第5話 大岡裁き
血相変えて駆け込みながら、村長はシュネッケさんに嘆願した。
「今のはインチキだ! 奇襲だ! まだ戦いは始まっていなかった! このクソガキの反則負けだ! そうでしょう!?」
「む、それは……」
言い淀むシュネッケさんに、村長は卑しい目つきで笑いかけた。
「それに、勝った方が合格ではなく、力を示したほうが合格なんですよね? なら、卑劣な手段で勝ちを拾ったアルバは不合格、正々堂々正面から戦うシガールこそが、黄金の空には相応しい、違いますか?」
村長はウィンクをしながら、シュネッケさんの肩に手を置いた。
その意味を、俺は敏感に察した。
ようするに、賄賂を渡すからシガールだけを合格させて欲しい、村長はそう言っているのだ。
そのことに気付いたシュネッケさんは、咳ばらいをした。
「確かに、その通りだ。これは戦士と戦士の名誉を賭けた神聖な戦い。そこに奇襲などという卑怯な手を使う者は、我がレギオンには相応しくない。品格という点において、シガールの圧勝だな」
シュネッケは、完全に抱き込まれていた。
周りからも、そうだそうだと、シガールを弁護して、俺を非難する声が上がった。
そのことに、俺は自然と眉間に力が入って、奥歯を噛んだ。
これだ。
これなんだ。
いくら頑張っても、出自の良い人が優遇される。
どんな努力も現実も、権力者の都合で捻じ曲げられる。
せっかく、師匠が鍛えてくれたのにと、悔しい気持ちで握り拳を震わせた。
「よかったなシガール、お前の勝ちだぞ!」
「ん、んな?」
村長に揺すられて、シガールは目を覚ました。その目が、すぐに釣り上がった。
「アルバてめぇよくもやりやがったな!」
痛みと怒りに顔を歪めながら、シガールは俺につかみかかった。
今までいじめられた記憶が襲い掛かって、俺は体を固くした。
けれど、そこへ明るい声が飛び込んできた。
「やぁシュネッケ、試験は順調かな?」
「アイビス様!?」
どこから現れたのか、軍服姿の美女、アイビス師匠が、笑顔で俺らの前に立っていた。
すかさず、シュネッケはその場に膝を折ってかしずき、頭を地面に向けた。
村長が、顔をしかめる。
「だ、誰ですか? 今は、大事な試験の最中なのですが、黄金の空の方でしょうか?」
「貴様知らんのか!? くそ、これだから田舎者は!」
シュネッケは顔を上げると、口角に泡を飛ばしながらがなり散らした。
「この方はいかなる組織にも属さない人界最強の独立勢力にして一人軍隊、アイビス様だ! その実力は、Sランク冒険者をも遥かに超えると言われている! 今は、我が黄金の空の客将だ」
師匠の凄さに、村長とシガールも、すかさず平伏した。
俺も、初めて知って驚いた。
「あははは、知らなくても仕方ないよ。ボクはどこの軍にもギルドにも所属していないからね。書類上のボクの身分は住所不定無職の女Aだ」
「え? でも軍服来ていますよね?」
俺の問いかけに、師匠は手を横に振った。
「違う違う。軍がボクの服を真似したんだよ。50年ぐらい前だったかな?」
村長とシガールの口元から「50年!? それでこの美貌」「この人もハイヒューマンか」と漏れ出る。
「それでシュネッケ、どうして勝負に負けた子が合格で、勝利したアルバが不合格なのかな?」
「は、はい! それは、この者がルール違反をしたからです!」
「ルール違反? どんなだい?」
「はい! 卑怯にも試合が始まる前に背後から攻撃をしかけたのです!」
「ふぅん、でもボク、ずっと見ていたけど、君、『試合始め』って言った後だよね?」
「そ、それは、ですが、シガールが喋っている最中のことですし」
「試合が始まってからくっちゃべっている方が悪いじゃないか。それが時間稼ぎの罠ならどうする気だい?」
「しかし、戦士同士の神聖な試合に、背後から攻撃を仕掛けると言うのはいかがなものでしょうか? 試合は、正々堂々とあるべきです」
「へぇ、でも、これは騎士隊の入隊試験じゃなくて、冒険者レギオン黄金の空の入隊試験だよね? モンスターが、正々堂々と戦ってくれるのかな? むしろ、モンスター討伐は、いかに奇襲を仕掛けて効率よく相手を仕留めるかに重点が置かれるはずだけど? 君はそんなことも知らないのかな?」
「モンスター討伐と入隊試験は違います!」
「言ったね、君」
師匠の目元が、怪しく弧を描いた。
「今の話は、レギオンの団長に通しておくよ」
「なぁっ!?」
「問題ないだろ? ルール違反をした子を不合格にしたんだから、君は何も悪くないんだろ?」
「そ、それは、しかし……」
シュネッケは青ざめ、狼狽しながら、必死に弁明の言葉を探した。
そこへ、師匠は一片の慈悲もなく畳みかけた。
「それと、黄金の空がいらないなら、アルバ君はボクの預かりにするよ。客将であるボクの仲間なんだ。今後、彼への非礼はボクへの侮辱だよ」
「は、ははー!」
シュネッケは、地面に額をこすりつけた。
シガールと村長は、顔を真っ赤にしながら歯ぎしりをして、いつまでも俺のことを睨みつけていた。
一方で、俺は師匠に抱き寄せられて、頭をなでてもらった。
「ふふ、これはいい拾い物をしたよ。じゃあアルバ君、今日からボクが君の師匠だ。手取り足取り、ボクの持てる全てを教えてあげるからね」
「は、はい!」
シガールへの勝利は、うやむやになってしまった。
でも、俺は最高の気分だった。
美少女師匠のチート修行なら村人Aでも英雄ロード! 努力主人公でチート主人公! 鏡銀鉢 @kagamiginpachi
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