第2話 食事会

「遠路遥々、ようこそおいでくださいました」


サルデーニャ王国の王、ドルトン・ウィーデンが、コルシカ国の王らに挨拶する。

にこやかなコルシカ王と妃に対し、王女はツンとしている。

噂通りの気分屋なのだろう。


そっぽ向いてつまらなそうにしている王女に、ザシャが声を掛ける。


「初めまして。

私はサルデーニャ王国のザシャと言います。

素敵な髪飾りですね」


ザシャの言葉に驚き、その端正な顔に頰を赤らめる王女。

褒められた大きなバレッタに触りながら答える。

瞳と同じ、深い緑色だ。


「あ、ありがとうございます。

私の髪は地味な黒ですから、少しでも華やかさを、と思いまして」


その謙遜とも卑屈とも取れる言葉を、優しく否定するザシャ。


「地味な黒だなんて言わないで。

絹のようで、とても美しいと思いますよ」


そしてふわりと笑いかければ、王女の警戒心は完全に解ける。

ザシャの笑顔ほど魅力的な表情はないだろう。


「お褒めに預かり光栄です。

私は、コルシカ国のエリスと申します」


王女も釣られて笑い、名前を自ら教えてくれた。

気分屋の王女をよくぞ、と内心ガッツポーズするギャリー。

もちろん顔には出さず、ザシャの斜め後ろに控えている。


では私はこれで、とエリスと別れ、別の人々にも挨拶して回るザシャ。

次男と言えど王子だ。

それぐらいのことはしなければならない。


好奇心旺盛なザシャは、やっぱりキラキラモードは疲れるな、と思いながらも笑顔を絶やさない。

それが人前に出るときのザシャの務めだ。




それから暫く経って、ようやく全員で部屋に入った。

豪華なシャンデリアが室内を明るく照らす。


同等の位の人と向かい合って座るのが暗黙の了解となっているので、エリスの正面には、長男のテオが座る。

テオの隣がザシャ、その正面がザシャの姉のヴェラだ。

本来ならば、ヴェラの横には末弟のレオがいるはずなのだが、生憎、熱を出して欠席している。


各人の従者たちは、少し離れたところに並んで控えている。

自分の主人を守る為、ほんのちょっとの違いにも目を光らせる。


エリスは、斜めの席に座っているザシャに小さく手を振る。

その潤んだ瞳と上気した頰を見るに、エリスはザシャのことを好きになったのだろう。

人前に出ることの多いザシャからすれば、あの程度はリップサービスなのだが。


前菜が運ばれる。

ザシャは、コース料理は美味しいけど面倒だな、と常々思っている。

ザシャとギャリーはかなり庶民派なのだ。


続いてスープが運ばれてくる。

出汁の香りがふわっと香る。

野菜の甘みを感じられる、優しくて美味しいスープだ。


だが、何かがおかしい。

とても美味しいのだが、何か溶け込んでいるような気がする。

ザシャは、気になって手が止まってしまう。


それを不思議に思ったエリスが、ザシャに話し掛ける。


「ザシャ様、どうなさいましたか?」


既に飲み込んでしまったスープの味を思い出し、記憶を手繰る。

ザシャはこの味を知っている。


「‥‥同じ味だ」


何かおかしいと気づいたギャリーが、すぐさまザシャの元へ駆けつける。


「どうした?」


「なぁギャリー、このスープ‥‥」


スプーンをザシャから受け取り、一口飲んでみるギャリー。

完全に間接キスなのだが、そんなことは気にしていられない。


第一、主人と従者は幼少の頃から一緒に過ごしているので、距離感が近くなって当然なのだ。


「‥‥ああ、そうだな。

ザシャ、お前の言う通りだ。





これは、毒だ」





ギャリーが冷静に、だが急いで告げる。


「皆さん、今すぐに食事を中断してください。

このままでは命が危ないかも」


驚いたエリスがスプーンを落としてしまう。

大きな金属音が響くが、今はそれどころではない。


「何故、毒なんて‥‥」


「そんな、一体誰が?」


ザシャは、過去に一度、夕食のスープに毒を盛られたことがある。

ギャリーは、命に代えても主人を守らねばならない為、訓練を積んで毒の耐性をつけてある。

その為、2人は毒の味が分かったのだ。


犯人の目星はもうついているが、ここで言うのも、無関係の人々を混乱させることになる。


俺は大丈夫だよ、とザシャが目で伝える。

多少の違和感はあれど、この程度なら命には関わらないだろう、と経験則から判断したのだ。

ギャリーはひとまず安心するが、ここからが本題だ。

主人に毒を盛った犯人を突き止め、理由を吐かせなければならない。


その為には、食事会の参加者全員の無事を確認するのが最優先事項だ。


「現時点で頭痛や手足の痺れを感じる方は?」


ギャリーの問いかけに、皆が首を横に振る。

たしかに毒の味がしたのだが、もしかすると遅効性のものだったのかもしれない。


あるいは‥‥‥‥


ザシャとギャリーはお互いを見やる。

自分の考えが正しいか、相手はどう考えているのか。

言葉にせずとも目で分かる。


お互いの目を見て、2人は自分の予想に確信を持つ。

そう、犯人はきっと‥‥‥

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サルデーニャ王国の王子と従者 互野 おどろ @neuneu0101

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