第三十二話 そこは街一番のお屋敷

 テンシの家、否、屋敷についてからは、愛美は感嘆の声を上げてばかりであった。


「ひゃああ……大豪邸」

「うわあ……美人で巨乳のメイドさん」

「ふおお……お料理うまし」


 そして。


「わああ……すごいお風呂」


 そこはまるで高級スパのような様相をていしており、中央に泉のような巨大な浴場があり、その中心には翼の生えた猫と竜が背中合わせになった像が鎮座し、口から滾々こんこんとお湯が湧き出ていた。

 二人は一日の疲れを洗い流し、湯船に浸かり、身も心もリラックスする。


「そういえば、テンシさんっておいくつなんですか?」

「私? 私は十六です」

「あ、一個上のお姉さんなんですね! じゃあ、私の事、マナちゃんって呼んでもらってもいいですか?」


 テンシは愛美の急な提案に驚きつつも、こくこくと頷く。


「うん、ええと、マナちゃん」

「はい! ……えへへー」


 愛美は嬉しそうに相好そうごうを崩すと、さらにテンシの略称を考えはじめる。


「じゃあテンシさんのことは、テンちゃん? テンさん?」


 いまいちしっくりこない愛美を見ながら、テンシも湯煙の中でぼんやりと考える。

 その時、誰かの声が聞こえたような気がして。


「……じゃあ、シーちゃん、で」

「シーちゃん! うん、可愛い! 今後とも仲良くして下さい、シーちゃん」

「うん、こちらこそ。えっと、マナちゃん」


 満足そうな愛美の顔を見ていると、テンシの顔も自然と和らいでいく。

 愛美の人懐っこさと積極さは、彼女が今まで経験したことがないもので、それでいて不快な感じは全く湧き上がってこない。不思議な気分だった。

 

 湯船を満喫した愛美は、そのままテンシの寝室へ行き一緒に休むこととなった。


「やった、お泊りだー!」


 そう言って、クイーンサイズのベッドでゴロゴロと転がる愛美。

 テンシもはしゃぐ少女を見ながら、ベッドの端に座る。

 十分にその広さと弾力を楽しんだ愛美は隣に座ると、目の前のバルコニーから見える夜景をぼうっと眺め、小さく呟く。


「お泊り会するの、夢だったんです」

「じゃあ、一つ夢が叶っちゃいましたね」

「はい、やっと叶いました。あと、自分の部屋でお泊り会を開くのが夢だったなあ……」


 遠い目で少し寂しそうな顔をする彼女に、テンシはそれなら、と提案する。


「明日は私が、マナちゃんのお部屋にお邪魔する、というのはどうでしょうか」


 私達が用意したお部屋なので、自分のお部屋と言われると変な感じかもですが、と付け加えるテンシに、愛美は、


「ううん、そんなことない、それすごくいい!」


 テンシの両手を自分のそれで包みこみ、ぶんぶんと振り、


「よろしくお願いします、楽しみ!」


 そう言うと、年頃らしいあどけない笑顔を浮かべるのだった。

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