幕間の章 Scene Ⅰ

七つの色に願いを込めて 前編

 *前回までのあらすじ*

 

 死と生の間にある世界。そして、より良い次の生(転生)を迎えるための準備をする世界。

 石川健太は、そんな世界へと流れ着き、白髪に赤い目をした少女「テンシ」と出会う。

 そして、同じくこの世界に流れ着いた少女「本村愛美」の最初にして最後の転生を手伝い、見送った後、再び平穏な日常生活を送っていた――。

 

   ◇ * ◆


 この日は、雲一つない青空だった。

 人でごった返す紹介所から出た健太を、天頂から降り注ぐ強い日差しが出迎える。

 ここ数日の小雨続きから一転した陽気は、夏を感じさせる。

 と、同時に、身体には少しばかり刺激が強い。

 健太は体感温度を調整すると、よし、と小さく肯き、目的の場所へと歩いていく。

 昨日届いた依頼、それは【色護符チュートリアル】というタイトルのものであった。


     *


「本当に学校だったなあ」


 体操服に着替え終わった健太は、グラウンドで開始時刻になるのを待ちながら、校舎のことを思い出していた。

 シバの街の南東エリアにある施設「校舎」、その見た目は一般的な学校のそれと同じく数階建ての横長いものであった。

 中の構造も、入ってすぐに下駄箱があり、教室、トイレ、職員室や保健室、果ては男女の更衣室まで完全に完備されている、という具合である。

 一点だけ大きく違うことがあるとすれば、人が誰も居ないことだ。

 生徒が一定数居て、それなりに活気があるのが、学校の本来あるべき姿なのだ。

 施設としては全て整っているのに、無人なだけでこうも物悲しいものなのか、と改めて感じ入る健太である。

 そんなことを考えていると、校舎の玄関からゆったりとした足取りで、見知った顔が出てきた。


「やあ、おはよう」

「おはようございます、ってあれ、サエ先生。どうしてここに」

「先生はよせ。なんだ、布地少なめな服を着た美人で巨乳のお姉さんが出てきて、手取り足取り教えてくれるとでも思ったのか」

「や、それも全く予想外の展開ですけど……」


 サエの服装は普段とは違い、臙脂色の布地に白のラインが入ったジャージを着こなし、なぜか竹刀まで持っている。

 一見して、まるで体育教師のような出で立ちであった。


「冗談はさておき。諸事情あってな、私が代わりに本日のチュートリアル講師を勤めることになった。いわゆる、ピンチヒッターというやつだな」

「なるほど……」

「とはいえ、私もここにきてまだ半年かそこらだ。今日やる【色護符チュートリアル】は専門的な部分も大いにあるので、念のため助っ人を用意してある。追々来るだろうから、それまでに色々とおさらいをしようか」


 そういうと、サエは竹刀の先で空間に大きく四角を描く。

 と、そこに画面が表示される。


「まずはそうだな。前の授業で習った護符のことは覚えているか?」

「はい。確か……」


 健太は数週間前の記憶を思い出しつつ、説明を始める。

 護符とは、この世界に存在する、一見縦に長い紙のように見えるものだ。

 実体はないため、つかんだりは出来ないが、死と生の間にあるこの世界で日々を送るにあたって、非常に重要なアイテムとなる。

 主な護符は以下の三種類に大別される。

 一つ目はBTビーティーと略され、この世界では身体の基礎能力を向上させたり、通貨としても使われる白い「基礎護符」。なお、この護符は転生の基礎スペックにも関係する。

 二つ目はこの世界では効果がないものの、転生をする際に「人間に生まれ変わる」とか「女性に生まれ変わる」など、様々な効果を発揮する「特殊護符」。

 そして。


「三つ目が今日の主役である色護符というやつだ。虹の色と同じ、赤、青、黄、緑、紫、水色、そしてオレンジ色がある。これ自体は君も既に知っているな」

「ええ、座学でも学びましたし、実地でも見たことがあります」


 以前、サエとの戦闘訓練で手に入れた赤い護符がそれであるし、テンシが放った魔法のような光線も発動前にこれらを出現させていた。


「うむ。それなら話が早い。基礎護符は身体の強化など、今持っている力を強化する感じだが、色護符は言ってみれば魔法のような、人が現実では起こせないような奇跡を起こす力がある。これを使いこなせれば、この世界はさらに楽しくなるというわけだ」


 そう言うと、サエは手元に淡い赤色の光をまとわせた護符を出現させる。


「このままだと護符のままなので、これを望むものへと変化させていく。こんな感じ、だ」


 そういうや否や、護符は燃え盛る丸い球体へと形を変える。


「おおー」

「これを、こうだ!」


 投球モーションと共に炎の球は飛び出し、数十メートル先にある演習用デコイと書かれた人型に当たり、轟音ごうおんと共に、派手な爆発を起こす。


「と、まあ、こんな感じだ」

「ファイヤーボール! みたいなやつですね!」

「男子は好きだなあ、こういうの。まあでも、まさにそれだ。ただ、同じ赤でも――こういうことも出来る」


 再び赤い護符を出現させると、今度は霧状になり風に溶けていく。

 そして、辺りに漂う香りは。


「イチゴの匂い……ですね」

「正解! という感じで、全く違う効果を作り出すことも出来るんだ」

「なるほど……、どうやって変えるんですか」

「これがな、説明がしにくいんだが、端的に言うとイメージだ」

「イメージ、ですか」


 おうむ返しになる健太の顔には、いまいち理解出来ていないのがありありと浮かんでいる。


「そうなるよなあ。私もこのチュートリアル受けた時、あまりに感覚的なものだから参ったもんだよ。でも、本当にイメージとしか言いようがないんだ。君は赤というと、何を想像する?」

「そうですね……」


 健太は普段見慣れている赤いものを想像する、と真っ先に出てきたのは。


「カニ、ですかね」

「なんでそうなるんだ。普通は火とか、唐辛子とか、トマトとかだろうに」

「いやあ……」


 健太の枕元にある赤いカニの目覚まし時計は、最近基本的に一緒に居る少女テンシからもらったものだ。

 毎朝、起床時間になると「カニカニカニ……」と謎のアラーム音が鳴り、それが一日の始まりとなるため、イメージとしては色濃くこびりついてしまった。


「まあ、いい。重要なことは一つ。色護符の様々な力は、色のイメージに左右されるということだ。例えば……水色」


 水色の護符を取り出すと、それは見る見るうちに水へと変化し、足元の若干湿ったグラウンドをさらに深い色に染め上げる。


「まあこんな感じだ。もし君が青に対して炎のイメージを持っていたとしたら、青い炎だって作り出せるし、勿論水にすることだって出来る。色のイメージが大事なんだ。どうだ、ここまでは理解出来たか?」

「大丈夫です、何となく頭に入ってきました」

「よし。じゃあ、君もやってみろ。そうだな……安全そうな緑で行くか」


 サエの指示通り、健太は緑色の色護符を胸元辺りに出現させる。

 だが、緑……真っ先に浮かんだのは森林だが、それではさすがに匂いくらいしか生み出せなさそうだ。

 他には――、風とか。

 目を閉じ、イメージを膨らませる。

 緑。風、巻き上がる風、風。空切る、その一陣を。

 瞬間、耳元で風を切る音が一つ聞こえ、その直後にふわり、と無重力を感じる。

 そして、身体に強烈な落下感が襲い掛かる。


「え……」


 そこは空。シバの城壁が下に見えるほどの遥か上空に、彼の身体は一瞬にして巻き上げられていた。


「う、う、う、うわあああああああああああああああああ?!」


 仰向けで手足をばたつかせるが、うまく体勢が取れない。

 冷静でない人間は、得てして適切な行動がとれない。

 それは、今の健太も同じだった。

 刻一刻とグラウンドの地表が迫る中、錯乱さくらんした彼は手足をばたつかせるが、何の対策にもなっていない。

 万事休す。あとは下にいるかもしれないサエがうまくキャッチしてくれることを願うしかないと諦めかけたその瞬間。

 視界の斜め下のはしにとらえた校舎の屋上に、光り輝く何かが、きらめいた。

 それは、屋上から空へ真横に飛び出すと、落下する健太へと凄まじい勢いで突撃し、その背中を突き出した両手でキャッチする。

 全身を白く明滅させつつ、二度、三度とまるで空中を壁でもあるかのように蹴り、くるりと一回転すると、健太を抱きかかえた状態で足から落下していく。

 そして、地面へと片膝かたひざをつけ華麗かれいに着地をすると、その小柄な人物は掛けてあったゴーグルを上げ、笑顔を見せる。


「もうっ。健太さんは、本当に私がいないとダメダメなんですから!」


 彼を救った救世主。

 それは、彼が大好きな白髪赤眼はくはつあかめの少女、テンシだった――。

 

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