第二十六話 にゃばば爆音とお昼寝女子
西の広場に戻ってきた健太は、クロトと、テンシのことを一番よく知っていそうな人物を思い浮かべていた。
――ミオリちゃん。
唯一、テンシが「さん」付けではなかった人物。中央官庁で検査を担当する、
会話をしている時も、一番気心が知れているような雰囲気だったと思う。
「……うん。ミオリさんだ」
真上から降り注ぐ強い日差しの下、健太は西の広場から中央官庁に向かう陸橋へと歩みを進めていく。
*
中央官庁に入ると、受付の事務員であるアミが黒猫の顔をモチーフにした大きめのアイマスクをつけ、背もたれに身体を預けながら、すうすうと幸せそうな寝息を立てていた。
あまりにも気持ちよさそうなので起こすのは気が引けたが、一向に起きる気配がないので、仕方なく近づき、小声で「アミさーん」と声を掛ける。
「んー、んん。あと五分……」
アミの右手が、カウンターの方向へゆらゆらと動いていく。
何かを探すように
口を少しむにゃむにゃと動かすと、再び寝息を立て始める。
このままでは
ちょうどその瞬間、卓上にある猫の置物が強烈なアラーム音が鳴り響かせ始める。
にゃばばばっばー、にゃばばっばー、にゃばばばっばー!
「にゅわばばばば!」
がばっと跳ね起き、アイマスクを外すと至近距離の健太と目が合う。
謎のにゃばば爆音が広いホール内に反響する中、場は気まずい雰囲気で満たされるのであった。
「お、お恥ずかしいところをお見せしました」
少し顔を赤らめつつも普段通りを装うアミは、勤めて冷静に「今日はどんなご用件でしょうか」と尋ねる。
「あの、ミオリさんに会いたくて」
「あら、ミオリさんにでしたか。実は彼女、今日までお休み頂いているんですよ」
「そうなんですか。病気とかですか」
何となく健康そうなイメージだったので、意外といえば意外であった。
心配そうな顔になる健太を見て、あ、そうじゃないんです、とアミは手をぱたぱたと左右に振る。
「ミオリさんは月に五日程度、連続でお休みを頂く時期が必ずあるんです。本人は念のための検査なのよねー、とおっしゃってました」
「へえ、そうなんですね」
「そもそも、この世界は転生による心の傷や、瘴気による精神の乱れはあるものの、身体は致命傷か不治の病でない限りは護符で何とかなりますし、極端な話、転生すれば身体の傷はリセット出来ますからね」
そういえば、と座学の時にもらった資料にも同じようなことが書かれていたのをふと思い出す。
何はともあれ、お目当ての人物がいないので、どうしようかと途方に暮れる。
「それにしても、ミオリさんに何かお聞きしたいことでも?」
「ええと、……タカバヤシクロトさんのことが知りたくて」
テンシの事を聞いてもよかったのだが、アミを前にテンシの名前を出すのは何となく気恥ずかしいので、あえてクロトの事、という基本に立ち返る。
「あら、健太さん。クロトさんの事ご存じなんですね。テンシちゃんから聞いたのかしら」
「あー。あはは、そんなところです」
言葉を濁す健太に気付かず、うーん、と思案するアミ。そして、
「クロトさんの事を知るのなら、テンシちゃんのことを知るのが一番だけど、直接聞くのはちょっと気が引けるから、ミオリちゃんに、ってところですか」
割と合っている。状況が状況なので、ちょっとではなく、ものすごくではあるが。
「ま、気が引けますよね。私だって、彼女にあれだけ大好きだったクロトさんの事思い出させるのは、あまりにも酷だって思いますもん。胸がきゅーってなります」
健太も違う意味で胸がきゅーっとなるのを感じ、愛想笑いを続けながら思わず胸を擦る。
アミは彼のそんな心の揺れには全く気付かず、頷く。
「うん、それならやっぱりミオリちゃんか、もしくは、ターミナルのレオ爺はいかがでしょうか。特にレオ爺は彼女が墓守になってからの半年間、一番近くで見ていたはずですし」
「あ、そっか、そうですね」
毎日、ターミナルの墓守として、こちらに流れ着く人々を案内するテンシ。
その先輩であり、ここに来て四日目に肥料や土などをターミナルに運ぶ依頼を請け負い、訪問した時に出会った老人のことを健太は思い出す。
「ありがとうございます、その線で行ってみます」
「はい、健太さん頑張ってくださいね」
一礼して足早に出ていく健太の背に、彼女は手を振って見送るのだった。
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