第2話 美少女師匠に弟子入りします
びしぃっっと背筋を伸ばしながら、顔を横に振った。
「とも、友達じゃないです! ただ、道を横切っていたから危ないなぁって」
——イモムシと喋るヤバイ奴だと思われた。
初対面だけど、美人にそう思われるのが嫌で、必死に言い訳をした。
すると、彼女の瞳が、子供のように好奇心で光った。
「ふぅん、友達でもないのに、わざわざ助けてあげたのか……ふふ、君は優しい子だね。そういう子、ボクは好きだぜ」
意外にも茶目っ気にたっぷりに笑いながら、右手の人差し指と親指を立てて、俺に向けてくる。
あの手の形は、何を意味しているんだろう?
「君、ケガをしているね。ほい」
彼女が指を鳴らすと、ホタルのように優しい光が生まれ、俺の胸に留まった。
途端に、体の痛みが引いていく。
腕の土を払うと、一緒にカサブタが払い落ちて、無傷の肌が現れた。
驚きながら、思い出した。これは、生物の傷を癒す、回復魔法だ。
教会の神父様がシガールに使っているのを、見たことがある。
魔法を使える人材は貴重だ。
服装を考慮しても、俺とは違って、それなりの身分にある人なんだろう。
「ところで、さっきは随分としょげていたみたいだけど、何か嫌なことでもあったのかい?」
――見られていた!?
何故か、恥ずかしさが、カーッとこみあげてきた。顔が熱い。
でも、すぐ冷静になった。
——だから何だって言うんだ。俺の情けなさなんて、村中の人間が知っているじゃないか。今更、一人増えたからなんだっていうんだ。
元から守るプライドも名誉も無い自分を嗤いながら、体温と一緒にため息を漏らした。
「別に、ただ、いつものことですよ……」
俺は、自嘲気味にありのままの全てを話した。
毎日シガールたちにいじめられていること。
そのシガールは天才で村の期待の星であること。
それに引き換え自分は非才の凡人で、伯父さんにこき使われていること。
初対面の相手に何を言っているんだ、と思う反面、初対面だからこそ、こんなことを言うのだろう。
村の誰かなら、すぐ伯父さんやシガールの耳に入って仕返しをされる。
けど、村とは関係ない部外者だからこそ、気兼ねなく愚痴ることができる。
まるで、あの行商人のお爺さんのように。
「だから、俺が幸せになることは絶対無理なんですよ。だから、こんな人生がこのまま何十年も続くと思うと、そりゃしょげもしますって……」
そう言って俺が愚痴を締めくくると、軍服の女性は小さく唸った。
「おいおい、君は何を言っているんだい?」
右手の人差し指を、やわらかそうな下唇に当ててから、彼女は呆れたように言った。
「大事なのは才能でも身分でもない。そんなの、よくある誤解さ」
「じゃあ、何が大事なんですか?」
ここで【努力】とか【努力する才能】とか言ってきたら、俺はお腹の底から軽蔑する自信があった。それこそが、よくある誤解だ。
「ふふん」
ぴん、と指でくちびるをはじいてから、また、人差し指で俺を差して、彼女は笑った。
「いいかい少年。大事なのは運でも才能でも身分でもまして努力でもない」
——へ?
「大事なのは【師匠】の腕さ!」
白い歯を奥歯まで見せて、彼女はニカリと笑顔を作った。
その軽快な声音と表情に、俺は一瞬で毒気を抜かれてしまった。
彼女は、なおも朗々と舌を回した。
「だってそうだろ? 教え方が上手ければ才能なんて関係ない。やる気にさせるのが上手ければ努力は無限にできる。弟子の身分なんて師匠には関係ない。運は良き師匠と巡り合うのに必要なもので、やっぱり大事なのは師匠じゃないか」
彼女は一歩詰め寄ると、俺と視線を合わせるためだろう、前かがみになった。
「君に必要なのは、夢を追いかける【意思】ひとつだぜ」
また人差し指で、だけど今度は俺の胸板を強く、ツンと突っついて来た。
彼女に突かれた胸の中央から、甘い感触が広がっていく。
気がつけば、彼女の美貌は目と鼻の先にあるわけで、ほのかに優しい香りが漂ってきた。
ぽ~っと顔を熱くなりながら、心臓がバクバクと高鳴った。
――今更だけど、この人は誰なんだろう?
普通の兵士なら、日中から軽装鎧を身に着けているはずだ。
服装からして、国の高級軍人さんかな? こんなド田舎に、なんの用だろう?
「ところで確認なんだけど、君は英雄になりたいのかな? 強くなって、活躍して、みんなから認められたい?」
「そ、そんなの当然じゃないですか」
すると、女性はじっくり、ためつすがめつ、俺のことを眺めてから、満足げに頷いた。
「うん、決めたよ。君、ボクの弟子になりなよ」
びしっと腕を伸ばして、彼女の人差し指は俺の心臓を指していた。
「え?」
唐突な提案に、俺は頭が追いつかなくて、マヌケな声を出した。
「あの、弟子って、なんの?」
「戦闘のだよ。拳、剣、槍、魔法、全て教えてあげるよ。ボクにかかれば一朝一夕で英雄さ」
——英雄!? 俺が!?
一瞬、夢見た光景を想像するも、すぐに自分を叱咤した。
自分の出来損ないぶりは、自分が一番よく知っている。
「いや、でも俺、本当に全然才能なくて、普通の人の半分ぐらいしか魔力ないんです!」
余計な期待はするなと自分に言い聞かせるように、絶望しないための保険をかけるようにして、俺は言い訳を並べ立てた。
なのに、彼女はニンヤリと笑いながら、人差し指を左右に振った。
「おいおい、ボクの話を聞いていたのかい? 才能なんて関係ないさ」
言って、彼女は俺の手を握って、優しく微笑んだ。
「無力でいい。覚悟があれば、力はあとからいくらでもついてくるからね」
——温かい。
それは、長く忘れていた感覚だった。
よくも考えてみれば、誰かに手を握られた経験なんて、無かった。
両親が生きていた頃、なんとなく親に手を握られた気がする、程度だ。
それからは、ずっとシガールたちに打ちのめされて、伯父さんたち家族に怒鳴られ続けるだけだった。
「君の名前は?」
「ア、 アルバです」
「そうか、ならアルバ、君は英雄になりたいかい?」
「な、なりたいです……でも、俺じゃ……」
「なれるよ」
言い切られて、俺は否定的な言葉を飲んだ。
「ボクが鍛えれば、君はなれるよ。世界一の英雄にね」
「ッッ……」
無限の自信と慈愛で作られた無敵の笑みに、俺は一瞬で心を奪われた。
15年間の人生の中で、褒められたことなんてなかった。肯定されたことなんてなかった。
気が付けば、手が震えていた。
これは現実なのか、疑いたくなるような現状に、俺は猜疑心と多幸感がないまぜになって、自分でもどうしたらいいのかわからなくなった。
でも、俺は無意識のうちに頷いていた。
「お願いします! 俺を、弟子にしてください!」
「じゃあ、まずはシガールが受けるっていう三日後の試験に君も参加しないと。修行は今日、この瞬間からスタートだ」
「いや、でも俺、これから家に帰って農具の手入れをしないと」
「はは、のーぷろぶれむ♪ おりゃ」
彼女の白い手が俺の頭に触れると、地面から土山が盛り上がった。
土は人型に、そして、俺とそっくりの姿になって、服装まで同じになる。
「お、俺?」
「ボクの魔法で作ったガーゴイルだよ。ゴーレムと違って、外見も肌質も、人間のソレとおんなじさ。アルバ二号、君は家に帰って、いつも通り振舞うんだ」
「わかりました」
——喋った!?
驚き過ぎて、息を呑んでしまう。
もう一人の俺は、違和感のない声と仕草で、家のある方に歩き出した。
「あの、あれ、凄くないですか?」
「見た目ほど便利じゃないよ。外見と仕草は真似られても能力は真似られないし、寿命も短い。あくまでも木偶人形さ。さ、不安を抱えたままじゃ修行に身が入らないだろう。あとをついていくよ」
言って、彼女はガーゴイルのあとをついていく。
「待って下さい、あの、貴方の名前は?」
「ボクはアイビス。万年を生きる【アークヒューマン】さ」
俺は、本気で呼吸が止まった。
◆
夕日が沈む前に、俺と師匠は木の陰から、俺の分身を見守っていた。
俺の分身であるガーゴイルは、伯父さんの家のドアを叩いた。
すると、中から怖い顔をした伯父さんが出てきて、いきなりガーゴイルを殴りつけた。
自分が殴られたわけでもないのに、反射的に「痛ッ」と呟いてしまった。
いくら偽物でも、自分と同じ姿をした人が殴られるのは、辛かった。
「あれが、君の伯父さんかい?」
「は、はい……」
師匠は顔をしかめて、不機嫌そうに伯父さんの行動を監視していた。
「てめぇ、こんな時間までどこほっつき歩いていたんだ! さっさと農具の手入れと馬の世話をしやがれ! 誰に食わせて住まわせてもらっていると思っているんだ!」
「……すいません。でも、シガールに言われて」
「言い訳をするな!」
二発目の拳骨を顔面に受けて、ガーゴイルの俺は地面に倒れこんだ。
続けて、伯父さんはガーゴイルの俺の胸ぐらをつかむと、声にドスを効かせた。
「それでアルバ、テメェ、シガールの坊ちゃんにはちゃんと気に入られているんだろうな?」
「気に入られるって……いや、俺はただいじめられているだけだし」
「馬鹿野郎! シガールは将来、確実に英雄になってこの村に富と繁栄をもたらす未来の英雄だぞ! うちがそのおこぼれに預かれるかがテメェにかかっているのがわからねぇのか! 畜生、あの野郎、こんな愚鈍なクズを残して死にやがって! いいか、とにかくテメェは何がなんでもシガールに気に入られるんだ! 試験に合格して村を出るまであと何日もないんだぞ!」
がなりながら、ガーゴイルのお腹を蹴り飛ばして、伯父さんは家に戻った。
それから、ガーゴイルがうずくまっていると「いつまで痛がる演技してんだ! そうしていれば同情を引けると思ってんのか!」と怒鳴った。
いつものことだけど、もう、無茶苦茶だ。
ガーゴイルは、よろよろと歩きながら、物木小屋の方に向かっていく。
きっと、農具の手入れをするんだろう。
俺の気分は、泣きたいぐらい最悪だった。
客観的に見て、わかってしまう。
自分がどれだけ惨めな存在か。
あれなら、地面を這うイモムシの方がまだマシだ。
そう思うくらい、俺は情けない姿だった。
そんな姿を見せてしまったことが恥ずかしくて、俺は師匠の顔を盗み見た。
すると、師匠はびっくりするぐらい冷めきった顔をしていた。
最初に浮かべていた柔和さなんてどこにもない。まるで、真冬の吹雪を思わせるような寒烈さをまといながら、憎らしそうに呟いた。
「ブラックリストが厚くなる」
——師匠、それはなんのリストですか!?
という、俺の疑問は置いて、師匠はくるりと向き直った。
「さ、じゃあ今日から試験の日まで猛特訓だよ」
言うや否や、師匠の腕が、俺の肩を抱き寄せた。
身長差で、自然、師匠の大きな胸が、俺の首元に押し当てられる。
——デカイッ!?
胸が目立ちにくい黒の軍服姿で、しかも圧倒的な美貌にばかり目がいって気が付かなかったけど、師匠の胸は、すごい大きさだった。
軽く、メロンぐらいの大きさはありそうだ。
師匠の甘い匂いと、初めて味わう胸のやわらかさに、俺はもう全身を固くして緊張してしまう。
「ワープ」
緊張で目をつぶる俺の耳元で、師匠が呟いた。
「ほら、ついたよ」
「え?」
目を開けると、そこは家の近くじゃなかった。
うっそうと木々が生い茂ったそこは、木の種類から、たぶん、村はずれの森の中だ。
俺が疑問を呈する前に、師匠は笑顔を見せた。
「じゃあ、修行開始だ」
その笑顔に、俺は黙って頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます