第二十五話 青い髪の少年司祭

 一方の健太は気を取り直して、テンシの想い人である「タカバヤシクロト」について、街の人に聞き込みを開始した。

 アパートのオーナーであるラズリに始まり、レストランの女主人スズコ、たまに利用する食料品店の店員、雑貨屋、さらには中央広場でのんびりしているカップルにまで道すがら尋ねて回る。

 随分と当てずっぽうではあったが、少しだけ判明したこともあった。

 それは、クロトは彼らがこの世界にやって来る随分前からこの世界に居たこと、長身でルックスが極めて良く、青い髪をしていること、そして。

 皆が口を揃えて知っている情報としては、—―やたら強い、ということだ。

 昨年、伝説級の瘴気に取りかれた竜が凶暴な魔物となり、街へ侵攻してきた時、彼と彼と共に行動するテンシやミオリ、そしてもう二人で軽々と退治したエピソードなどが代表的なものであるが、ほかにもその手の話題には事欠かない存在であったようだ。

 この世界で最強の人物という評も有れば、何か怪しげなことを企んでいたと噂する者もいた。

 ただ、彼の素性、普段の行動や目的について、誰一人として詳細を知らなかった。


「この世界は自分のことで必死な人も多いから、そういうものなのかな」


 あまりにも輪郭がぼやけていて、判然としない。

 果ては、黒のフードで目元を隠した怪しげな長身の男が突然現れ、


「クロトのことを調べているのか、ならば私についてこい」


 と、誘われるが、明らかな身の危険を感じ全力で逃げたりと、聞き込めば聞き込むほど、踏み入ってはいけないことに触れているような不安感を覚えるのであった。

 西広場のベンチに座り、そこから見える外の風景を眺めながら休憩をしていた健太は、再び立ち上がり、手掛かりはないかと視線を動かす。

 すると、広場の奥にある一際大きい建物が視界に入り、あっ、と小さく声を上げた。


「そうだ、忘れてた。マリィさんに聞いてみよう」


 テンシとクロトのことを初めて教えてくれた修道女ならばもう少し込み入った情報を知っているのではないか期待し、大聖堂へ向かう。

 中に入ると、そこにはマリィの姿はなく、奥の執務室では、身体に不釣り合いなほど大きめの司祭服に全身を包んだ少年が、事務机に座り分厚い本に目を通していた。


「おや、大聖堂に御用ですか?」


 少年は健太に気付くと、やおら立ち上がり駆け寄る。

 青い髪の少年は、幼い顔立ちをしており身長も健太より二〇センチ以上低い。


「あ、マリィさんはおられますか?」

「あー、マーちゃん。コホン、マリィ修道女は買い出しに出ています」

「あ、そうなんですね」

「ええ、久々に僕がここで執務が出来るので、お留守番を買って出たわけです。彼女もたまには羽を伸ばしたいでしょうからね。ああ、申し遅れました。僕はこの大聖堂で司祭を任されております、カイトと申します」


 と、見た目とは裏腹に丁寧で柔らかい物腰で深々と一礼をする少年に、健太は慌てて同じく頭を下げる。


「健太です。ええと、ルーキーです」

「ああ、貴方が!」


 カイトは顔を輝かせるとさらに近づき、お顔を拝見させて下さい、と健太を屈ませる。

 唇が触れ合うのでは、と思えるほど顔を近付け、カイトは健太を見る。

 気恥ずかしさで顔を背けたくなるが、それはそれで事故が起きそうな雰囲気があり、健太はまともに身動きが取れない。

 たっぷり数十秒ほど経過した後、カイトはすっと一歩引くとにっこり笑いかけた。


     *


「……クロトさんのことを調べているのですか。貴方はどこまでご存知ですか?」


 今まで収集した情報をカイトに伝える。

 カイトはふむふむと頷くと、机の前をゆっくりと行ったり来たりする。

 そして、ちょうど中央で立ち止まり、健太の方を向くと、


「そうですね、僕も知っていることはほぼ同じです」

「強いてあげるなら。僕はこの世界で十年以上暮らしていますが、彼は僕がここに流れ着くより前に既に居た。これは間違いないです」


 そして、と右手の人差し指を天に向け、反時計回りでくるくると回しながら続ける。


「あとは謎が多いですね。彼は約半年前に最終転生ラストダンスを行ったはずですが、彼の恋人であるテンシさんも前日、急にその話をされたそうですし、通常であれば、最終転生はその『質』を最高まで上げる関係で、この大聖堂で行うのが通例です。が、彼はここを使うことはありませんでした」


 そう言って、カイトは一つの画面を開き、健太に見せる。

 それは、この大聖堂での最終転生の使用者記録だった。


「確か、十一月十八日のはず。ここですね、ほら」


 スクロールした先の日にち。そこには他の日とは違い、誰の名も記載されていなかった。


「大聖堂での最終転生は公式行事みたいなもので、あれだけの有名人がやるとなるとお祭りになっていたでしょうから、それをあえて避けたというのは有り得ることですが……。僕の知る限り、彼はかなりの効率重視であった気がするので、意外といえば意外です」


 そしてまた、机の前をうろつき始める。

 思った以上に詳しい話が出てきたことに驚いた健太は、思わず尋ねる。


「カイトさんって、クロトさんのこと、お詳しいんですね」

「あ、いえ。どうでしょうか。ほら、彼は有名人ですから。といっても本当にそれくらいで」


 若干しどろもどろになり、目線が泳いたように見えるが、健太はそれには気づかず、頷く。


「ありがとうございます。とても参考になりました」 

「それならよかった。……後は、彼を知ることが難しいのであれば、いっそのこと近しい人のことを知るというのはいかがでしょうか」


 親友とか、恋人とか、と付け加えるカイトの言葉でテンシの笑顔を思い浮かべ、少し胸が苦しくなりつつ、貴重な申し出に健太は感謝する。


「カイトさん、良いご提案ありがとうございます。ちょっと調べてみます」

「こちらこそ、素敵な時間をありがとうございました。……貴方の道行きに幸有らんことを」


 大聖堂を去る健太の背中を、カイトは目を細めながら眺め続けていた。

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