寝盗るブス風谷明日花06

 家出をした風谷は、ネットカフェで寝泊まりをしていたが、ある問題に直面していた。それは、衝動的に家出をしてしまった為、持っていたお金が残り僅かとなっていた。カード類はすべて、家に置いてきてしまった為、取りに戻るわけにもいかず、風谷はアルバイトを考えていた。

 しかし、すぐにでも現金を手にしたい風谷は、普通のアルバイトではない仕事を選ぶしかない。つまり、身体を売って働く以外、道は残されていなかった。


 覚悟を決め電話をすると、すぐに面接となり店へと向かう。怪しい雑居ビルの一室で、やはり帰ろうかと思ったが、持っている所持金ではネットカフェにも泊まれなかった。追い込まれた風谷には、面接を受ける事にした。

 意外にも優しく店長で、事情を説明すると泊まる部屋も用意してくれた。相部屋だが、外で寝るよりはましと、風谷は感謝した。

 面接が終わると、隣の部屋へと連れて行かれると、その場で全裸になるように指示される。実際に、客の前で裸になられるかどうかのテストだと店長に言われ、風谷は全裸になった。


「あれ? もしかして、昔テレビや雑誌に出てませんでした?」

「……ええ、昔ですけれど……」

「やっぱり。面接の時から、見た事あるなって思ってました。どうりで綺麗なわけだ」


 舐め回すようにして、風谷の裸を見る店長。身体中を蛇が這いずり回っているようで、不快に感じる風谷は、黙って耐えるしかなかった。

 やがて、店長の実技指導が終わると、その日から働く事になった。


「とりあえず、呼ばれるまでこの部屋で待ってください」


 待ち部屋と呼ばれる部屋へ案内されると、中には三人の女性がいたが、入れ替わるようにして、二人は呼ばれて出て行った。部屋には、ずっと無表情でスマホをいじっている若い女性と風谷だけになった。

 何もわからない風谷は、緊張しながら呼ばれるのを待っていた。


「あなた新人? 名前は?」

「はい。風谷明日花といいます」

「本名? 源氏名はないの?」

「源氏名ですか。店長には、さゆりと言われました」

「さゆり? あの蛇野郎、また昔のアイドルから適当につけたな。私は、アリス。よろしくね」

「よろしく、お願いします」


 アリスに話しかけられ、少し緊張のほぐれた風谷は、店長からもらったお茶を口にした。

 アリスと何気ない会話をしていると、風谷は呼ばれた。いよいよ初仕事となる風谷は、再び緊張する。

 行き先のホテルへは車で移動する事になり、車中ではずっと手を握ったまま黙る風谷だった。その緊張を察した運転手が話しかけるが、すでに耳には届いていなかった。


 十分後、ホテルに着いた風谷は、運転手に言われた部屋へと向う。ドアをノックすると、中から中年の男性が現れ、風谷を迎えいれた。


「さゆりって名前だから、もっと歳取ったおばさんかと思ったけれど、君みたいな美人で良かったよ」

「……ありがとうございます」


 中年の男性は風谷を気に入ったが、風谷が気に入る事はなかった。太った体型に、歯並びの悪い口。鼻毛の手入れをしていないのか、何本も鼻から出ていて、生理的に受け付けないタイプの人間だった。

 それでも、お金を稼がなければならない為、風谷は我慢をした。


 結局その日は、他に三人、計四人の客の相手をして初日が終わった。緊張していた風谷には、とても早く感じる一日だった。

 仕事が終わった風谷に、店長は鍵と住所の書いた紙を渡たす。それは、今日から風谷が寝泊まりをする部屋の鍵と住所だった。相部屋の為、一緒に住む同居人がいるが、先に仕事を終えて帰っていると説明をされ、風谷は住所の場所へと向かった。

 なるべくなら、気遣いをしなくても良い相手である事を願い。


 住所の書かれた紙を頼りに部屋へと向かうと、そこは大きくて古いマンション。入口の蛍光灯が、今にも消えそうに点滅していた。あまり、手入れをされていないようで、所々に張られた蜘蛛の巣が放置されている。時折、どこかの部屋から聞こえてくる外国語と入口で言い争う男女に、風谷は入るのを躊躇っていた。

 しかし、行く宛のない風谷は諦め、言い争う男女に会釈をして、部屋へと向かった。


 部屋の前に立つと、念の為にチャイムを鳴らしたが、壊れているので音がしない。同居人は先に帰ったと聞いていたが、中にいるのかわからない風谷は、仕方なく渡された鍵を使い部屋へと入る。

 部屋の中は暗く、玄関を入るとすぐにリビングのある間取りだった。やはり、同居人は帰って来ていないようなので、壁にあるスイッチを入れて灯りをつけると、ソファに寝ている人が目に飛び込んだ。 

 ビックリした風谷は、声を出しそうになったが、寝ている人を起こしてしまっては悪いと思い、何とか堪えた。しかし、部屋が明るくなった事で、結果的に同居人は起きる事になった。


「は、初めまして。今日から、一緒に住む事になりました風谷明日花です。よろしく、お願いします」

「……ああ、話は蛇から聞いているわ。よろしくね」


 そこにいたのはアリス。風谷の同居人は、待ち部屋で初めて話をしたあのアリスだった。奇妙な縁を感じる風谷だったが、まったく知らない相手よりも、話した事のあるアリスの方が、緊張しなくて済むと思い、胸をなでおろす。

 眠りから醒めたアリスはスマホに目を向け、何かを読むとぶつぶつと言いながら、何かを入力している。どうして良いのかわからず、立っている風谷を無視して。


「あの……」

「ああ、部屋は左の部屋を使って。右はアリスの部屋だから。それから、冷蔵庫は共同で使うから、アリスに食べられたくなかったら、ちゃんと名前を書いてね」

「……はい。よろしくお願いします」


 アリスは一度も風谷を見る事なく、スマホに目を向けたまま話す。

 部屋の間取りは、玄関の次にリビングがあり、その奥に二つの部屋が並んで併設されていた。アリスに言われたように、左の部屋に入った風谷は、すぐにベッドへと入ると、そのまま横になった。

 疲れているはずが、すぐに寝る事の出来ない風谷は、窓の外の月を眺めていると、ふと自分の家を思い出した。何で、私はここにいるのか――と考えると、急に緊張の糸が切れ、風谷の目から一筋の涙がこぼれた。

 やがて、優しい月の光に包まれながら、風谷は疲れから深い眠りについた。


 翌日。目が醒めた風谷は、リビングへと向う。昨日は、緊張していたせいもなり、何も食べていなかった風谷は、お腹が空いていた。どんな状況でも、人間はお腹が空く生き物で、風谷とて例外ではなかった。

 アリスが起きているかわからない風谷は、静かにドアを開けリビングへと入る。薄暗いリビングに、アリスの姿はなく、ご飯を作る為、買い物に出かけた。


 買い物が終わってマンションへと帰る途中、旦那からのメールに送信をする。風谷は、旦那には母親の具合いが悪く、看病の為に実家に帰っていると嘘をついていた。普段から、風谷の親と連絡を取り合っていない旦那は、あっさり信じていた。

 メールが終わると、ちょうどマンションに着いた風谷は、部屋の中に入った。


 玄関を開け、小さな声で「ただいま」と言う風谷は、リビングにうつ伏せで倒れているアリスを見つける。

 突然の状況に、買い物袋をその場に落として、風谷はアリスに駆け寄る。

 買い物に出ていた間に、アリスに何が起きたのか。わからない風谷は、ただ心配して、アリスの名前を呼び続けた。

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