第三十四話 失われた記憶、刻まれた記憶

 初日の日程が無事終わり。

 その夜、二人は予定通り、愛美の部屋でお泊り会を開催することになった。

 充実した一日を経験したことで、この世界への興味が更に増した愛美は、ベッドに転がりながら様々なことを尋ねた。

 夜が緩やかに更けていく中、テンシは自身が歩んだ二年半の旅路を思い出しながら、冒険のエピソードも交えつつ答えていく。


「……そして、彼は『殉教者』さんの一撃を軽々と受け流して、またもや追い払ったのです!」

「おおー!」

「でも、『殉教者』さんは神出鬼没だから、次の週も遭遇しちゃって。それで予定が狂って、お店の予約時間に間に合わなくなっちゃって、――」


 完全にお泊り女子会の雰囲気だったこともあり、健太には何となく話しづらかった「彼」についての大事な思い出も、所々に織り交ぜながら熱っぽく語る。

 そして、物語が一段落し、少しの間があった後。愛美はずっと聞きたかったことを尋ねた。


「そういえば、シーちゃんって、健にぃのことは好きなんですか」


 愛美の純粋で唐突すぎる直球に、テンシは口に軽く含んだ紅茶を噴き出しそうになるのを必死にこらえる。その結果、器官入り激しくむせる。


「あっ、ごめんなさい」

「えうっ、けふっ、いえ、大丈夫です。ん、んん。こほん、ええと、どうでしょう」

「……そうですよね。シーちゃんが好きなのは、さっきからお話によく出てきてたクロトさんですもんね」

「けほっ……、うん、そうなんです」

「でも、シーちゃん、健にぃの事、凄く気にかけてますよね」

「それは、健太さんの事がほっとけないというか……」


 テンシは少し誤魔化ごまかすように返すが、愛美はどうしても気になるようで、尋ねてしまう。


「どうして……、健にぃの事、ほっとけない存在なんですか」


 その問いに、テンシは軽く目をつむり、改めてそれと向き合う。

 そして、まるで自分に言い聞かせるような口調でその理由を話し始めた。


「……健太さんは、私と同じなんです」

「私達はここに来た時、一切の記憶がありませんでした。そんな私達を、偶然別の用事でターミナルに来ていた彼が、街まで連れて行ってくれて」

「その後もずっと、お世話してくれて」

「そして、私達は彼のことが大好きになり、私は想いを伝えて。……フラれちゃったんです」

「でも、彼は優しくて、ずるくて。恋人にはなれないけど、一緒に居てほしいって」

「フラれたらもう、一緒に居られないって思うじゃないですか。けど、そう言ってもらえて」

「きっと傍目から見たら、付き合っているように見えていたと思います。ずっと、ずっと一緒で」


 無言で聞き、所々相槌を打つ愛美に、テンシははるか遠くを眺めながら、想いを吐露とろし続ける。


「幸せな時間でした、隣に居られることが。楽しい時間でした、共に旅が出来ることが」

「でも、半年前にクロトさんが居なくなり、健太さんがこの世界にやって来た」

「健太さんはその、私と同じで、だから……」


 続く言葉がうまく出ず、そこでテンシは、自分が涙を流していることにようやく気付いた。


「うん、そっか……」


 愛美はテンシのそれには触れず、ベッドに横たわると目を閉じて「シーちゃん、ありがとう」とだけ呟くと、全身を脱力させ、眠りのに就く。

 テンシも涙を拭くと、えへへ、と普段通りの表情でその隣に横たわる。

 想いを抱えたまま、それぞれの夜は深まっていく。


     *


 二日目は昨日とは打って変わって、農作物の収穫を手伝うことになった。

 必要な護符を戦闘だけで手に入れることも不可能ではないが、どうやら効率良くとなると、こういった生産活動のお手伝いをする方が早いというのが、例のプログラムが弾き出した結果であった。

 ついでにイチゴ狩りも楽しむことになり、生前からイチゴが好きだった愛美は終日幸せそうに顔が綻んでいた。

 その夜、獲れたて野菜をふんだんに使った料理を堪能した愛美は、今度はテンシの部屋に押しかける形で一緒のベッドで休むことになった。

 ほぼ初めての経験だった収穫作業で体力を使い果たした愛美は、自分より少し身体の小さいテンシに抱き着いて、ほどなくして寝息を立て始めた。

 テンシは、眠りに就く前の彼女の言葉を反芻はんすうする。


「小さい頃、毎日こうして、お母さんに抱き着いて一緒に寝てたんです。だから、凄く幸せです、シーちゃんってものすごく良い匂いだし。気持ちよく眠れそうです」


 今はあどけない眠る彼女の、嬉しそうな、そして悲しそうな顔が忘れられない。

 テンシはこのひと時だけでも、彼女が少しでも幸せでいられるように祈り、その身体から伝わる温かさと重たくなるまぶたに身を任せた。


     *


 三日目はまた違うエリアで初日と同じように狩りを行い、瞬く間に一日が過ぎ。

 四日目はターミナルと漁村の間に広がる大森林の一角に、三人の姿はあった。

 ここでは採集時に音楽関係の護符が出現するという赤い木の実があるらしく、今回のキーになる護符が出るとのことで、愛美の気合の入りようは、傍目から見ても凄まじいものがあった。

 まずは辺りの瘴気や魔物をテンシがそそくさと狩り、安全を確保すると、一行は手分けして採集に勤しむ。

 三本の瓶が木の実で満たされ、目当ての護符も大量に集まり、テンシは一息つく。


「では、ここら辺にキャンプを張りましょうか」


 と、リュックから折り畳まれた布と、小振りな卵のような白い守護石を三つ取り出す。


「普段街道に置かれているのとは違って、コンパクトな感じだね」

「小さくて可愛いでしょ。……試しに持ってみますか?」


 健太はうん、と頷き、軽い気持ちでテンシから手渡されるそれを受け取ると、


 ずしっ。


 手のひらに置かれた石の重さに頭と身体が付いていけず、健太は大きくバランスを崩す。

 テンシはすぐにひょい、と取り上げると、


「という感じで、見かけによらず、このサイズで一〇キロくらいあるんですよ」


 三つの石を左手に持ち、にっこりと笑いながら、指でくるくると転がしていく。


     *


 テントの中で昼食を摂り、三人は食後の時間を満喫する。

 ただ、そんな中、愛美だけ妙に雰囲気が張り詰めていた。

 昼食辺りから普段の快活さは鳴りを潜め、何かを悩むように押し黙ったままであったが、ようやく意を決したのか、重たい口を開いた。


「健にぃ、シーちゃん。二人に聞いてほしいことがあるんです」


 いつになく真剣な顔つきに、二人は顔を見合わせ、そして、愛美に顔を向け頷く。


「ありがとうございます。もう四日目だから今更だけど、転生したらシンガーソングライターになりたい理由、やっぱりちゃんと話しておきたくて」


 そう言うと、彼女は「本村愛美」の生涯を語り始める。

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