第三十六話 空と海の果てにある地へ

 そして、次の朝になり。

 三人は当初の予定とは違う、シバの北門から数分歩いた場所に集合していた。

 そこは大きめの運動場くらいの広さがある人工的に整地された場所で、白い守護石が敷きつめられた、完全なる安全地帯であった。


「あ、きた!」


 テンシが声を上げる。

 二人がその方向を見ると、向こうから見知った顔がやって来る。


「テンシ、あんたね。私にも仕事があるんだから、招集かけるなら前日の朝には言ってよね」


 少しだけ、不機嫌そうな顔で。

 一方のテンシは、にこにこと、笑顔でこう返す。


「でも、ミオリちゃんは、絶対に来てくれるから」

「まあねー」


 目の前まで来たミオリは、いつもの白衣姿ではなかった。

 黒いレザーの胸当ての下に、袖を肘の前まで折り込んだ白いシャツブラウスを着ており、そのボタンは下部を留めず、縦に長いへそがちらりと見える。

 黒いホットパンツに濃いグレーのタイツを合わせ、股下の長い脚を際立たせている。

 動きやすそうな黒いブーツカットシューズを履き、背中に背負った巨大な弓。

 薄紅の長い後ろ髪は、高く結い上げ、完全に後ろに束ねている。

 普段と違う、戦闘用の姿。その凛々しさに健太は思わず息をのみ、愛美は魅入る。


「で、詳しいこと聞いてないけど、やっぱりそういうことね」


 健太と愛美の姿を見て、ミオリは納得のいった顔になる。


「そういうことなのです。行き先は『あそこ』で」

「前衛、健太君しかいないけど、大丈夫なの?」

「ふっ。私達が居れば、大丈夫でしょ?」


 テンシが可愛くウィンクすると、ミオリは「まあ、そうね、うん」とうなずき、


「じゃあ、行きますか」


 と、話を進める。


「今日はどこに行くんですか?」


 健太と愛美は全く話についていけず、尋ねてみるも、ミオリは不敵な笑みを浮かべると、今日も隣についてきている白い翼猫を撫でる。

 そして、自分の首にぶら下げている、小さなホイッスルを吹く。


 ――無音。


 何も音は鳴らず。ミオリは頬を数度膨らませ、続けざまに吹く。


 ――無音。


 健太と愛美は顔を見合わせ、ミオリを見て、また顔を見合わせる。

 ……何とも言えない雰囲気が、場を占める。

 そんな姿を見て、テンシは顔をうつむかせ、何かをこらえるように肩を震わせる。

 ミオリは顔を真っ赤にしながら、


「ちゃんとやってるんだからね! それとテンシ、いっっっつも笑わないの!」

「だって……ぷくく」


 堪えきれず、少し噴き出してしまう。

 それにつられるように、健太と愛美も笑ってしまう。

 と、その時。

 ミオリの横に伏せていた翼猫が急に翼を羽ばたかせ、真上に昇っていく。

 すかさず、ミオリが大きく頬を膨らませ、吹き続けると。

 見る見るうちに、翼猫の小さな身体が巨大化し、健太達の立つ場所はその影で暗くなる。

 翼猫は十倍以上のサイズとなり、その羽ばたきは大きな風となり隣接した草むらを揺らす。

 ミオリは、先程とは打って変わって自信満々な顔になると、


「ま、こういうこと。人には聞こえない音域だけど、この子……シロマルには聞こえていたの」


 そう言って、先程と同じように地上に伏せたままの、巨大な翼猫のあご辺りを撫でる。

 翼猫は気持ちよさそうに目を細め、為すがままとなっていた。


「というわけでみんな、乗った乗った」

「もしかして、これは。このシロマルで」

「そうよ、飛ぶ」


 飛ぶ。

 とにかく急かされ、全員、翼猫の背に乗る。

 またがりやすく、毛は柔らかくもふもふとしており、膝くらいまでは埋まるので、少なくともこの状態での座り心地はとても良い。

 が、しかし。

 健太は、恐る恐る尋ねる。


「あの、安全バー的なものは」


 少年の若干震える声にミオリはにやぁと笑うと、言葉をさえぎるように翼猫に合図をする。


「さ、行くわよ」


 翼猫はその両翼を伸ばし、ゆっくりと羽ばたき宙へ浮いていく。

 搭乗が初めての二人は、必死にもふもふを掴み、来るであろう不安定さに耐えようとする。

 そして、長大な体をしならせ、空中で助走するかのように、ゆるやかに駆けていく。


「うわあああああああ…………あ? ……あれ、揺れない、落ちない」


 翼猫は少しずつスピードを上げ、風を切り、空を駆ける。

 顔に当たる風が、イメージしていたような強烈なものではなく、爽やかで心地よい。

 また、乗り心地の不安定さは一切なく、まるで遊園地のアトラクションのように、身体が翼猫に固定され、一体となっているような不思議な感覚であった。


「大丈夫ですよ、シロマルさんは『背中に乗せる人を守ってくれます』から」


 と、テンシが気持ちよさそうに目尻を下げながら、解説する。

 曰く、接着しているもふもふから透明の膜が展開され、搭乗者を保護するのだという。

 原理を知り安心すると、巨大生物に乗り、大空を飛ぶという、人生で一度は経験したかったであろう状況に興奮してくる。

 翼猫も、サービスと言わんばかりに体をよじり、回転させる。


「うわあああーーーー!」

「「きゃあーー!」」

「いえーーーーーーい!」


 ぐるりと回転する世界に、四人は思い思いの叫び声を上げる。

 まさに絶叫マシン、否、絶叫アニマルである。

 慣れてくると、もふもふの柔らかさと暖かさが安心感となり、楽しむ余裕が出てくる。

 少し身を乗り出し、雲間から垣間見える景色を見下ろす。

 西へと向かっているのだろう。

 街道沿いの空を飛び、大きな湖を、大空洞を通り過ぎていく。

 少しすると、前に画面で見た、水と森の都レクナートが右手の遥か眼下に映える。

 その美しい街並みを通り過ぎ、やや進行方向を変え、南西へ向かい、大海原に出る。

 そこからしばらく飛んだその先に見える、海上に突き出た巨大な立方体の遺跡。

 テンシはそれを指さしながら、風圧に負けないくらい大きな声を張り上げる。


「あちらが目的の『海上遺跡レヴィアト』になります!」

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