第4話 試験開始

 三日後の午前。


 村の広場には、村民みんなが集まっていた。


 家畜の世話もそこそこに、畑仕事もしないで駆けつけたのは、Sランク冒険者レギオン、黄金の空の入隊試験だ。


 豪奢な鎧に身を包んだ壮年の剣士が、広場の中央で、力強く声を上げた。


「私は黄金の空、四番隊隊長のシュネッケ。これより我がレギオンへの入隊試験を行う。我こそはと言う者があれば、前に進み出るがいい」


 シュネッケさんが呼びかけると、彼を取り囲むようにして集まった村人の中から、シガールが前に進み出た。


 鎧に身を包んで、腰には立派な造りの剣を挿して、やる気満々だ。


「彼一人か? 他にはいないか? 今は弱くとも、将来性を感じれば、入隊を許可する」


 その言葉で、何人かの村民が反応した。


 普段、山や森からモンスターが下りてくると、退治に動く人たちだ。


 けれど、まごつくばかりで、前に進み出ようとはしない。


 気持ちはわかる。


 出世のチャンス、と思う一方で、落ちたら恥ずかしい、どうせ自分じゃ駄目だ、という想いもあるんだろう。


 三日前までの俺なら、きっと同じことをしただろう。


 いや、今でも少し怖い。


 この三日間の修行で、師匠から勇気を貰ったし、自信もつけた。


 でも、いざ本番当日を迎えると、本当に勝てるのか? という臆病風に吹かれてしまう。


 俺もまごついていると、試験官であるシュネッケさんは言った。


「よし、ではシガール、私と一手組んでみよう」


 まずい!


 このままじゃ、師匠の修行が無駄になってしまう。


 俺は慌てながら、転がり出るようにして、前に出た。


「待って下さい! 俺もやります!」


 広場に、どよめきが広がった。


「おい、あれアルバじゃないか?」

「あいつマジかよ。何考えているんだ?」

「あいつが冒険者とかなれるわけないだろ」

「半分魔力の農奴のくせに」


 農奴みたいに扱われているけど、農奴じゃない、という文句を飲み込んで、俺はシュネッケさんに向かって叫んだ。


「俺にも、試験を受けさせてください!」

「いいだろう」


 と、シュネッケさんは頷くも、シガールは失笑を噴き出した。


「てめぇ本気かよ? アルバが冒険者とか、ましてSランクレギオン黄金の空を受験するとか正気かよう? あぁ、それともただの記念受験か?」

「記念じゃない、俺は、冒険者になるんだっ」


 語気を強めて言い返すと、シガールは嗜虐的な笑みを浮かべた。


「先輩、確か試験て、受験者同士で戦って力を見るんですよね?」


 まだ、入隊してもいないのに、シガールはもう先輩呼びだ。


 いや、もしかすると、既に内定は決まっているのかもしれない。


「そうだ。ではシガール、アルバと戦え。将来性を感じれば、二人とも合格だ」


 言って、シュネッケさんは俺らから距離を取った。


 その間に、シガールが囁いてくる。


「オレの引き立て役に志願するなんて、気が利くじゃないか。オレからのご褒美だ。負け方が惨めである程、オレがSランク冒険者になった時のおこぼれを多くやるよ」


 その言い草に、俺は激しくムカついた。


 こいつは、どれだけ人のことを馬鹿にしているんだろう。


 自分が世界の中心で、他人は全て自分の踏み台だと思っているのか?


「言っておくけど、手加減はしないぜ。何せ、黄金の空にオレ様の実力を見せつけるのが目的だからな。オレの必殺技、インフェルノバーストブラスターが火を噴くぜ!」


 ――三日前と名前違うし。統一しろよ。


 と、ツッコみつつ、心臓がキンと痛んだ。


 シガールの獰猛な笑みを見ていると、嫌な記憶が蘇る。


 10年間、シガールにいじめられた苦い記憶が、俺から勇気を剥がしていく。

 10年間、何をやっても駄目だった。

 10年間、シガールに勝てたことなんて一度もない。


 なのに、たった三日の修行で、シガールに一泡吹かせられるのか?


 師匠には悪いけど、俺のポンコツ加減と、シガールの天才ぶりを見誤っているんじゃないのか?


 また、臆病風に吹かれた。


 せっかく希望が持てたのに、シガールにあっさり負けて、三日間の間に見た夢が潰えてしまう妄想に捕らわれる。


 臆病風の風速が強風の域に達すると、師匠に申し訳なくなってしまう。


 俺が負けたら、今も、どこかで見守ってくれている師匠に申し訳ない。きっと、がっかりするだろう。


でも、師匠のことを思い出すと、一緒に彼女がくれた言葉が蘇った。



『君に必要なのは、夢を追いかける【意思】ひとつだぜ』



 臆病風がやんだ。


 運も、才能も、出自も、自分じゃどうにもならない理不尽で不平等なものだ。


 でも、【やる】か【やらない】かは、自分の意思で決められる。


 そこには、理不尽も不平等もない。


 ——ありがとうございます師匠。俺、やります!


 魂を奮い立たせて、俺は常人の半分しかない魔力の全てを励起させ、練り上げながら、圧縮していく。


 村のみんなは、こぞってシガールにエールを送る。


 俺の完全アウェイだったけど、もう、気にはならない。


「では、試合、始め!」


 シュネッケさんが宣言すると、シガールは腰の剣を、勢いよく引き抜いた。


 そして、舞台役者のようにポージングをキメながら、意気揚々と頭上に火球を生み出した。


「さぁ始めようぜアルバ! お前とも今日でお別れだ! この10年間、オレ様が磨き上げ続けた研鑽の集大成を今ここに見せてやる! これが未来の英雄、神童シガール様の力だポゲラァッ!?」


 俺の土魔術で、シガールの背後の土から、石柱を生やした。


 高速で生える石柱の先端は、シガールの後頭部を撃ち抜き、シガールは舌を噛みながら白目を剥いた。


 今の一発で、俺の魔力は空っぽだ。


 けれど、問題ない。


 師匠の作戦通り、俺は全力疾走しながら、右の拳を大きくうしろに引き絞った。


 シガールの右手から剣が落ちる。


 白目を剥いたシガールの体が、前のめりにゆっくりと傾いた。


 その顔面、骨も筋肉もない鼻っ柱に、俺は思いっ切り拳骨を叩き込んだ。


「びぎゅっ!?」


 軟骨が潰れたであろう、初めての感触。


 シガールの眼に黒目が戻った。鼻から血を噴き赤も加わった。


 そして、後ろに倒れこんだシガールの顔面に、俺は全体重をかけて、カカトを落とした。


「フンッ!」

「ッッッ~~~~~~!?」


 シガールの両腕と両足が、ビィィィーン、と伸びてから、ぱたりと落ちた。


 広場が静寂に包まれた。


 虫の足音が聞こえそうなほど静まり返った広場は、まるで人影が消えたようだった。


 試験官であるシュネッケさんも、唖然と凍り付いている。


「俺の勝ち、でいいですよね?」


 俺の問いかけに、シュネッケさんは我に返った。


「う、うむ、ではこの勝負、アルバの勝ちとする」

「ま、待ってください!」


 そう言って人垣から飛び出してきたのは、シガールの父親である村長だった。

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