第三十話 残りある時間を

 検査室から一部屋奥にある診察室。

 その場所に二人が入ると、ミオリは既に着席しており、どうぞ、と座るように促す。

 二人が背もたれのないパイプ椅子に座ると、ミオリは既に展開している画面を複製し、縮小したものをそれぞれの手元に配置する。


「テンシはもう分かってると思うけど」

「はい」


 ミオリの言葉に、テンシはやはり今までにないほど真剣な顔つきで頷く。

 状況が飲み込めない健太は、一人取り残されたままだ。


「健太君、ごめんね。……そうね、この世界に来る人の余命に個人差があるというのは、もう知ってるわね」

「はい、平均二年ということでした」


 健太の言葉にミオリは頷く。


「平均、ということは極端に長い人も、……短い人もいる、ということ。その理由は未だに判然としていないけれど。死因によっては、その傾向は顕著になる」

「で、結論から言うわね。本村愛美モトムラマナミさん、彼女に残された時間は七日しかない」


 画面を操作すると、女性型のヒトガタが緩やかに横回転するデータが表示される。

 各種データがある中の一つ、AT値は【7】となっていた。


「AT値は少ないほど正確になる。この【7】、つまり残り七日は、まず間違いないということ」

「そう、なんですか」


 街までの道のりで見た彼女の横顔が、ふと脳裏によぎる。

 それは、この世界に戸惑いながらも、ここでの暮らしも、転生も頑張ろうとする、そんな前向きで気持ちのこもったものだった。


「……」


 言葉が出ない。


「彼女のケースは極めてまれ。普通の子であれば、少なくとも三週間くらいは余裕があるんだけど。……いずれにしても、このケースは特別プログラムを実施することになる」

「特別プログラムというのは、どういうものなんですか?」


 少しだけ身を乗り出して尋ねる健太に、ミオリは小さく頷くと、説明を始める。


「普通であれば健太君みたいに、チュートリアルを受け、この世界での暮らしに慣れていってもらい、生前の夢や希望などをこの世界で叶えつつ、良い転生に向け準備をしてもらうっていうのが、ここでの基本スタイルなんだけど。それを超過密スケジュールで行うのが、特別プログラム。専門の請負人が全力でサポートするって感じになるわね」

「なるほど……、それを請け負うには、資格とかは要るんですか?」


 ミオリに尋ねる健太の声音で、テンシは思わず、ミオリから彼に視線を向ける。

 彼の表情は、とても真剣で、真摯しんしなものだった。

 ミオリもその顔、その姿を見て、一瞬何かを思い出したように軽く目を見開く。

 が、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻ると。


「そういうのは特にないけど。……もしかして健太君」

「はい。もし出来るのであれば、僕がやってみたいです。そして、愛美さんの転生の成功確率を少しでも上げるため、僕も共鳴転生で一緒に行って、彼女の夢をサポートしたいと思います」


 共鳴転生。

 レゾナンスとも読むそれは、最終転生の項目に小さく補記されていた内容だった。

 主となる人物の転生時にパーティーを組み、ごく近くで自発転生を行うことで、お互いに相乗効果で転生の足りない部分を補い、より望む転生に近づける手法テクニックだ。

 ミオリは、ルーキーの彼がそのテクニックを知っていたことに少々驚きを隠せなかったが、彼の身に最近起こった事を思い出し、合点がいく。

 彼女は立場上、ここに流れ着く人全ての転生に関するデータを、カードからもたらされる情報を通じ、管理、統括している。

 あの転生の翌日。彼の状況確認をテンシから頼まれ、解析し、それを観た時、言葉を失った。

 彼の深層傷度は、以前見た時の、傷一つ無かった美しいそれとは全く比べ物にならないほど酷い有様で、あらゆる箇所に傷が入っていた。

 3Dとして立体的に閲覧出来るそれは、長さや数だけでなく深さもあり、テンシが彼を経過観察すると言い出さなければ、すぐにでも北西の病院で療養を受けざるを得ない状態であった。

 そんな傷を経験した、彼の口からつい出た、共鳴転生という言葉。


 ミオリは真っすぐ健太の黒い瞳を見つめ、努めて冷静に、静かなトーンで尋ねる。


「健太君。思い出させるようで申し訳ないけれど、貴方は……、怖くないの?」


 健太は、その奥がわずかに揺れる、少女の青い瞳を見つめながら答える。


「そりゃ……怖いです。あんな経験、もうしたくないです」


 健太の脳裏に、あのターミナルでの朝が、鮮明に浮かび上がる。

 苦しく、痛く、辛く、悲しいのに、どうしてそうなのか、その理由も何も思い出せず。

 溢れ出てくる汗と涙と、込み上げてくる吐き気と、悔恨かいこん。絶望。

 でも、と健太は口を開く。


「あの転生の時、テンシさんが一緒に共鳴転生をしてくれてなかったら、もっと酷いことになっていたと思うんです」

「あの時、救ってもらったように。今度は僕が、愛美さんの力になりたいんです」


 ミオリは、その言葉を受け取る。そして無言で頷くと、テンシに視線を向ける。

 テンシはすぐさまそれに気づくと、少し潤んだ瞳で、小さく何度も頷く。


「健太君。貴方の熱意と覚悟を、私は尊重します。じゃあ、準備が出来次第、護符屋の横に転茶屋てんちゃやという店があるから、そこに向かって。テンシ、後は頼んだわよ」

「はい。あ、でもテンシさんも?」

「ええ、もちろん私もです。健太さん半人前どころか十六分の一人前くらいですから、私が特別にご一緒させて頂きますとも!」


 わざと鼻息荒く、目を閉じ、自慢げな顔を見せる少女に、健太は嬉しそうな顔を向ける。

 薄目を開け、それに気づいたテンシは、慌てて彼に見えないように顔を背け、もう一度小さな声で、特別なんですからね、と呟いた。


     *


「テンシ」


 先に診察室を出た健太に続き、出ようとするテンシにミオリは軽く声をかける。


「はい、なんですかミオリちゃん」

「この前言い忘れてたけど、あんた、うたったでしょ」

「うん」


 ミオリの声には別段とがめる色はない。ただ、そこには心配だけがあった。

 テンシもそれをよく理解している。だからこそ、申し訳ない気持ちが生まれる。


「今回は仕方なかったと思うけど、気を付けてね。あたし達の歌は運命をじ曲げるんだから」

「……うん」


 そう、聞かされた。

 実際に、その力は『絶対』すらも乗り越えてきたのだから。


「といっても、あたしなんて一年以上唄ってないからなまってそうだけど」

「……声のお仕事でもしちゃいますか?」

「あのね……」


 お互い分かっている。だからこそ、軽口になる。


「とにかく、次診てもらうときはちょっと大変だけど、頑張れ」

「やだなあ。別に痛くもなんともないけど、意識があるだけに退屈なんですよね」


 心底嫌そうな顔をするテンシの表情を見る限り、とりあえずは安心だ。

 きっと、彼のおかげなのだろう。

 ミオリは心の中でひたすらに、願う。


 石川健太くん。君が、この子の支えになってくれることを。

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