美少女師匠のチート修行なら村人Aでも英雄ロード! 努力主人公でチート主人公!

鏡銀鉢

第1話 村人Aの少年は胸糞神童にざまぁしたい


「くたばれアルバ!」


 驚くほど直接的な殺意表明をされながら、俺の体には強烈な電流が流れた。


 全身に衝撃が走って、視界が回る。


 夕日に赤く染まる草原に倒れこみ、俺は痛みに呻いた。


 そんな俺を、村長の息子であり、子供たちのリーダー格であるシガールが、満足げに見下ろしてくる。


 シガールの取り巻きである村の少年たちは、楽しそうに盛り上がった。


「さっすがシガール、雷魔術まで使えるなんてマジ天才だぜ!」

「剣の腕も村一番だし、ほんと、神童だよな!」

「なぁなぁ、Sランク冒険者になったら、俺も王都に連れて行ってくれよ」

「俺も俺も。Sランク冒険者になったらお屋敷に住めるんだろ? 家来は必要だろ?」


 興奮する取り巻きたちに、シガールは茶髪をかきあげながら、偉そうに鼻を鳴らした。


「おいおい気が早いぜお前ら。まだオレは冒険者にすらなっていないんだぜ? まずは、三日後の試験に合格しないと」

「あー、確か王都からSランク冒険者レギオンの人が来てくれるんだっけ?」

「そんなこと言って、受かるに決まってんだろ。15でこれだけ魔法を使える奴がいるかよ。村どころか、王都でも一番だって!」

「な、なぁ、シガールが偉人伝になったら、オレらのことも本に載るのかな?」

「載るわけねぇだろばーか。でもシガール、英雄になったからって俺らの関係は変わらないよな?」

「当たり前だろ? 心配しなくても、俺がSランクになったらお前ら全員王都に呼んでやるよ」

「ヒュー、さっすがシガール!」


 得意満面のシガールに、取り巻き立ちは一掃湧き立った。


 それに比例して、俺の心の中には苛立ちと、忸怩たる思いがマグマのように沸き立っていく。


 ――何が流石だ。無抵抗の俺に一方的に攻撃魔法を浴びせているだけじゃないか。俺なんか、ゴブリン以下だぞ! バーカバーカ!


 自分で言っていて恥ずかしくなるような抗議を心の中で叫びながら、俺は草原に横たわり、気絶したフリをした。


 こうしていれば、これ以上攻撃魔法を浴びずに済む。



 【魔法】とは、人間の魂から生まれる霊的エネルギー、【魔力】を消費して起こす超自然現象のことだ。

 攻撃魔法、回復魔法、防御魔法、など、用途によって呼び方があり、さらにその中の詳しい分類を【魔術】と呼ぶ。

 たとえば、【攻撃魔法】の中の【火炎魔術】、といった具合だ。

 攻撃魔法は、一流の戦士の証で、名のある戦士は全員、攻撃魔法を使える。



 それを、わずか15歳という若さで使えるのだから、確かに、シガールは天才かもしれない。


 村中の誰もがシガールに期待して、もてはやして、未来の英雄、村の誇りだと讃え、娘のいる親がこぞって自分の娘を嫁入りさせようとする。


 一方で、シガールは暴力的で強引に肉体関係を迫る一面があるので、村の女の子たちはシガールのことが苦手らしい。


 そのせいで、シガールはまだ童貞らしい。この前、愚痴っているのを聞いた。


「なぁなぁ、魔法ってどうやったら使えるんだよ?」

「一言じゃあ説明できないな。なにせ、魔法の道は深淵だからな。まっ、師匠の言葉を借りるなら、神の息吹を捉えて宇宙と一つになって魔力を感じることだな」


 自称深淵な言葉に、取り巻き立ちは「おぉ」と感嘆の声を漏らした。


 悔しいけど、俺も、ちょっと凄いと思ってしまう。宇宙と一つにとか、やばすぎるだろ。


「さぁて、じゃあ次はオレの必殺、インフェルノバーニングブラスト零式を見せてやろうかな」


 ——名前長ッ!?


「ん? ちっ、こいつ気絶してやがる。せっかくこのオレがわざわざ自分の時間を削って栄えある練習台にしてやっているのに、最低だな」


 ——お前頭大丈夫か?


「おっと、こんなド低能にかまっている場合じゃねぇや。そろそろ師匠が来る時間だ」

「シガールの師匠って、王都でも名の知れた一流の魔法剣士でハイヒューマなんだろ?」

「そんな人から教えてもらえるなんて、やっぱりシガールはちげぇよ」


 みんな、必死になってシガールに媚びを売り続ける。


 自分はナニモノでもないくせに、他人に寄生することで自分もナニモノかになった気になる、クズの典型だ。


 そして、そんなクズたちに持ち上げられて、お山の大将を気取っているシガールは、まさにクズの親玉だ。


 と、心の中で、連中に最低評価をつけてやる。あくまでも、心の中で。


「ふふん、まぁな。村長やっている親父が、王都にちょっとコネがあってさ」

「コネがあるからって、ハイヒューマンが師匠の奴なんてそういねぇよ」

「さっすが未来のハイヒューマン、いや、エルダーヒューマン」

「おいおい、持ち上げ過ぎだぞお前ら。ま、俺なら不可能じゃないけどな」



 ハイヒューマンとは、人の枠を超えた超人のことだ。


 魔力を鍛え続けて、一定の水準を超えると、人はハイヒューマンに進化する。


 そして、寿命が伸びたり、格段に魔力が強くなったりするらしい。


 英雄と呼ばれる人たちの多くはハイヒューマンで、歴史上にはさらに上のエルダーヒューマンに到達した人もいる。


 さらに、神話に登場する原初の勇者、【創世主】に至っては、さらに上のアークヒューマンだったと言われている。



「だいたい、オレは五歳の頃から剣と魔法の英才教育を受けてるんだ。強くて当然だろ? つっても、誰でもオレぐらい強くなれるわけじゃないんだけどな。たとえば、そこに転がっているアルバとか」


 シガールの嫌味な言葉で、爆笑が起こった。


 そのまま、シガールたちは村に帰って行ったらしい。


 気絶したフリで目を閉じている俺の耳から、笑い声が遠ざかっていく。


 ——マジかよ。あいつら、電撃魔術を受けて気絶した俺を放置していきやがった。いや、気絶はしていないんだけどさ。



 完全に笑い声が消えて、さらにしばらくしてから、ゆっくりと目を開けた。


 村はずれの草原には、本当に誰もいなかった。


 俺を除けば、完膚なきまでの無人だ。


 俺の未来を暗示するように沈みゆく夕日を眺めていると、強い風が草と一緒に俺を薙いできた。


 その風は四月のソレにしては冷たく、まるで、さっさと帰れと世界そのものから煙たがられているような虚しさを感じた。


 シガールのように村中から特別扱いをされる奴がいれば、俺みたいな奴もいる。


 同じ村に生まれた人間で、どうしてこうも差がつくんだろう。


 前に、行商人のお爺さんが虚ろな瞳で言っていた。

 


『努力は関係ない。この世は結局、出自と才能が全てだ。頑張れば幸せになれるなんて絶対に思うな』



 大商家に生まれて親の商会を引き継いだだけのお坊ちゃま商人。


 生まれは貧しくても商才に溢れ、二十代の若さで王都の表通りに店を構えた天才商人。


 一方で、そのお爺さんは幼い頃から商人に弟子入りして、死に物狂いで働いて商売の勉強をして、20代で行商人として独り立ちして40年……未だに町から町へ渡り歩く行商人から抜け出せずにいる。


 お爺さんが徹底した市場調査の末に売れると見込んで仕入れた商品はさっぱり売れず、断った儲け話は次々成功している。


 結局、そのお爺さんには決定的なまでに商才が欠けていたのだ。


 神様は彼に、商人として人と物を繋げ物流の一翼を担いたい、という夢だけ与えて、夢を叶える才能は与えなかった。


 最初から幸せになれないことが確約された人間。


 自分に才能がないことも知らず、努力した50年。


 行商人のお爺さんや、そして俺みたいな人間は、どうすればいいって言うんだ。


「かえろう……」


 誰にともなく呟いて、俺は地面に手を着いた。



    ◆



 夕日が沈む前に帰らないと、伯父さんに怒られる。


 それがわかっていても、俺の足は重く、急ぐ気にはなれなかった。


 行商人のお爺さんは……俺自身だ。


 この世界の男の子は、みんな冒険者に憧れる。


 俺もその例に漏れず、冒険者に憧れている。


 冒険者とは、報酬次第でどんな危険な仕事もする傭兵の一種だ。


 凶悪犯罪者やモンスター相手に命を顧みず戦う彼らは羨望の的だ。


 超一流の冒険者ともなれば、貴族や王族とも対等に話せて、国賓待遇を受けられる。


 実力さえあれば、平民でもなり上がれる夢のような話に、文字通り男の子は夢を見る。


 でも、俺にはその実力がない。


 魔法の練習をしなくても、才能の有無は調べられる。


 村には、魔力の量を測れる水晶がある。


 生まれつき魔力の多い人は、魔法の才能があると言われている。


 あとは、いわずもがなだ。


 シガールは、生まれつき常人10人分の魔力を持っていた。


 一方で、俺は常人の10分の1の魔力しか持っていなかった。


 剣も、シガールは普通なら一年かかる水準に、半年で達してしまった。


 一方で、俺は剣を教わる環境なんてないけれど、運動関連はからっきしで体力も腕力もなくて、日々の農作業にもヒィヒィ言っている。


 剣を握らせればどうなるかなんて、やらなくてもわかる。


 しかも、才能だけじゃない。出自も最低だ。


 幼い頃に両親は死んで、俺を引き取った伯父さんは俺を奴隷のようにこき使ってくる。


 シガールが五歳の頃から剣と魔法の英才教育を受けたなら、俺は五歳の頃から畑仕事をさせられてきた。


 俺はこのまま、伯父さん一家の実質農奴として死ぬまで働く人生が決まっている。


 ただ辛くて苦しいだけの人生が、この先50年も待っていると思うと、頭が重い、どころの話じゃない。


 全身が、そして魂が、地面の底に引っ張られているのがわかるような失望感が、俺という存在にまとわりついていた。


「ん?」


 麦畑に挟まれた畦道に視線を落とすと、一匹のイモムシが、道の真ん中を横切るところだった。


 最初は何も感じなかったけれど、俺は地面を這いずる小さな虫を、じっくりとっくり眺めていた。


 決して、共感したわけではない。むしろ、逆だ。


「お前はいいな。大人になったら蝶々になって空を飛んで、花の甘い蜜を吸って、それこそ蝶よ花よと愛でられながら生きるんだ」


 虫を羨む惨めなため息を漏らした。


 すると、イモムシの動きの緩慢さに、嫌な想像が膨らんだ。


 ——だけど、もしもここで誰かに踏み潰されたら、ただ地面を這うだけの一生で終わっちゃうんだよなぁ。


 いつか蝶々になれると信じて頑張って地面を這いずって、ある日、理不尽に踏み潰される。


 それは、あまりにも可哀そうだ。


「こんなところにいたら危ないぞ」


 イモムシに話しかけながら、やさしくつまみあげた。


 自分の身に何が起こったのかわからず、イモムシはでっぷりと太った体をモチモチと動かす。その姿が、ちょっと可愛いかった。


 不安にさせるのは可哀そうなので、すぐ、手の平に乗せてやる。


 すると、イモムシは落ち着きを取り戻して、むしろ喜んでいるように見える。


 いつもよりも高い視点に、一足早く蝶々気分を味わっているのかもしれない。


「この種類のイモムシのエサって、あれだよな?」


 近くの木の根元まで運んでやると、イモムシは木の幹を登り始めた。


「よしよし、お前は元気な蝶々になるんだぞ」


 頼まれてもいないのに、勝手に助けて自己満足に浸っていると、背後から足音が聞こえた。


「それは、君のお友達かな?」


 どこの誰かは知らないが、イモムシに話しかけている恥ずかしい場面を見られたことに慌て、急いで振り返った。


 そして、俺は弁明の言葉を失った。


 そこに立っていたのは、世界の時間が止まって見えるような美人だった。


 年は十代後半だろうか。背も高く、15歳の俺よりも、いくつか年上に見える。


 太陽から紡ぎだしたような金色の髪は腰まで伸びて、風に優しく揺れている。


 その髪と同じ色のまつ毛に縁どられた青い瞳は、深い慈愛に満ちていて、自分の中で緊張が溶けていくのがわかる。


 けれど、柔和な顔立ちに反して、服装は厳めしかった。


 スカートはまだ良いとして、あとは絵本で見た高級軍人を思わせる軍靴にミリタリージャケット姿だ。


 軍服姿でなければ女神や精霊と見間違ってしまいそうな美貌を緩めて、彼女は明るい声で、再び尋ねた。


「そのイモムシは、君のお友達かな? ん?」

「あ、い、いえ!」


 びしぃっっと背筋を伸ばしながら、顔を横に振った。


「とも、友達じゃないです! ただ、道を横切っていたから危ないなぁって」


 ——イモムシと喋るヤバイ奴だと思われた。


 初対面だけど、美人にそう思われるのが嫌で、必死に言い訳をした。


 すると、彼女の瞳が、子供のように好奇心で光った。


「ふぅん、友達でもないのに、わざわざ助けてあげたのか……ふふ、君は優しい子だね。そういう子、ボクは好きだぜ」


 意外にも茶目っ気にたっぷりに笑いながら、右手の人差し指と親指を立てて、俺に向けてくる。


 あの手の形は、何を意味しているんだろう?


「君、ケガをしているね。ほい」


 彼女が指を鳴らすと、ホタルのように優しい光が生まれ、俺の胸に留まった。


 途端に、体の痛みが引いていく。

 腕の土を払うと、一緒にカサブタが払い落ちて、無傷の肌が現れた。


 驚きながら、思い出した。これは、生物の傷を癒す、回復魔法だ。


 教会の神父様がシガールに使っているのを、見たことがある。


 魔法を使える人材は貴重だ。


 服装を考慮しても、俺とは違って、それなりの身分にある人なんだろう。


「ところで、さっきは随分としょげていたみたいだけど、何か嫌なことでもあったのかい?」


 ――見られていた!?


 何故か、恥ずかしさが、カーッとこみあげてきた。顔が熱い。


 でも、すぐ冷静になった。


 ——だから何だって言うんだ。俺の情けなさなんて、村中の人間が知っているじゃないか。今更、一人増えたからなんだっていうんだ。


 元から守るプライドも名誉も無い自分を嗤いながら、体温と一緒にため息を漏らした。


「別に、ただ、いつものことですよ……」


 俺は、自嘲気味にありままの全てを話した。


 毎日シガールたちにいじめられていること。


 そのシガールは天才で村の期待の星であること。


 それに引き換え自分は非才の凡人で、伯父さんにこき使われていること。


 初対面の相手に何を言っているんだ、と思う反面、初対面だからこそ、こんなことを言うのだろう。


 村の誰かなら、すぐ伯父さんやシガールの耳に入って仕返しをされる。


 けど、村とは関係ない部外者だからこそ、気兼ねなく愚痴ることができる。


 まるで、あの行商人のお爺さんのように。


「だから、俺が幸せになることは絶対無理なんですよ。だから、こんな人生がこの何十年も続くと思うと、そりゃしょげもしますって……」


 そう言って俺が愚痴を締めくくると、軍服の女性は小さく唸った。


「おいおい、君は何を言っているんだい?」


 右手の人差し指を、やわらかそうな下唇に当ててから、彼女は呆れたように言った。


「大事なのは才能でも身分でもない。そんなの、よくある誤解さ」

「じゃあ、何が大事なんですか?」


 ここで【努力】とか【努力する才能】とか言ってきたら、俺はお腹の底から軽蔑する自信があった。それこそが、よくある誤

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