サルデーニャ王国の王子と従者

互野 おどろ

第1話 ザシャとギャリー

ここは四方を海に囲まれた島国、サルデーニャ王国。

そこの従者の1人であるギャリーの仕事は、毎朝、彼の主人を起こすところから始まる。


「ザシャ、おいザシャ。早く起きろ」


ふわふわの毛布にくるまる主人、ザシャに声をかける。

だが、寝ぼけているザシャからは生返事しか返って来ない。

ザシャの寝起きが悪いのはいつものことだ。


「んんぅ‥‥まだ寝かせて‥‥」


はぁ、と溜息を吐いたギャリーは、ザシャの毛布を勢いよく剥ぎ取る。


「うわぁ!?さ、さっむ!」


咄嗟に自分を抱き締めるザシャを見て、どこか満足気なギャリー。


「やっと起きたな」


ザシャはもそもそとベッドから這い出る。

そして、ギャリーが既に用意してくれていた服を手に取り、挨拶と礼を言う。


「おはよう、これありがとね、ギャリー」


「ああ、おはよう」


ギャリーの仕事はいつも完璧だ。

何事も先回りして準備しておいてくれるし、ザシャが何も言わずとも、主人であるザシャの望むことをしてくれる。

最高の従者だと言えるだろう。

ただ1つ欠点があるとすれば、滅多に動かない表情筋だろうか。


ワイシャツのボタンを留めながらザシャが訊く。


「今日の予定は?」


ザシャの問に、メモやノートなどは全く見ずに諳んじて答える。

ギャリーは記憶力も良いのだ。


「今日は、我が国と交易が盛んなコルシカ国との食事会がある。

そこの王女はかなりの気分屋で、王は1人娘の王女を溺愛している。

言動には気をつけろよ」


もしコルシカ国の王の愛娘である王女を不機嫌にさせたら、国交に響いてしまうかもしれない。

交易を絶たれることだけは何としても避けたい。

その為には、王女の機嫌を損ねるような発言は出来ないという訳だ。


「うん、分かったよ」


ザシャは人付き合いがとても上手い為、王女のご機嫌とり程度は問題ないだろう。


ザシャは快活で優しく、大らかな好青年だ。

身分に囚われず、誰にでも平等に接することが出来る。

当然、国民からの期待も厚く、次期国王はザシャで決まりだろうと噂されている。


それを快く思わないのが長男のテオだ。

テオは姑息で卑屈な言動が目立つ。

好青年のザシャと比較すると尚更だ。


「よし、お腹空いたぞ、朝食だ!」


着替え終わったザシャが、意気揚々と部屋を出る。

だが、ギャリーに襟首を掴まれ、部屋に連れ戻されてしまう。


「えっ何で?

俺お腹空いてるんだけど‥‥」


心底不思議そうな表情のザシャの髪に、丁寧に櫛を通すギャリー。

燃えるような真っ赤な髪が、窓から差し込む朝日を浴びて光る。


「寝癖ぐらい直せ、ばーか。

第2王子がそんなんじゃ笑われるぞ」


「あぁ、そっか。

俺、朝食のことしか考えてなかった」


そして楽しそうにケタケタ笑う。

表情がコロコロ変わるザシャに釣られて、美しい金の目を細めてギャリーも笑う。

表情の乏しいギャリーの笑顔を見られるのは、主人のザシャだけだ。


「ほら、直ったぞ」


ギャリーは、櫛をベストの内ポケットにしまいながら言う。

内ポケットや袖の中に、必要な道具が何でも揃っている。


「さ、朝食だ!」


「今朝の朝食はサンドウィッチとコンポタージュ、デザートにはフルーツタルトが出るそうだ」


「え、まじで!?

フルーツタルトとか嬉しすぎるんだけど」


「良かったな」


リズミカルに会話を続ける2人。

今日の食事会で、命を狙われるとも知らずに。

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