優しい嘘
四乃宮そま
第1話
嘘―うそ―
事実ではないこと。人間をだますために言う、事実とは異なる言葉。偽りとも。
嘘をつくことは悪いことだろう。よく嘘つきは泥棒の始まりだとか言うくらいだ。ただ、嘘も方便と言う言葉もあるから一概には言えないのだろう。良くも悪くも言えることは、嘘つかれた人間は真実を知ることができないという点だ。人はあらゆる場面で嘘をつく。その度に自分を正当化し、棚に上げてきた。しかし、取り返しがつかない時もある。
今日から高校一年の二学期が始まる。俺はこういう時は早く登校している。友達と夏の思い出に浸りたったりと言うより誰もいない教室というのも特別感があって好きだからだ。校門付近にも生徒はいないが一か月ぶりの景色でようやく学校が始まるという気分だ。すぐに靴を履き替え教室へ向かう。
「げ、誰かいるじゃん」
どうやら俺は一番ではなかったらしい。登校していたのは沢村という女の子、何度か話したことはあるがそれほど仲は良くない。
「おはよう。登校早いんだな」
「おはよう。わたしは、こうして本を読む時間が好きなの」
彼女が読んでいたのは、難しそうな本だった。俺も本は読むが大抵は漫画だし俺とは合わないのかもな。
それ以上の会話もなく一日が終わった。
一通のメールが来ていた。母親からだ。
「お母さん、もう長くないらしいのよ。今日お見舞いに行ってあげなー。」
俺は昔からおばあちゃんに優しくされたから人一倍思いが強かった。予定を変え直ぐに病院へ向かう。
「あら、よく来たね。また背伸びたんじゃない?
「そんなわけないじゃんもう成長止まってるって」
そんな他愛のない会話をする。
すると突然ばあちゃんが切りだす
「ごめんねー、結婚式まで見届けてやれねーで」
俺は泣くのを堪えた。ばあちゃんは俺より辛いだろうから……
「気にすんなよー。てか、ばあちゃんはもう充分生きたて」
俺はなんて笑って過ごす
ばあちゃんはそうして欲しい人だ。冗談でも心配されたくないような人。俺は嘘をついてしまった。まだ一緒にいたい。
でもその言葉をそっと押し殺した。
次の日も早く登校した。
昨日と同じように沢村がいた。
その時ひとつの考えが過ぎった。
「なぁ、沢村ひとつお願いできないか?」
「別に構わないけど、何かしら?」
「俺のばあちゃんさ、長くなくてさ結婚式見せることが出来なくてよ。だからせめて恋人人だけでも見せてやりたいんだ。」
沢村は何か言いたそうだったが、すぐに表情を無に帰した。
「恋人役をすればいいのね、分かったわ。」
「お、そうそうよく分かったな!ありがとう。恩に着るよ。」
そして数日後、俺たちはばあちゃんの病室へ向かう。
ばあちゃんはとても驚いていた。
「いつもお世話になってますー、沢村と言います」
「まさかあんたにこげな可愛い彼女がおったとはねー」
「えへへ、、言おうと思ったけどほらサプライズって言うやつ」
「さぁさぁ、三人で写真撮ろうかー」
ばあちゃんは俺が産まれてからよく写真を撮るようになったという。俺の事を見届けられないことを感じてせめて写真として思い出が残せるようにと……
写真の中のばあちゃんは満面の笑みを浮かべていた。とても嬉しそうだった。
数日後、ばあちゃんが亡くなった。お葬式には沢村も来た。
「悪いな付き合わせちまって」
「いえ、ここまでがあなたのおねがいでしょ。それに人のためになることは自分のためにもなると思っているから」
「俺さ、なんかあの写真見返すとさ、申し訳ないというか後悔しちまうんだよな。ばあちゃんには結局恋人なんてもんは見せられてねーからよ」
「そうね、あなたは嘘をついたものね」
紛れも無い事実だが心に刺さった。
「でも、おばあさんは幸せそうだったし。あなたの思いが間違っていないと思ったからわたしは協力したわ。」
間違っていない、か。もちろん正しくもないだろう。
本当の言葉、今の自分で最期まで接してあげるべきだったのか。俺がしたことが最適解なのかは分からない。ひとつ確かなことはもうどうしようもないということだ。相手を傷つけまいとした思いがあったとして、傷つけずに済んだとしても、嘘をついたということだけが歯痒く、今も忘れられない……
優しい嘘 四乃宮そま @soma0529
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