第三十一話 最高の転生を目指して
エントランスホールに戻ると、アミと愛美は優雅にティータイムを楽しんでいた。
健太はアミに請け負うことを説明すると、
「こちらでも、愛美さんには最終転生や特別プログラムの件をお話しておきました。お二人になら、安心してお任せできます。愛美さん、頑張りましょうね!」
アミは右拳を握りガッツポーズを見せ、愛美も両手でガッツポーズを決める。
うまく伝えたのだろうか、愛美の表情には暗さが全くなく、その表情につられて健太も強張っていた顔が
アミはカウンターに戻ると、青のカードケースに薄緑色のブレスレット、そしてレオ爺から渡された黄色い押し花の栞を渡す。
「このカードはとても大事な物なので、頭から下げたり、ポーチに入れたりして、大事に持っていて下さいね。各種システムも既に入れてあります。この腕輪と栞はお守りです」
「ありがとうございます、大事にします!」
愛美はそれぞれを装着すると、
健太とテンシは慌てて横に並び、光で溢れる屋外へと足を踏み出すのだった。
*
少し早めの昼食を終えた一行は、東の大通りに面した護符屋の隣にある、木彫り看板に野太い江戸文字で『転茶屋』と書かれた店の前に来ていた。
中に入ると、入ってすぐ左手に待合の椅子とテーブルが並べられており、右端には窓口のカウンターがある。中央は奥まで廊下が続いており、それに沿って、木製のパーテーションで仕切られた、大小の相談部屋が左右に用意されていた。
「いらっしゃいまセ。お待ちしておりましタ。ようこソ、転茶屋ヘ」
カウンターの方向から声が掛けられ、一行がそちらに向く。
先程までカウンター内の椅子に置かれていた、茶色のサロペットに身を包んだ全長二〇センチ程の白いウサギの人形が、目線の高さまで浮き上がり、身体全体で優雅にお辞儀をする。
人形がしゃべり、宙を浮いて、動作を行う。
初めて見る衝撃の光景に愛美は
席に座ると、テーブルを挟んで向かい側にある椅子の上でふわふわと漂いながら、ウサギの人形は改めて言葉を発する。
「健太さん、愛美さん、初めましテ。転茶屋の主人をしておりまス、ダータフォルグのコリンと申しまス」
機械と人形の街出身のコリンは、全身でお辞儀をし、そのままくるりと縦に一回転する。
テンシは、
「それでは、愛美さんの件、宜しくお願いいたします」
と、お辞儀をする。
テンシに
「承知しましタ。それでハ、実際どんな風に生まれ変わりたいカ、箇条書きで書いてみましょウ」
「わかりました!」
愛美はコリンからペンとボードを受け取ると、うんうん、と悩みながら書いていく。
「……できました!」
「はイ、では確認しますネ」
コリンは書かれたボードを受け取ると、記載されたものが全員に見えるよう、テーブル横の壁に複製し表示させる。
テンシは目を丸くして、
「わ、多い」
と、思わずこぼす。
そこには、気持ちが籠った大小の文字(時に太文字や縁取りされた文字)が端から端まで埋まっており、それでも足りなかったのか、小さな潰れた字で追加までされていた。
主たる内容は、以下の通りであった。
・人気のあるシンガーソングライターになりたい。
・三十歳くらいまでは生きていたい。
・断然美少女、ボブとかも似合う可愛い子になりたい。
・小さい頃から音楽環境が欲しい。
・ピアノとか弾きたい。
・身長は高すぎず、低すぎずがいい。
・胸が大きい子になりたい。etcetc……
「はぁイ、ではこちらの器具で読み取りしますネ」
コリンは、紹介所で見たものに酷似した意匠を凝らしたハンドスキャナー風の器具を取り出すと、ボードを上から下までなぞる。
すると、器具からピンポーンと音が鳴り、背面の装飾の中心にある青い石が明滅する。
「読み取り完了。でハ、どんな感じになるか見ていきましょウ」
器具の読み取り部分から薄桃の光を壁へ照射し、別の画面を映し出す。
そこには、愛美の名前と、先程の箇条書きが統一されたフォントでまとめられていた。
「わ、すごい!」
「おお、これは見やすい」
驚く愛美と健太を尻目に、コリンは手元の複画面右上にある期日を五日に設定し、その下にある参加者に三人の名前を入れ、『構築ボタン』をタップする。
すると、解析中……という画面に切り替わり、十数秒後、さらに画面が切り替わる。
「出ましタ、どうデすカ」
「ありがとうございます。……少しバランスを整えればいけそうですね」
テンシは結果画面を確認する。そして、
「――うん、胸の大きい子は諦めてください!」
と、最高の笑顔で愛美に宣告する。
「えええ、結構重要なところなのにい」
「胸に関する護符は未発見なんですよ。いや、ほんとマジです、これ」
意気消沈する愛美に、テンシはそう言い切る。
「東の果て、大地底に広がるという大森林。そこに棲む珍獣を捕獲すると出るとか、出ないとか。西の果て、天空に浮かぶ
需要は大いにあるものの、そのような都市伝説が広まるくらいの代物らしい。
健太にはあまりピンとこないが、愛美はそうかあ、ないかあ、と思った以上のダメージを受けているようだった。
「あとはそうですね、女性に転生するのは流通している護符を購入するだけですし、寿命三十歳は厳しいと思いますが、二十歳くらいまでなら何とかなると思います」
「それと、大事なポイントであるアーティストの夢ですね。生まれの道筋を確実にして、努力と才能、運などの基礎数値を上げれば、可能性は十分にあります」
詳細をチェックし、要素に変更を加えながら、テンシはにっこりとほほ笑む。
「あと、このシステムはチャートをきちんと作ってくれるから、いつ、何をする、みたいなのもスケジュールとして出力してもらえます」
「ふっふっふ、ダータフォルグの技術は凄いのでス」
人形なので表情は変わらないが、両手を腰に当てているコリンはどこか自慢げだ。
チャートの表示を興味津々に眺めていた健太は、コリンにあれこれ尋ねる愛美を横目で見ながら、
「何だろう。あっちより遥か未来の時代を見ている感じだ」
初日から思い続けてきたことではあるが、改めてその凄さを実感する。
そうなんですよねえ、とテンシは頷く。
「この世界は四つのエリア、といってもほぼ三つですが、の各年代の多種多様な技術や概念、叡智が集結し、融合したものが使われていますからね。期間の制限があるとはいえ、才能ある人々がここに流れ着き、老いることもなくここで研究開発出来るとしたら、それはもう飛躍的な向上が見込めるってものです」
テンシの説明で、健太はこの世界の有様や可能性を改めて感じる。
二十一世紀の地球では、到底辿り着けない技術だとしても、ここでなら為し得る。
ただ、その技術は転生時には持ち出せないものであるが……。
考え込む健太を、テンシは柔和な笑みを浮かべながら見つめる。
そして、普段通りのきりっとした顔に戻ると、
「というわけで、進行表をデータ共有しますので、明日からよろしくお願いしますね!」
「「よろしくお願いします!」」
一行は転茶屋を出ると、紹介所へ戻り、チャートを基にした特別クエストを発行してもらい、請け負う。
そして、北東の高級店が立ち並ぶエリアで、愛美に必要な装備や服、道具、日用品等を見て回り、買いこみ、健太は荷物持ちとしてそれについて回る。
一通りが揃い、夕日が差し込み、辺りを赤く染め上げる中。
「このまま、愛美さんは私のお家でお預かりする形でいきますね」
「あ、そうなんだ」
「ええ、せっかくですからね。では、健太さんまた明日です!」
「健にぃ、また明日ねー!」
北東の通りから高級住宅街への坂道で、三人は別れる。
顔をこちらへ向け、手を振りながら去る二人に、角を曲がり、見えなくなるまで健太は手を振り続け、見送るのだった。
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