太陽と風鈴
降矢めぐみ
太陽と風鈴
かがやく笑顔。遠くまで届くような、よくひびく声。周りに人が集まる君に、ぼくはどうしても近づけなかった。
「
「えっ、あ……」
彼女の視線を追うと、確かにぼくの使っている鉛筆が落ちていた。
「あ、ありがとう、
顔を上げた時には、彼女はすでに友達と会話を楽しんでいる。
それもそうだ。彼女はクラスの人気者。ぼくはただのクラスメイトってだけ。
何をしなくても汗がにじみ出る、そんな季節。
「なあなあ、あそこ、出るらしいぜ?」
一人の男子がさわいでいる。
「分かった、それ
小野寺さんというのは通学路途中の家で、駄菓子屋のおばあちゃん。だんなさんを早くに亡くしたとかで、いつもおばあちゃんしかいなかった。そんな小野寺のばあちゃんが店の中で倒れているのを見つけた人がいた。すでに亡くなっていたらしい。
それからいつの間にか、ばあちゃんのユウレイが出るってウワサが広まってしまった。
「小野寺のばあちゃんやさしいもん。ぼくたちをこわがらせるようなことしないよ」
真夏の怪談としてはじゅうぶんだけど、ばあちゃんのこんな話はいやだ。
そんな今日は、入っているクラブ活動が休みだったから、一人で先に帰ることになった。かぶっている帽子をうちわ代わりにしながら歩く。小野寺のばあちゃんちがある道の角を曲がると、少し前を歩く女の子がいた。
「藤咲さん……」
かなり前を友達と一緒に歩いていたと思うけど、追いつくくらいぼくは速く歩いただろうか。
彼女はよほどゆったりとしたペースで歩いているらしい。ぼくがどんなにゆっくり歩いても、彼女に追いつくところまで近づいてしまった。
声を、かけようか。ふり返っても後ろにはだれもいない。からかう男子もいないんだ。ランドセルのを両手でにぎりしめる。
「……じさきさん」
「あ、阪本くん……」
聞こえなくてもいいや、と思ったぼくの言葉を、彼女はしっかり聞き取ってくれた。
「どうしたの? ずいぶんゆっくり歩いてたみたいだけど。もしかして、具合でも悪い?」
この暑さだ。外にいるだけで汗が止まらない。けれど彼女は首を横に振って否定した。そして顔を少し赤くして、彼女はこう言った。
「……一緒に帰ろ」
これほど嬉しいことはない。ぼくは当然のように首を縦に振り、彼女のはぼくの左側に回った。そしてぼくの腕をぎゅっとつかみながら、ぼく越しに小野寺のばあちゃんちをじっと見ながら通り過ぎる。
「こわかったけど、どうしても気になって。ありがとう!」
小野寺のばあちゃんちを過ぎると、いつもどおりの彼女がいた。それからたわいもない話をしながら歩いて、お互いの家に向かって別れた。
藤咲さんと小野寺のばあちゃんがどんな関係だったのか、彼女は言おうとはしなかった。でも、分かったことがただ一つ。にぎられた腕がとっても熱を持っていた。
夏休みに入る直前、友達と話をしていると、思わぬ言葉が耳に入ってきた。
「ええーっ!
「うん、夏休みにね」
藤咲さんは、夏休みが明けたらもういない――? 淡い想いがはじけて消えていくような感覚に、それから少しの間、友達の話は耳に入ってこなかった。
放課後、また前を歩く藤咲さんがいた。友達と別れて、あの角を一人で曲がる。ふと、ぼくは立ち止まった。
必死に考える。彼女とのつながりを、少しでも残しておきたくて。
突然立ち止まったぼくを見て、「
「藤咲さん!」
「わっ! 阪本くんかあ。どうしたの、びっくりしたあ」
「夏祭り。一緒に……」
勢いのままに口から出た言葉だったけど、「行かない?」――最後がしぼんでいって、あともうちょっとが言えないなんてなさけない。それでも、彼女はうれしそうににっこり笑っていた。
あさがおが描かれた赤い浴衣、おだんごのかみの毛。そんな藤咲さんが、祭りのにぎわいの中、ぼくの隣を歩いている。まるで夢みたいだ。
死んじゃうと悲しいから金魚すくいはしないと言った彼女は、ぼくが飼うからと言ったら全力でいどんだ。あとは宝石つかみに射的にかき氷、焼きそば、たこ焼き。
でも何を話したかとか、そういうのはよく覚えていない。とにかく笑顔がまぶしかった。
真夏に溶け込むようなキラキラした笑顔と、二匹の金魚を残して、この夏、君はいなくなった。
あれから何度、この鬱陶しい季節を迎えただろうか。この暑さを感じて思い出すのは、小学四年生の夏の思い出。
太陽は笑顔、風鈴の音色は笑い声。
「また離ればなれになったけど、また会える日はそんなに遠くないよ」
写真の中の、年老いても変わらない笑顔の鈴を見つめながら僕は、今度こそ彼女に届かない呟きを口にする。
太陽と風鈴 降矢めぐみ @megumikudou
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