第二十七話 本当の君は
アミの助言を受け、ターミナルに移動した健太は、端にある古びた小屋の脇で花壇の手入れを忙しそうに行うレオ爺と出会った。
以前見た時と変わらず、ぼさぼさの白髪に豊かな白ひげをたくわえ、緑色のツナギのような上下に身を包んだ小柄な老人は、健太の顔を見ると、黒い木製の杖を支えにして立ち上がり声をかける。
「おお、坊主。久しぶりじゃな、……立ち直ったか」
「はい、何とか」
ここへ戻ってきたあの日、おそらくレオ爺も見守っていたのだろう。
良かったのう、と何度も頷く。
そしてもう一度健太の顔を見て、ふむ、とひげを伸ばしながら尋ねる。
「お前さん、儂に聞きたいことがあるんじゃな」
無言で頷く健太を見て、その話を聞く為、彼を小屋に招き入れた。
「……なるほどのう、嬢ちゃんのことを知りたい、と」
「はい、そうです」
レオ爺は目を閉じ、ささくれた指で一定のリズムを刻みながら机を叩き、あれこれと考えを巡らせていたが、おもむろと目を開けると、こう切り出す。
「そうじゃな、朝早くここに来るのはどうかの」
お前さんと居る時とは違う嬢ちゃんが見られるはずじゃ、と提案する。
「なるほど……。でもなんだかこう」
おそらくこっそりと覗き見ることになるであろう。
そのことに後ろめたさを感じてしまい戸惑う健太に、レオ爺は、ふぉっふぉっふぉ、と笑うと、
「なに、そういう風に相手の気持ちを考えられるなら大丈夫じゃろ。もし、バレて不快に思われたなら誠心誠意謝り、もう二度としないと誓えばよい。とかく、がむしゃらなのは若者の特権じゃよ」
と、言いながら、湯呑に淹れた甘めの茶を静かに
*
翌日早朝、午前五時半。
ターミナルの端にある小屋に、健太とレオ爺は居た。
集合時間が五時ということで、無理やり早起きして来た健太は、レオ爺が淹れた眠気覚ましのコーヒーを飲み干すと、あくびを噛み締めつつ、カーテンの隙間から外の様子を眺めていた。
辺りは昏さを残す一方、朝焼けがうっすらと広がり、日の出の近さを感じさせる。
そんな中、普段見慣れた姿の白髪の少女がやってくる。
ターミナルに入ると、入り口近くにある柵に隣接した白いベンチの上で体育座りの姿勢を取ると、膝の上で組んだ両腕の中に顔の下半分を埋めながら、眠そうな表情で並ぶ
「テンシさんもあんな表情するんだ」
「あの子、ここでは毎日あんな感じなんじゃよ」
普段の笑顔はなく、ぼうっとした眠そうな顔で、ただ一点を見つめている。
あまりに生気を感じられない表情を目の当たりにし、普段とのギャップに驚きを隠せない。あれが本当の彼女なのだろうか。
「さて、時間じゃ」
静まり返った世界に、ごとん、ごとん、という大きな音が鳴り響く。
それを聞いて、テンシは立ち上がり、うんっ、と背伸びを一つし、音のあった棺へ向かう。
当事者の時は気にも留めていなかったが、
テンシは音のした棺を見て回り、そして小屋のほうへ近づく。
「あ、どうしよう」
狭い小屋には隠れるところなどなく、健太があたふたしていると、
「お前さんはそこに居れ」
レオ爺はそう言うと、小屋の外に出て、テンシへ手を挙げ挨拶する。
テンシは老人の姿を見ると、おはようございます、と一礼した。
健太は入り口近くに少しだけ身体を近づけ、聞き耳を立てる。
「今日は、男の子が二人、女の子が一人です」
「うむ、いつもありがとう。女子はこっちで見とくわい」
「はい、では起こしに行きます」
テンシは会釈すると反転し、先程確認していた白い棺の一つへ歩いていく。
そして、横に座ると、棺の窓を確認し、端をこん、こん、こんとノックする。
しばらくそうした後、立ち上がり、もう一つの棺へ歩いていく。
「あっちのはダメだったみたいじゃの」
「ダメというと……」
「棺の蓋は外からは開けられんから、起きてもらうしかないんじゃが」
「ただ、ここに来る者全てが、きちんと辿り着けるというわけでもなくての。カタチだけ流れ着いて、しばらくすると跡形もなく消えることもあるんじゃよ」
テンシは、棺の横にしゃがみこむと、何度か手でノックする。
しばらく続けていると、棺から一人の少年が起き上がる。
遠目なので顔はよく見えないが、黒髪に褐色の肌が健康的で、快活そうな雰囲気であった。
テンシは横にしゃがんだまま、健太の時と同じように話しかけている。
笑顔で、気さくに。
「……」
健太は、目を逸らしたくなるのを抑え込んで、その光景を見つめていた。
老人はふんふん、とひげを揺らしながら、
「あの座り方だと、ぱんつみえそうじゃの」
と、
テンシは名前と死亡年齢、死因などがわかる
テンシは
少年はその小さな白い手を取ると、立ち上がる。
テンシはくるりと
二人が去って、数分。
健太は、ターミナルの入り口をカーテンの隙間から見つめ続けていた。
レオ爺は、キッチンでコーヒーの残りをマグカップに注ぎ、左手に持つと、健太の所に行き、空いた右手でその肩を軽く叩く。
「ま、これでも飲むんじゃ」
呆けた顔で振り向く健太に、マグカップを突き出す。
健太は頷くと、それを両手で受け取り、何も言わず一気に飲み干した。
その黒々とした液体は、先程飲んだものより遥かに苦みが強く、とても冷えきっていた。
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