テンシの居ないセカイ Ⅰ

薄紅に染まり、織り重なる糸 Ⅰ

「レオじいさん、今日はゼロです」

「ほお、めずらしいこともあるのう。坊主ぼうず、朝からお疲れさん」


 この日、健太はシバの郊外にある「ターミナル」へ足を運んでいた。

 ここへ流れ着いた人を街へ案内する「墓守はかもり」の仕事を特命で引き受けたからだった。

 それは普段であれば、健太が死の生の狭間はざまにあるこの世界へ流れ着いた時のように、白い髪に赤い眼を持つ美しい少女テンシの役目であった。

 だが今回、そのテンシから彼に代理でやってもらうよう特命の依頼があったのだ。

 その理由は単純明快。


「今日で三日目かあ……」


 テンシは月に五日ほど、街から姿を消す。

 その理由は謎に満ちていて、昔の彼女を知る街の人々は皆、元々パーティーで活動していたこともあり、定期的に世界中を飛び回っているのだと思っていたようだ。

 だが、パーティーのリーダーであるクロトがこの世界からって以降、テンシの行動範囲はほぼシバ近辺のみとなっており、旅に出る素振そぶりもなかった。

 それでも、変わらず定期的に姿を消すのが続いている。

 つまり、そこには別の理由がある、ということなのだ。

 ちなみに、健太が本人にそれとなく聞いてみたところ、


「女の子は秘密があるから可愛いんですよ?」


 と、どこかで聞いたようなセリフをドヤ顔でつぶやいた後、別の話題を振られ、分かりやすくけむに巻かれてしまった。

 何か、深い事情があるのかもしれない。

 一緒に居ることが多く、過去大きな出来事を共に乗り越えたこともあり、随分ずいぶんと長い付き合いのように感じてしまうが、テンシと出会ってからまだ一か月もっていない。

 まだまだプライベートに足を突っ込めるような間柄あいだがらでは無いのは当たり前だ。

 もう少し時間を重ねて、いつかのタイミングで話してくれることがあれば。

 と、健太はそんな想いを頭にめぐらせていると、ターミナルの管理者で先輩せんぱい墓守でもあるレオ爺がさて、と口を開く。


「では、中央官庁に行って報告しといておくれ」

「あれ。今日は空振からぶりですし、トークとかで報告すればいいんじゃ」


 トークとは、この世界で利用出来る通話のシステムだ。

 

「一応ルールがあってのう。口頭でアミじょうに報告し、依頼達成という仕組みなんじゃ」

「なるほど……」


 健太達が住んでいるシバという街は、この世界有数の中心都市ということもあり、システムや建築物などは、日々改良や進化している。

 一方、人が普段行う仕事については、古めかしい規則をそのまま遵守じゅんしゅすることが妙に多い。

 その理由は不明だが、この世界に居られる期間が平均二年ということもあり、一定のスパンで人が入れ替わるので、大幅な変更をしてしまうと、うまく引継ぎ出来ず機能不全におちいる可能性があるから、だろうか。

 効率性というものは、人の営みが長い間積み重なることによって得られる、一つの成果なのかもしれない。


 そんなわけで、ところどころに白い雲がうっすらとかかる青空の下、健太はターミナルからシバの中心にある中央官庁へと歩いて移動し、事務員のアミへ今日の報告を行った。


「ということで、今日はゼロでした」

「承知しました。健太さん、お疲れ様でした」

「お、健太君、お疲れ様。今日は誰も来なかったんだって?」


 受付カウンターの裏から出てきたのは、薄紅うすくれない色の髪とあおひとみがトレードマークの端正たんせいな顔立ちをした少女、ミオリだった。

 この世界に流れ着いた者の健康診断やコンディションの管理、ケアなどを行う彼女は、いつも通り普段着の上に膝下ひざしたまである白衣をコートのように着こなして、健太に軽く手をげて挨拶あいさつをする。


「ミオリさん、おはようございます。そうなんです、初ゼロでした」

「珍しいわねー、起きてこなくて結果ゼロはあるけど、完全に誰も来なかったとなると、……ま、ただの偶然ね」


 一瞬だけ思索しさくに入るが、すぐに切り上げる。

 どうやらめんどくさいことは考えたくないようだった。

 と、健太は今日になってようやく、ミオリのとある違和感に気づいた。


「そういえばミオリさん、シロマルさんは……」


 普段であれば必ず近くにいるはずの白い翼猫つばさねこが、今日は気配すら見せない。

 思い出してみると、初日も姿を見せなかった。

 一、二度であればたまたまということもあり得たが、二人(正確には一人と一匹)一組というのが自然過ぎるだけに、三度目ともなると妙に気になってくる。

 ミオリはあー、と頭をきながら、


「シロマルはテンシが借りちゃってるからね」


 と答えた。


「ということは、どこか遠出でもしてたりするんでしょうか」

「ん。まー、そんなとこね」


 シロマルは普段一般的な猫とさほど変わらないサイズをしているが、必要に応じてその身体を巨大化させ、その翼で空を自由にけ回ることが出来る。

 つい先日も、その背に乗り、はるか彼方かなたの地までり出したのだった。


「……なーに? テンシが居ないから、もしかして寂しいの?」

「う。いやー、それはその、何というか」


 ミオリは急に顔を近づけ、からかうような表情で健太をじっと見る。

 吐息がかかるくらいに至近距離で可愛い少女から見つめられ、十七歳の少年は途端とたんに心臓が跳ね上がる。

 そんな健太の気持ちを全くに介さないミオリは一歩離れると、ふと思いついたように一つの提案をもちかける。


「そうだ、健太君。この後付き合ってくれない?」

「へ?」

「あたし、今日はこれでお仕事終わりだし。何か別に依頼受けてたらアレだけど」

「いえ、スケジュールは真っ白ですけど……」

「じゃあ、決まり。せっかくあたしもオフになったんだし、テンシの居ない寂しさをこのミオリさんが埋めて差し上げましょう。……ね?」


 完全に乗り気なミオリの表情に押され、首を縦に振ると、


「よし。それじゃ支度したくするから。十五分後に中央官庁の入り口前に集合ね」


 と言うやいなや白衣をはためかせ颯爽さっそうと奥へ消えていくその背中はどこか嬉しそうで、鼻歌まで歌い出しそうな雰囲気がある。

 そんな姿を健太は呆気あっけにとられたように見つめ、アミはにこやかに見守っていた。


     *


「ぜえ……、ぜえ……」

 

 シバ北東、高級店街エリア。

 荒い息をつきながら、健太はミオリの後ろ姿に必死に食らいついていく。

 その両手には、衣服や雑貨、日用品に穀物などの食料品で、これでもかと言わんばかりにふくらんだ袋をげ、地面につけないように支える姿はもはや、やじろべえのような体で、傍目はためから見ても悲惨ひさんな状況であった。


「あ、そういえばあの雑貨屋もうオープンしてたんだっけ。健太君、早く来て、こっちよ」

「あい……」


 そう、女が男を連れて二人で出かける、といえば、それが意図するところは一つ。

 すなわち、荷物持ち、である。

 この世界の通貨やエネルギーにも転用出来る「基礎護符BT」を用いた身体強化のテクニックは、健太にもある程度は使いこなせるようになっていた。

 が、しかし、ここに来て、まだ一か月足らずのルーキーである。

 しかも、今回はその効果を常に持続しなければならないということで、それなりに難しいミッションとなっていた。

 だが、買い物に夢中になったミオリは、先へ先へと進んでいく。

 時折振り向く姿は、晴れやかな表情で目の奥をきらきらと輝かせている。そんな彼女の姿にきつけられるように、苦笑いを浮かべた健太は進んで振り回されていく。



「ご利用ありがとうございましたー! それでは、荷物をご指定の場所にお運びしておきますね!」


 シバには配送センターが各エリアに設置されており、そこで購入した荷物をようやくおろすこととなった。


「ふいー……」

「健太君。お疲れ様、ありがとね」


 そう言ってミオリににっこりと微笑ほほえまれてしまうと、健太は不思議と今までの苦行くぎょううそのように消えていく。

 普段、少しムッとした顔か、含みのある表情しか見せない彼女のこういった純粋な笑顔というのは、なかなか魅力的で不思議な力を感じる。


「じゃあ、ちょうど正午になったし、そこらへんでご飯買って、お昼にしましょうか」

「あれ、店内で食べないんですか?」

「あたしってば、いつも外で買ってきてラボで食べるとかばかりだからね。テンシみたいにいいお店を知らないの。でも、テイクアウトならいいとこ知ってるから、ね」


 そう言ってミオリは、健太を先導するようにゆったりと歩いていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る