第3話 技は盗むものではなく教えるもの
俺を抱きしめていた腕を離すと、早速、師匠はまさしく、先生口調で説明を始めた。
「まず、強くなるために鍛える必要があるのは四つ。【肉体】【肉体技術】【魔力】【魔法技術】だ。つまり筋骨を鍛えながら剣術や格闘術を学んで、魔力を鍛えながら多種多様な魔法を学習しよう、というわけだ。ここまではいいかな?」
「はい、師匠」
「うん、いい返事だ。これらは全て日々の積み重ねが重要で、問題なのは、いかにして日々の成長率を高めるかだ。まずは魔法、その中でも、攻撃魔法と回復魔法について説明するね」
言って、師匠はぴんと人差し指を立てるや否や、自分の豊満なおっぱいを指差した。
その仕草に、ちょっと頬を固くしてしまう。
「人の魂から生まれる霊的エネルギー、魔力を消費して起こす超常現象、それが魔法。その中でも、魔力を炎や水、風に変換して操ることを、攻撃魔法と呼ぶね。もっとも、攻撃魔法と言いつつ、水魔法で喉を潤したり、風魔法で涼んだりできるんだけどね」
ぺろりといたずらっぽく舌を出して、師匠が笑った。可愛い。
師匠は、凄く美人なのに、仕草や表情が無邪気で、いちいちキュンとしてしまう。
「で、その魔力を別の物質に変換して操る方法なんだけど、三流魔法使いたちは『魔力を感じて』とか『神の息吹を捉えて』とか『宇宙と一つになって』とか、知性の欠片もないことを言うんだけど」
——え、じゃあシガールの師匠は……。
「こんな方法で魔法を使うことは絶対にできないから真似しないように」
「現代魔法全否定!?」
「うん、ていうか全部イカサマだしね」
「イカサマって、どういうことですか!?」
「武芸も魔法も同じなんだけど、ボク以外の職業師匠は弟子から月謝を貰って生活しているからね、収入源である弟子が卒業しないよう、わざとわかりにくくしているんだよ」
「そうなんですか!?」
「そうそう。考えてもごらんよ。よく『技は教わるものではなく盗むもんだ』『師匠の動きを見て覚えろ』『教わるのではなく自分で考え気づくのが大事』とか馬鹿丸出しのことを言うけど」
——師匠って結構毒舌だな……。
「直接手取り足取り秘訣をバシバシ教えた方が効率いいに決まっているだろ? 下積みとか言って雑用やって強くなるならメイドどんだけ強いんだよ。そもそも自分で気づくのが大事なら師匠なんていらないし。師匠はなんのためにいるんだい? 教え諭すと書いて【教諭】、教え授けると書いて【教授】、教えて授けて諭して上げ膳据え膳おんぶにだっこ、それこそが師匠のあるべき姿じゃないか」
「う、う~~ん」
それはどうなんだろう。
弟子と言えば、師匠の身の回りの世話をして、長い下積み期間を経て、ようやく技を教えてもらうイメージがある。
聞いた話だと、剣術道場は、入門半年は剣に触ることも許してもらえないとか。
でも、おんぶにだっこはともかく、師匠の言っていることはおおむねわかる。
俺も、剣と関係ないことして強くなるの? と思ったことがある。
「じゃあ、どうするんですか?」
「精神操作魔法で直接体感させるんだよ。えい」
「わっ」
不意に、師匠の腕が伸びて、強引に抱き寄せられてしまう。
また、ワープの二の舞だ。
師匠の大きくて柔らかいおっぱいが、むんにゅりと俺の首筋に当たってしまう。
今日初めて味わう女体の包容力に、頭の中で純心と邪心が戦う中、未知の感覚が襲い掛かってくる。
「んう!?」
「感じたようだね。これが、魔力を練る、ということだよ」
俺の中、と言っても体の中じゃない、でも、ソレは俺の中で流動していた。
「君の魔力を100として、そのうち10の魔力を練って、別の何かに変えて放つ。それが、攻撃魔法だ」
手の平に湿り気を感じて持ち上げた。
すると、右手の上には、小さな水球が浮かんでいた。それが、あらぬ方向に飛び出して、近くの木に激突した。
水球は木の幹を浅く削って、空中に雲散霧消した。
「練る魔力の量が多いほど、魔法の威力は上がる。けど、同じ10の魔力でも、魔力の練り方が上手いと、より魔法の威力は上がる。だから、呼吸をするように常に魔力を練り続けて、練習をするのが大切だ」
「――――」
感動のあまり、俺はおっぱいの感触も忘れて、何も言えなかった。
だって、俺が魔法を使ったのだ。
シガールでも、魔法を使うのには半年かかったらしい。
なのに、常人の半分の魔力しかなくって、魔法の修行なんてしたこともない俺が、一流戦士の証とも言える魔法を行使した。
その事実に、感極まってしまう。
「ふふ、嬉しいかい?」
「はい!」
「うん、その気持ちを忘れちゃダメだよ。じゃあ、おっぱいタイムはおしまいだ」
「ッッ!?」
筆舌尽くしがたいほど恥ずかしい気持ちになる俺から手を離して、師匠はちょっと悪い顔をした。
「これで魔力の練り方、変換の仕方はわかったと思う。でも今のままじゃ変換効率は最低だ。君が水や風を理解し、イメージすることができていないからね」
「は、はい、でも、毎日練習して、ちょっとずつ上手くなればいいんですよね?」
「いや、変換効率なら今すぐ100パーセントにできるよ」
「え?」
今日、何度目かわからない俺の「え?」を聞いた後、師匠は指を鳴らした。
すると、地面から突然水が沸き上がって、巨大な直方体を形成した。
不可視の箱に入っているように、綺麗なサイコロ型を維持している。
大きさは、俺の首元まである。
「入ってごらん、ザブンて。そして水遊びをするんだ」
「えぇ!? なんですかそれ? いいから、入ってご覧、それともボクも一緒に入るかい?」
師匠のウィンクに、キュンとさせられてから、俺は水の中に飛び込んだ。
服を着たまま潜って、上から顔を出した。
「いいかい、川で水浴びをする時とは違う。水を理解するんだ。触って、漕いで、飲んで、味は? 感触は? 温度は? 質感は? 頭の中で水をイメージするんじゃない。五感全てでソレをイメージするんだ。水感を手に入れろ♪」
「はい師匠」
言われるがまま、俺はバシャバシャと水を立てながら、全身で水を感じ続けた。
◆
アルバが修行に明け暮れる頃、シガールも、ハイヒューマンの師匠からの修行を受けていた。
村で一番立派な、村長の邸宅。その庭先で、ローブをまとった男が、厳めしい表情でシガールと向き合っていた。
「シガール君、よくぞ厳しい修行に10年も耐えました。三日後はついに冒険者レギオンへの入隊試験ですね」
話を聞きながら、シガールは得意満面だった。
「では、私の元から卒業する君に、とっておきの秘術を授けましょう」
「秘術? マジですか!」
テンションを上げるシガールに、ローブの男は目元を引き締め、厳かな声で告げた。
「ええ、本来ならまだ早いのですが、君ほどの才があれば使いこなせるでしょう。魔法を使う時、ただ魔力を魔法に変換するのではなく、魔力を練り上げれば威力が上がるということは話したと思います」
「はい、三年前に先生から教わった秘儀です」
それまでの七年間、シガールは魔力を練らずにただ魔法に変換するだけの日々を送りながら、魔法の歴史、宗教学、神話学、魔法を使う心構え、魔法使いに相応しい品格と立ち居振る舞い、精神統一方法などを訓練し続けた。
「しかし、魔法を使う時、ただ練るだけでは不十分です。これは、魔法を扱う者の中でもごく一部の者しか知らないのですが……」
たっぷりと間を取り、シガールの期待を煽ってから、満を持して告げた。
「魔力は、圧縮して密度を高めたほうが、魔法の威力が上がるのです」
「そ、そうなんですか!?」
「はい。これを、我が流派では【禁断の豪圧】と呼んでいます。しかし、これは魔法初心者の手に余る禁忌。決して他人に教えてはいけませんよ」
「わかりました! この秘術、必ずやモノにしてみせます!」
シガールは両眼を輝かせながら口元を緩め、ガッツポーズを取った。
魔法の秘術を手にした高揚感に、すっかりと酔いしれていた。
もはや、彼の眼にはハイヒューマン、そして、エルダーヒューマンとなり、英雄として崇められる自分しか映っていなかった。
◆
「ようしイイ感じだよアルバ君。あー、あと魔力を練ったら圧縮して密度を高めて。そのほうが魔法の威力が上がるからね。これ、基本中の基本だから、忘れないように」
「はい!」
俺は、常人の半分しかない魔力を十分に練って、圧縮してから、水に変換して放った。
握り拳大の水弾は高速で木の幹に当たって、木の皮を削り取った。
「やった!」
確かな手ごたえに、俺はガッツポーズを取った。
「いいよいいよ。もう水魔法はばっちりだね。あとは同じように、土や岩、風を理解すれば、今日中に水、土、風の三属性は使えるようになるよ」
魔法を使いこなしていることが嬉しくて、俺はついテンションを上げながら、声を上げて頷いた。
「本当に凄いですよ師匠。二時間前までの自分が嘘みたいです! でも、どうして他の人はやらないんですか?」
「教えたけど信じて貰えなかったんだよ。確か、水遊びや泥遊びで魔法を覚えられるわけがないとか、バカにするな、とか言って」
いかにも頭の固い大人がいいそうな言葉に、俺はちょっとげんなりとした。
「今日はこのまま三属性の練習。明日と明後日は回復魔法を覚えてもらうよ」
「攻撃魔法を鍛え続けなくていいんですか? 試験は三日後ですよ?」
「素人相手なら土属性ひとつ使えれば十分だよ。回復魔法は、今後の修行に必要なんだ。というわけで、ブラックリストのシガールをブチのめす秘策を君に授けよう」
「ど、どんな秘策ですか!」
秘策、という単語に、ちょっとテンションを上げてしまう。
そんな俺に、師匠はコロコロと鈴を転がすように笑った。
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