第二十一話 告白、そして
その後、ようやく自身と場の平静を取り戻した健太だったが、戻ってからのこの数日、ずっと気になっていることがあった。
「そういえば、あちらでの記憶ってやっぱり思い出せないのかな?」
転生時の記憶が全て消えている、思い出せないというのは既に身をもって経験したことではあるが、何か思い出せる方法や抜け道がないか、
が、テンシは首を横に振ると、
「ご承知の通り、転生時の記憶はこちらに持ち込むことは一切出来ないのです」
「また、これに関して対応出来る護符も現状見つかっていません。唯一分かることといえば」
そこで言葉を切ると、中空に四角を描き一つの画面を取り出す。
「転生時の種族、名前と、享年くらいです」
そこには、
【人間】【片桐 沙希】【享年二十八歳】
と、表示されていた。
正直、欲している
しかし、あの何かを約束し、誓ったはずのその一
「それでいいから、僕のも見せて欲しい」
「健太さんはもうシステムに触れるので、望めば出てきますよ」
転生時のデータ読み出しを思い浮かべながら、画面を描いて下さいと言われ、それをイメージながら、中空に四角を描く。
すると、四角の中に同じようなデータが表示される。
【人間】【北川
当然ながら、そこから何一つとして引き出されるモノはない。
ただ、名前と生きられた年齢を見ただけでも、約束が少し果たされた、そんな気がして。
「そっか……」
と、短く言葉を漏らす。
テンシはそんな健太を見て、少しわざとらしく明るい声で、
「むむっ、もしかして私と健太さんが、結婚してたりを期待しちゃったりですか!」
と、ジト目になり、
「残念ながら、そういうのはわからないんです。名前も生まれた時のフルネームですから、もし結婚していたとしても、そこは不明なのです。あー、残念、本当に残念だあ」
目を閉じながら、リズムをとるように身体を右へ左へ軽く揺らしながら、残念、ざんねん、と繰り返すテンシに、健太はポツリと呟く。
「……うん、本当に残念」
その真剣な、どうしようもなく真剣な声色に驚き、テンシは思わず隣に座る彼の顔を見上げる。
健太は言葉を続ける。その結末を予感はしていても、続ける。
「――、なんだ」
小声でそれを、呟く。今なら止まれるよ、と。誰かの声が聞こえた気がする。
それでも、もう一度。今度ははっきりと、口にする。
「好き、なんだ、テンシさんの事が」
溢れた言葉は、想いは、確かに彼女に届いた。届いて、しまった。
テンシはびくん、と肩を震わせる。
先程の明るい雰囲気とは打って変わり、場を静寂が満たす。
どれくらい時間が経っただろうか、少女は口を開く。
「ええ、っと、あの……」
テンシは両手を組み、人差し指同士を合わせたり、くるくると回したりする。
あ、めちゃくちゃ困ってる。
初めて見る、彼女の「本当に」困惑した表情を見て、健太は自らの選択を後悔する。
「その、ごめんなさい」
「私、好きな人がいるんです」
「だから、今は駄目です。まだ知り合って日も浅いし、好きな人が大きすぎて、だから」
「……ごめんなさい!」
矢継ぎ早にそう伝え、彼女は部屋から逃げるように出ていく。
一人残された健太は脱力し、ベッドで仰向けになりしばらく茫然としていた。
だが、精神状態とは無関係に
すぐに熱を取り戻したそれは、
シチューは不慣れな手作りの温かみがあり、まろやかで味はとても美味しかった。
が、今の彼にとっては、ほんの少し塩辛いものであった。
*
「おかえりなさい、テンシお嬢様」
健太と別れたテンシは、ふらふらとした足取りで家路についていた。
気が付くと玄関を
「うん、ただいま、リンネ。お部屋に戻ります」
「はい、お夕食が出来ましたら、お呼びいたします」
テンシはエントランスホールの階段から二階へ上がり、一番左奥の寝室へ入る。
一目見てわかるほどの、数々の高級な調度品が備え付けられた広い部屋。
その奥にある
ぎっ、とスプリングがきしむ音がし、ほどよい弾力でテンシの身体は緩く弾む。
この瞬間が少女にとって、外での疲れを癒す儀式そのものであり、至福の時であった。
……いつもであれば。
そう、いつものことなのだ。
墓守を始めてからの半年。幾度となく経験したこと。
初めて街まで案内をした男の子も、そうだった。
南門で待ち伏せしていた彼からは、花束と共に、熱い気持ちを突然打ち明けられた。
私は今日と同じように、その気持ちを受け止めることはなかった。
雪の降る日に案内をした子からは、その後呼び出され、中央広場で、想いを伝えられた。
私は今日と同じように、その想いを受け取ることはなかった。
ある人は私を食事に誘い、北東エリアの高級店、その中でも最高の席で愛を語った。
私は今日と同じように、その愛に応えることはなかった。
同じ。今日も同じ。いつもと同じ。なのに。
今日は、胸が締め付けられるような感覚に戸惑う。
少しでも楽になろうと反転し、仰向けになる。
見上げると、天蓋から垂れ下がる絹が、反転した振動を拾ってゆっくりと揺れていた。
「なんで、なんだろ」
思わず口に出してしまう。
先程の三人と彼はもちろん違う。
一緒に依頼をこなし、ご飯を共に食べ、彼の凶事にあっては共鳴転生すら行い、ここ数日は、リンネに作り方を教えて貰いながら、彼のために慣れない料理を作ったりもした。
脳裏にすぐ、健太の横顔が浮かび上がる。
驚いた顔、嬉しそうな顔。そしてさっきの悲しそうな、申し訳なさそうな顔。
でも。
「でも、私が好きなのは、クロトさん……」
名前を呼ぶだけで、身体の芯が熱くなる。そして、胸の奥が苦しくなる。
必死に記憶から、その横顔を呼び起こす。
大好きな人。いつまでも、どこまでもずっと傍に居たかった人。
「会いたいよう……」
彼女の儚い
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます