第二十八話 落ちて、流れ着いた先

 ややあって。

 健太が少し落ち着いた雰囲気になったのを見計らい、レオ爺は口を開く。


「あの子にとっては、この半年間、毎日『ああ』だったんじゃよ」


 棺を確認し、横にしゃがみ、ノックし、起きれば説明と素性確認、そして道案内。

 それは必ず、笑顔で。


「何も変わらん、日常だったんじゃ」

「そう、なんですか」

「うむ。あれだけ可愛い子にこんな状況で良くされたら、気持ちはわかるがのう」


 レオ爺は健太の落胆した姿を見つつ、ふむう、と唸ると、


「とはいえ、お前さんの時は不思議な感じがしたのう」


 ドリップし直した、熱々のコーヒーを啜りながら、その時のことを思い出す。


「あの子、毎日あんな調子じゃからの。割と流れ作業的な感じでやるんじゃが」

「お前さんの時、小窓を覗いた表情が」


 驚いていたような、信じられないものを見たかのような、あの子にしては珍しい顔を一瞬していたような気もするんじゃよ。


「まあ、わしの気のせいかもしれんがの。ふぉっふぉっ」


 そう言って椅子から立ち上がると、玄関へ移動し、健太に手招きをする。


「というわけでお前さん。代わりと言ってはなんじゃが、ここからは儂に付き合え」

「もちろんです。コーヒーも頂きましたし」

「うむ、良し」


 老人は壁にかけていた、少し古いスコーピオを取る。


女子おなごを迎えにいくとするかの」


     *


 先程の少年の棺から、東へ十数歩先の白い棺。


「おお、確かにおるわい」


 そこには、一人の少女が「居た」。

 焦げ茶色のセミロングヘアをした、あどけなさの残る少女の顔が、窓からわずかに見える。


「坊主、おまえさんがやってみい。やり方はあの子と同じじゃ」


 健太は頷くと、棺の横に膝立ちになり、棺の横を数回ノックする。

 ……反応は、ない。


「うむ、もう一回」


 言われるがまま、もう一度ノックしてみる。


 こんこんこん。

 ……。

 こんこんこん。

 ……。


 四度目を行おうとしたところで、棺の蓋が外れ、少し白んできた空へ舞い上がると風に乗り、流されていく。

 見ると、少女が薄目を開け、空へ向けて手を伸ばしていた。


「おお、行けたようじゃな」


 少女は、片ひじを使ってゆっくり体を起こすと、


「え、なに……ここ……?」


 と、か細い声で、横にいる少年に尋ねる。

 健太は、あの時のテンシの言葉を何とか思い出し、たどたどしく説明する。


「ええと、ここは死後の世界、なんだ」

「シゴの世界……死……、私、死んだの?」

「あーうん、そういうことになるね……」

「そっかあ、やっぱりかあ、あはは……」


 徐々に声が出るようになった少女は、澄み切った、それでいて、乾き切った笑いをターミナル内に響かせる。

 後ろで見守っていたレオ爺は、首を振ってため息を一つつくと、


「ようこそ、お嬢さん。君はこの世界に選ばれたんじゃよ」


 と、慣れた口調で、おそらくレオ爺の定番なのであろう、説明を始める。

 いわく、ここは不慮の事故や病気などで死を迎えた者が、まれに流れ着く、死と生の狭間の世界なのだと。

 そして、この世界で死ぬことである『死に終わり』を迎えると、新たな命として転生するのだと。

 ただ、この世界で得られる護符による加護など、様々な準備をし、きちんとした順序を踏んで死に終わりをしなければ、人に生まれることすら至難の業であるので、これから街へ行き、ここでの暮らしを始める用意も含め、諸々の準備するのだと。


「……どうじゃ、お嬢さん。今の状況は飲み込めたかの」

「うん、おじいちゃん、ありがとう」

「ふぉふぉふぉ、良い子じゃ。では少し確認させておくれ」


 老人は古びたスコーピアを被り、サイドのスイッチを入れると、眼鏡の部分が淡い水色に輝く。その状態で、十秒ほど無言で少女を見つめる。

 そして。


「お嬢さんの名前は、本村愛美(モトムラ マナミ)。年齢は十五歳。死因は『転落死』じゃな」


 すらすらと出てくる情報に、少女は驚きを隠せない。


「すごい、そんなこともわかるんだ」

「このゴーグルは、その人の名前、年齢、死因、ちょっとした簡単な数値が分かるんじゃよ」


 この世界は、様々な因縁で人が流れ着く。お嬢さんにとってここが、救いになるよう祈るばかりじゃ。

 老人はひげを伸ばしながら、愛美にそう語り掛ける。

 そして、視界に映る一つの数値を見て、ほんのわずかであるが眉をひそめた。


 愛美が立ち上がれるようになった後、レオ爺は健太に街まで案内するように依頼する。


「これを持っていけ」


 黄色の押し花が入った、可愛らしいしおりを手渡す。


「これは……」

「うむ、『しるし』じゃ。中央官庁に行ったらアミ嬢に渡してくれ。坊主、頼んだぞい」


 レオ爺のいつになく真剣な眼差しに、健太は大きく頷いた。

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