第三十七話 秘された最高効率の「狩り場」

 海上遺跡レヴィアト。

 陸地から遥か遠くにあるこの場所を知っている者は、ほとんど皆無に等しい。

 しかも、この世界でも海面の上下動はあるため、タイミングによっては一か月近く姿を現れない時もある、まさに幻の地なのだという。

 そのような遺跡の北東にある、白い石で舗装された一角に四人は降り立った。

 そこは人為的に改良されたエリアで、端には窓の無い八畳ほどの石造りの小屋が建てられており、中には家具や寝具等の住環境が整っていた。


「ここはまるっと守護石で造られてますので、いわゆる安全地帯です。休憩やご飯はこのエリアで随時行います。そして、今日はマナちゃんに、これを身に着けてもらいます」


 テンシは背中のリュックからはみ出していた、黒い鞘に収まった一振りの刀を取り出す。

 雰囲気からして業物わざものであるそれを、健太と愛美は興味津々に見つめる。


「これは、とある方の愛用の品なんです」


 持ってみますか、と聞かれた健太は即座に頷く。

 テンシより軽く手渡されたそれは、意外に軽い。

 それなりの重さを覚悟していた健太は拍子抜けしながらつかの部分を触っていると、心の奥にある何かがくすぐられ、テンシにお伺いを立てる。


「テンシさん。これ、抜いてみてもいい?」

「いいですよ、どおぞどおぞ」


 分かりやすく、にやあ、と意地の悪そうな笑みを浮かべるテンシを横目に、さやから慎重に引き抜こうとする、も。


「あれ、……あれ?」


 どれだけ強く引っ張っても、びくともしない。

 意地になって、数十秒格闘する。顔を紅潮するほど力の入れていると、手汗をかき始め、滑り、なおさら引き抜くのが難しくなってしまう。


「ですよねー」


 と、燃え尽きた健太から刀をひょいと引き取ると、テンシも試しに力を入れ、引き抜こうとする。

 が、微動だにしない。

 傍目から見ると、そういう仕様ではないのでは、と思わせる程のものであった。


「でもこれを、その方はスパって引き抜いて、ぶおんぶおん振り回してたんですよ」

「嘘だあ……」


 と、思わず言いたくなるレベルであった。


「人を選ぶ刀、なんだそうです」


 何を思い出しているのか、遠い目をしながら、テンシは語る。

 そんなテンシの姿を見て、健太と愛美はその持ち主の予想がついてしまう。


「今の私にとってはお守りみたいなものです。ただ、身に着けているだけでも反射神経が上がるとか、ちょっぴり運が良くなるとか、実は効果があるものなので……、軽いですし、マナちゃんが持っていてくださいね、きっといいことがあるはずですから!」


 テンシはそう言うと、笑顔で、それを愛美に託すのだった。



 海上遺跡での狩りが始まる。

 そこには骸骨や、トドのような形状の凝固した黒が、ふらふらとうろついている。

 とはいえ黒なので、こちらが攻撃などをしなければ、襲ってくるということは無かった。

 そういうわけで。


「テンシ、二時、三時、七体!」

「あいあいさー、よいしょっと」


 ミオリが紫電を帯びた光の矢を最大七射、それぞれの黒に射掛け、貫かれたそれらは暴れるもその場から動くことが出来なくなる。

 直後にテンシが杖より光弾を無数に放ち、確実に刈り取る。

 ベテランの二人が高速で狩り続けるのを、ルーキーの二人は、近くでただ見守るだけであった。

 そして、自動的に収集され、驚異的なスピードで加算されていくBTや諸々の護符。

 これまでの出来事で、ここが「一つの現実リアル」であることを痛いほど理解している健太も、この時ばかりは、あまりの二人の強さと効率性に、ゲームとかで見るよくやつだ……、と唖然あぜんとした表情で呟くのだった。


     *


 適宜休憩や昼食を挟みつつ、ひたすら狩り続け、夕方に差し掛かった頃。


「うし、もうそろそろ敵の質が変わるから、さすがに引き上げ時ね」

「夕方になると変わるんですか?」


 健太の質問に、ミオリは頷く。


「街の近くはそうでもないけど、僻地へきちに行けば行くほど、そういうルールがあるところは多いわね」

「ここは陽が沈むと、黒から紫や赤に変質するから、一気に危険なエリアになるんです。しかも向こうは暗くても識別出来るので、夜目よめが利かないこちらは、圧倒的に不利になるのです」


 テンシの補足で、健太は納得がいく。

 戦闘経験豊富な二人だからこそ効率的に倒せているが、もし健太と愛美であれば、二人がかりでも辛うじて一体倒せるかどうかの強さであることは、たまに仕留め損なった時に見せる俊敏な動きから明らかであった。

 それが向こうから襲ってくると考えるだけで、健太の背筋は寒くなる。


「というわけで、シロマルを呼ぶからちょっと待ってね」


 空へふわりと飛び、胸元からホイッスルを取り出そうとする、が。


「あ、ミオリちゃん。これ」


 射掛けるとき邪魔にならないようにと笛を預かっていたテンシが、同じく浮かび上がり、ミオリへ渡そうとする、


 その時。


 紫色のシャボン玉のような半透明の膜が音もなく現われ、ミオリとテンシをあっという間に包みこむ。


「なっ、これ……⁉」


 ミオリの声には、明らかな焦りの色が含まれていた。

 過去に幾度となく経験した、非常に厄介な代物。

 それの出現が意味するところは、一つ。

 気がつくと黒は全て消え失せ、夕焼けが水平線を、遺跡を赤に染めていく。

 そんな中、健太と愛美から一〇〇メートルほど離れた場所に、人の形をした影が、沈みゆく太陽を背にして立っていた。

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