第二十三話 夜明けのコーヒーをボクと

 ん、んん。


「……ここは」


 身体を起こし、辺りを見回す。

 そこは、健太にとって全く見知らぬ部屋であった。

 どうやら二階らしい。左前には階段があり、右手には部屋らしき奥行きがある。

 そして、少し甘い木苺のような香りが下からふわりと立ち昇り、視線を落とすと、


「ん……」


 黒髪が美しい、幼い見た目の女探偵ヨリコが、すうすうと寝息を立て眠っていた。

 普段の利発な、そして姉的な雰囲気とは打って変わって、幼い、本当にあどけない寝顔で眠っている。

 健太が起きた際に薄手の毛布がめくれ上がったため、足首の上までその白い肌が見えており、ブラはサイズがあってないのかずり上がっており、ほぼ、そのていを成していなかった。

 ショーツも片方のサイドがずり下がりお尻のところでかろうじて止まっており、半透明になっている服は、胸元までめくれ上がっているせいで、お腹や、へそのくぼみなどが丸見えの状態であった。


 何が起こったのか、どうしてこうなったのか。


 辛うじてヨリコに泣きついていたところまでは記憶があるのだが、その先が無い。


「うん……んっ……」


 毛布がなくなったせいで少し寒いのか、吐息と共に健太のほうへ身体を更に丸め、腰辺りに鼻先をくっつけて、また寝息を立てる。

 寝ているのを起こすのも申し訳なく、身動きが出来なくなった健太はそのままの姿勢で完全に硬直する。


 十分ほど経っただろうか。

 ヨリコのあられもない姿と、身体から香る匂いと格闘し、少しずつ旗色が悪くなってきた頃、


「んー……!」


 ヨリコはむにゃむにゃと口を動かし、少し体を伸ばすと、目をゆっくりと開け、片手を支えに身体を起き上がらせる。

 半眼で眠そうな目をこすりつつ、焦点の合わない瞳が健太を捉えると、


「ふぉ?!」


 途端に覚醒する。

 自分の姿を確認し、慌てて端の毛布を引っ張り、巻き付け、健太から隠すように身をよじり、健太に目線を向け、少し目潤ませながら、えっち、と唇をとがらせた。


     *


「それにしても昨日は酔っていて分からなかったが、サイズ大き目だな、これ」


 数瞬の後、ヨリコはいつもの雰囲気に戻りながら、下着の位置を直す。


「ほら、ボクのエロシーンだ。もう一生縁がないかもしれないから、目に焼き付けておきたまえ」


 ベッドの横で両手を腰に当て仁王立ちになり、少し動いただけでずり下がるブラの紐を定期的に直しながら見せつける。


「いえ、なんというか、ちらちらはみますけど」

「見るのか……。少年は存外にムッツリだな」

「誤解のないように言っておきますが、変な意味じゃなくてその、綺麗だからです」

「……」


 ヨリコはトンデモ回答に絶句すると、顔を見られないように、ふい、と顔を背ける。


「ま、まあ、とりあえず少年は下に降りていてもらえないか。着替えるに着替えられない」

「あ、すいません、すぐに降ります!」


 慌ててベッドから立ち上がり、健太は急いで階段を降りていく。

 それを見送ると、


「~~~~~~~~~~~~っ!」


 顔を一気に赤くすると、ベッドに転がり、枕代わりにしているせいで完全に平たくなったクマのぬいぐるみを掴み、ばんばん、と叩き付ける。

 その後、ぎゅうっと強く抱きしめると、口元が枕に隠れた状態で、


「ばか……」


 と、耳先まで真っ赤にしながら、小声で呟く。


 下に降りて、健太は改めて部屋を見回す。

 そこは一〇畳くらいの部屋で、奥に調理台や流しがあり、手前のエリアには木製のテーブルと椅子が四脚据え付けられていた。

 その一つに座りながら待つ。

 先程の二階とは違い、ぬいぐるみなど趣味めいたものは見受けられず、いつでも人を迎えられるような、落ち着いた部屋だった。

 玄関の入り口付近にある瓶からだろうか、木苺とミントを混ぜ合わせたよう匂いが部屋をふわりと満たしていて、目を閉じるとまた寝てしまいそうなほどリラックス出来る空間である。

 そこでぼんやりとしていると、


「少年、すまない。待たせたな」


 トントントン、と軽い足取りでヨリコは階段を駆け下りて来る。

 黒髪を後ろで高く結い上げポニーテールにしており、普段とは違う姿に思わず見惚みとれる。

 そんな彼の視線にヨリコは全く気付かず、少し慌てたような雰囲気で尋ねる。


「ええと、朝食を作るが、簡単なものでもいいかな。パンは食べられるか? 嫌いなものとかはないか?」

「大丈夫です。何でも食べられます、多分」

「うん、そうか。じゃあちょっと待っていてくれ、頑張る」


 健太の横を通り過ぎ、キッチンエリアの壁に掛けていたモスグリーンと白に彩られた花柄のエプロンをつけると、冷蔵庫やバスケットから具材を取り出し手早く調理する。

 ポニーテールを揺らしながらテキパキと調理していく後ろ姿に、ヨリコさんって意外と家庭的なんだなあ、と健太は感心する。

 そして、ふわりと漂う香ばしいベーコンや卵、パンの匂いで空腹を刺激されるのだった。


「うん、すごくおいしい」

「そ、そうか、よかった」


 余程お腹がすいていたのか。

 物凄い勢いで食べる健太を見ながら、ヨリコは時間をかけてコーヒーを啜る。

 

「ところで、昨日って……」


 健太はおずおずと尋ねる。

 あの後何が起こったのか、そして、朝、どうしてあんな状況になっていたのか。


「ん、ああ。それはね—―」


 ヨリコは事も無げに昨日の経緯を説明する。

 ダウンした健太を家まで運んだこと、床で寝かせるのは忍びないから一緒に寝たこと。全く色気なく、順序立てて。


「何かあったのかと期待したのなら申し訳ないが、ノータッチ少年だったぞ」

「そ、そうですか。良かった」

「はっはっは。ボクは一時の気の迷いで少年とあだるとはしないのだよ」


 ほっと胸を撫で下ろす健太に、目を閉じ鼻を鳴らしながら笑うヨリコの耳はうっすらと赤みが差していた。


「それはさておき少年。『昨日の話』は覚えているか」

「それはばっちり覚えています。途中から記憶が飛んじゃいましたけど、テンシさんのこと、チャンスがまだあるかもということで、僕がこれからどうするかですね」


 健太の言葉に、ヨリコは大きく頷く。


「ああ、少年の頑張り次第だと思う。それに、これは推理でも何でもなく女の勘だが、きっと、ここから始まるのだと思うよ」


 そう言って、空になったカップにポットからコーヒーを注ぎ入れる。

 砂糖を一欠ひとかけら入れ、くるくるとスプーンで混ぜるヨリコを眺めながら、健太は考える。

 とはいえ、何をどうしたらいいものか。


「まずは、彼女の好きな人物を知ることからだな。少年は心当たりがありそうだが」

「ああ、それなら。以前マリィさんから聞きました。タカバヤシクロトさんだと思います」


 ヨリコはその名前を聞いても、あまりピンとこない。


「ふむ、知らない名前だな。つまりボクが来たタイミングより過去の人物か」

「ヨリコさんは、いつ頃こちらに来たんですか?」

「実はまだまだ新参者でね。今年の三月頃にここへやって来た」

「あ、そうなんですね」


 職業柄だろうか、普段の物腰が見た目に反し極めて落ち着いているので、もっと前から居ると健太は思っていただけに、少々意外な事実であった。


「……今、見た目に反して意外って思っただろう」

「……」


 ジト目で見つめられるが、口を開くと悪い方向に転がる予感がして、健太は無言を貫く。

 ヨリコはうむう、と一つ唸ると、気を取り直して話を続ける。


「まあ、いい。何はともあれ、今まで関わった人に話を聞いてみるのが一番だろうね。こっちでもちょっと調べてみるから、ゆっくりやっていこうか」

「ありがとうございます、ヨリコさん」

「なに。情報を基に可能性を模索し、探求し、答えに辿り着く。探偵としては腕の見せ所だ。ボクも手伝うから、少年は少年に出来ることをしていこう」


 そう言って、空になった健太のカップにもコーヒーを注ぎ入れるのだった。

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