかった。それを心配した先生は、風谷へメールを送ったのだった。
今の自分の状況を、後ろめたい気持ちが邪魔をして、メールを開く事の出来ない風谷は、そのままスマホの画面を閉じた。
休憩を終えた風谷は、その後も客が途切れる事はなく、その日も疲れた身体を引きずってマンションへと帰った。
部屋には、風谷の帰りをアリスが待っていた。お腹が空いているようで、疲れていた風谷だったが、料理を作り一緒に食べた。
誰かに必要とされている事が嬉しく、風谷はアリスに料理を作る事に、充実感を満たされていた。
そんなさなか、アリスのスマホにメールが届く。メールを確認したアリスのは、一瞬にして苛立ち、怒った表情を浮かべた。
「どうしての、アリスちゃん?」
「こいつ、本当にムカつく」
「誰なの?」
「常連客なんだけれど、チップも弾んでくれるから連絡先を交換して、仕事以外で会っていたんだ。でも、ちょっと前から連絡も来なくなり、最近は会っていなかった。多分、他に女が出来たのね。それなのに、この間ひさしぶりに連絡が来て会ったら、縛らせてくれ――とか、マニアックな要求をするようになったから、本当にムカつく。女に逃げられたからって、アリスに欲求をぶつけるなっての!」
相当にその男の事を嫌っているようで、アリスはその怒りを、自身のサイトに男の性癖を晒す事で、怒りを鎮めていた。
書き込みが終わると、アリスの機嫌は直っていた。
「これで、良しっと。まったく、奥さんも子供もいて、教師って立場なのに、本当に男ってバカだよね」
「そうね。……でも、私が一番バカなのかもしれない」
「明日花……」
その日は、お互いに気まずい雰囲気になり、早めに寝る二人だった。
翌日、相変わらず激務の風谷だったが、その分自分の稼ぎとなるので、客が途切れない現状はありがたかった。この数日で、思ったよりも稼げる事を知った風谷は、ある事を考えていた。
それは、旦那と離婚する事だった。生活力のない風谷は、これまで離婚を恐れていたが、この仕事を続けていれば、一人でも生活出来ると確信していた。もう、自分の幸せがどこにあるのか、風谷は完全に見失っていた。
先生からのメールはあれ以降も来ていたが、完全に無視をしていた。
仕事の終わりが近づき、今日はアリスも出勤していたので、帰りにどこかでご飯を食べる約束をしていた。どこに行こうかと話し合っていると、店長からお願い事をされる風谷だった。
「さゆりちゃん。悪いんだけれども、もう一人だけ客の相手をしてもらえないかな?」
「……え?」
「ちょっと店長。明日花はもう、終わりの時間でしょう? だったら断ってよ」
「それがね、アリスちゃん。超常連の方で、さゆりちゃんの噂を聞いて、どうしても会いたいってうるさくて、私も困っているわけよ。この通り、私を助けると思ってお願いします」
「……わかりました」
困っている店長を見かねて、風谷は了承した。住む所を提供してもらい、店長に恩を感じていた風谷にとって、それは自然な事だった。アリスには、どこかで待ってもらい、終わったら合流する約束をして、風谷は指定されたホテルへと向かった。奇しくも、そこは旦那の浮気を目撃した、あのホテルだった。
ホテルに入り、部屋の扉をノックすると、すぐに扉が開かれた。自己紹介をして顔をあげると、風谷は言葉を失った。
「あれ? 明日花。明日花じゃないか?」
「…………」
それは、風谷の旦那だった。ひさしぶりの再会を喜べるはずもなく、重たい空気で見つめ合う二人がそこにいた。
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