七つの色に願いを込めて 後編

 健太を地面に降ろしたテンシは、サエの隣に立つと腕を組み、胸を張る。

 そして、いつものように自信ありげな表情を浮かべつつ、口を開く。


「登場が遅くなりました! 特命コーチということで今回色護符チュートリアルを担当させて頂くテンシです! ヨロシク!」

「……助っ人ってテンシさんのことだったんですね」

「ああ、彼女なら安心だろう? 君もよく知っている人物だし」

「ふっふっふ。この私に任せておけば大抵のことはうまく行くのです。健太さんも巨大豪華客船に乗った気持ちでどーん、と氷山のように構えていて下さいね!」

「や、それ沈むフラグだから……」


 ふふふん、と鼻を鳴らしご機嫌なテンシを、健太はまじまじと見る。

 今日のいで立ちは、普段よく見かけるパーカーやニット系の姿ではなく、健太と同じ、いわゆる体操服姿であった。

 ハチマキやランニングシューズを装着し、準備万端といった具合だ。

 特に、ハチマキの赤とさらさらと流れる白髪が完全にマッチしており、いつもとは少し違った形で可愛さを引き立たせている。

 だが、健太はその服装に違和感を覚える。


「テンシさん、その、どうして短パンとか履かないので……?」

「え、もしかして健太さん、ブルマをご存じでない?」

「ご存じでないです」

「えー、嘘だあ、ブルマですよブルマ。サエせんせーは分かりますよね?」

「せんせーはよせ。……ああ、といっても私の頃でも現役ではなかったが」

「……私も生きてた頃は履いたことナイデスヨ?」


 ただ、まあほら、一度は着てみたかったというか、ちょっと夢だったというか。

 テンシはそう呟きながら、目を空の遥か彼方へと泳がせていく。


「うーん、健太さんの時代になるともう、ブルマという言葉すら無くなっちゃうわけですねー。体育の時、女子の恰好かっこうってどんな感じでした?」

「今の僕と同じ、短パンだったよ」

「……よく考えたらそれが健全ですよね」


 うんうん、と妙に納得した顔でうなずくテンシを見ながら、健太は何となく小さな声で尋ねる。


「見られて恥ずかしくとかない? ほら、嫌だったら着替えても……」

「えー、健太さんになら別に問題ないですよ! だってほら、私達、ダチ公だし」

「あーうん、そう、そうだよね、あはは」


 湿度の違う二つの笑い声がグラウンドに響く中、サエは小さくひとりごちる。

 がんばれ、男子、と。


     *


「さて、アオハルはそれくらいにして、カリキュラムを進めようか」

「そうですね。……とりあえず色護符から出力して形にするところまでは出来ている感じですね」

「ああ、健太君はまるで漫画でも見るように、盛大に空に舞ったが」

「死ぬかと思いましたよ」

「落ち着け。既に死んでいるぞ」

「知ってますよ、比喩ひゆです比喩」


 この世界ではこの手のジョークはお約束だったりする。

 既に死んでいるので、ここで命を落とすのは「死に終わり」と呼ばれている。


「では、少しお得情報を加えつつ進めましょうか。まず、色護符ですが、通称CTシーティーって呼ばれてます」

「またもやTシリーズなんだね……」


 既にATエーティーBTビーティーと来て、今度はCTシーティーだ。

 この世界の創造主(もし居るのならだが)は、どうやら略称がお好きなようだった。


「CTは魔法的な効果と共に、魔物相手の戦闘において非常に重要な要素となります」

「魔物? 瘴気しょうきじゃなくて?」

「魔物の方なんですよね。健太さんも漁村でお手伝いしたタコさんがそうでした」

「ああー、あれか」

「ただ、あのタコさん達は半分魔物、半分瘴気みたいな感じで押し出すだけでよかったんですが、完全に結合した場合、どのような変化が起きるというと……」


 テンシは一つの画面を開き、二人に見せる。

 大小の木々が生い茂る深い森の中に、赤や青、緑といった色とりどりの、全長50センチはありそうな巨大なはちが鈍い羽音を立てながら低速で移動する姿が動画で表示される。


「こんな感じで、カラフルな色がはっきりとついた姿になります」

「なるほど……、ちなみにこの蜂って」


 健太はなぜか嫌な汗が染み出してきた。


「あ、もしかして思い出しました?! そう、これはターミナルの裏にある森なんですよ! 一帯でもここだけ妙に強い魔物が密集していて、よほど腕が立つ人以外は立ち入ってはいけないのです」


 テンシが言い終わったそのタイミングで、真っ赤な蜂がこちらを向き、その爛々らんらんと光る赤い複眼でにらみつけてくる。


「ひい!? ごめんなさいごめんなさい」


 委縮する健太を尻目に、テンシは、というわけで、と飄々ひょうひょうとした顔で話を進める。


「魔物になると色がつく。そして、ここからが重要なのですが、色がつくと基本的にはその色でしか攻撃が通らない、ということです」

「つまり、赤い蜂には赤い色護符を使って戦うってこと?」

「その通りです! 同じ色は『相殺』されるわけですね。ここは一度実践してみましょうか、サエさん、お好きな色で適当に球を二つ作って浮かべてください」

「ああ、……こうか?」


 サエは水色の球体を二つ作り出し、前方の空中に浮かべる。

 それに合わせテンシもくるりと手を返し同じサイズの球を一つ作り出すと、軽く投げてサエの球にぶつける。

 すると、両者は軽く音を立て消失する。


「と、こんな感じです。ただ、これだと命中精度などの関係もあるので……、サエさん、ちょっとお借りしますね」


 そういうや否や、サエがグラウンドに置いていた竹刀を拾い、出現させた水色の護符をもやにして軽くまとわせると、その刀身は水色に淡く輝き始める。

 それをもう一つの球に振り下ろすと、球は音を立て消失し、刀身の水色も弱まる。


「と、このように、武器に色を付与させることで、普段と同じ戦い方が出来るのです!」

「おおー……」


 思わず拍手をする健太に、テンシはえへへ、と相好を崩す。


「あとは、ちょっと訓練は必要ですが、色護符は『混合』も出来ます。例えば、赤と青をこうして混ぜ合わせると……ピンクを生み出すことが出来ます」

「確か、光の三原色だったな」


 サエの言葉にテンシは軽く肯く。


「その通りです! なので、ここに緑を混ぜると……白が完成するわけです。で、先程同じ色でしか攻撃が通らないとお伝えしたのですが、白だけは例外で、全ての色にダメージが通るのです」

「なるほど、だからテンシさん白をよく使うんだね」

「です、楽なので」


 戦闘に同行した時は必ず、白の光を撃ち放っていた。

 そういう魔法的なものだと思っていたのだが、そういう理由だったのか。


「あと、色の効果として、相殺の効果と共に、単純に着色としても使えるので、髪色や、装備の色を変えたりも出来るのです」

「私のこの濃紺も、ヘアサロンで仕立ててもらったんだが、なるほどアレは護符で行っていたのか」

「まさにそれですね。やっぱりお約束なのか、髪色変える方は結構多いと思います。……ちなみの健太さん、私のこれは地毛ですよ?」


 ちょうど訊いてみようと口を開いた瞬間に、テンシはにっこりと笑って先手を打つ。健太の思っていることは何もかもお見通しのようだった。


「というわけで、魔物とのバトルは、街の近くで過ごす限り滅多に経験することはないのですが、健太さんはこれから私と大冒険をする予定ですし、せっかくなので学んで頂きました」

「いつの間にそんな予定に?!」


 健太は驚きつつも、内心嬉しさと興奮が隠しきれずにいた。

 テンシと共に、この世界を余すところなく楽しみたい。

 出来ることならば、いつまでも。

 そう、願い続けているからだ。


     *


 そこからは割と地味な時間の連続であった。

 結局はイメージと集中力を高め、一方で肩の力は抜くような、適度なバランスを取りながら何度も練習を重ねていく。

 健太の力では一種類の護符を形にするのが精いっぱいで、先程の混合、というのは極めて難しい技術であることが判明した。

 それをさも当然のように行うのだから、やはりテンシは凄い。

 少しでも追いつきたい。そんな気持ちだけを胸に秘めて、再び没頭する。

 そして、太陽が傾き、少しずつ世界が黄金色へと染まる頃。


「そこまでっ! 二人とも随分と手馴れてきましたね! それでは、最後に私が居たあの屋上まで、色護符を使いながら行ってみましょう!」

「え、どうやって……?」

「やり方はそれこそ自由ですよ。オーソドックスに風を使ってもいいし、その他の方法でもいいのです、イメージを膨らませて、やってみましょう!」


 テンシの言葉に健太は困った顔を浮かべ、サエは軽く肯くと、目の前に水色の護符を複数枚出現させる。


「だったら私はこれだ」

「水……ですか」

「ああ、どうも緑は風のイメージが安定しないから、ここから屋上まで水の道を架けて、……走る!」

 

 そういうや否や、護符は平たく伸び、一気に屋上までの道となる。

 そこそこ勾配があるが、サエはそれに飛び乗ると、まるで水流に押されるようにぐんと進み、あっという間に屋上へと辿たどり着いた。

 笑顔で手を振るサエに、手を振り返しながら、テンシは小さく呟く。


「サエせんせーはさすがというか、発想が柔軟ですね」

「だねえ……」

「健太さんはどうするんですか?」

「僕は普通に風で行くよ」

 

 さっきは加減が分からず派手に宙を舞ったが、コントロールさえ出来れば一番安定するような手応えを、健太は練習中に感じていた。


「分かりました。私は横に浮いてますから、思いっきり行っちゃいましょう!」

「うん、ありがとう」


 テンシは軽く跳躍ちょうやくすると、少し手前の空中でふわふわと浮かび、健太のチャレンジを見守っている。

 あまりにも自然な動作で今まで気づいていなかったが、テンシの浮遊もどうやら色護符をうまく使いこなすことで実現しているのだった。


 ――使いこなせれば、この世界はさらに楽しくなるというわけだ。


 サエの言葉が脳裏をよぎる。

 そして、目の前のテンシの表情を見る。

 視線に気づいたのか、にへ、と笑いかける彼女に、心が安らいでいくのが分かる。


 やろう。


 決意を胸に、目の前に複数の緑護符を生み出し、目を閉じ、イメージする。

 風。それに乗り、飛び、着地するイメージを。


 緑がほとばしり、背中を押されるな感覚と共に、ふわりと浮く。

 そして、空を勢いよく駆けのぼり、一気に校舎屋上へと辿り着く。

 

「っとと!」


 少し行き過ぎたが、今回は冷静だ。

 もう一つ緑護符をきらめかせ、向かい風を作り出し殺していく。

 着地が若干ふらついたところで、先に降り立ったテンシが軽く支える。


「お見事です! さすが、健太さん」

「やったな」

「はい、ありがとうございます」


 少しだけ、鼓動が早い。

 深呼吸一つして、落ち着かせるため景色を見る。

 それなりに高い位置にある校舎から一望する街並みは、夕方の活気で満ち溢れている。南広場の市場は朝と同じくらいの人であふれ、屋台からは美味しそうな煙がたなびいている。

 ぎゅるるる、とお腹の音が鳴り響く。

 健太が隣を見ると、テンシが少し恥ずかしそうにはにかんでいた。

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