第十四話 見た目はロリ、年齢はお姉さんな探偵

 依頼の報告を終えた健太は、入り口近くの椅子に座り、ようやく一息つく。

 そのままぼんやりと紹介所内の人の往来を眺めていると、


「うぬう」


 一際小柄な少女が、掲示板の前でうなりながら左上の一番高いところにある石と、その画面を見上げて、否、にらみ付けている。

 左右を見回し、人が少ないことを確認すると、おそらく全力のジャンプをし、留められている石を取ろうとするが、かすりもしない。

 誰かに見られてないかと、再度左右を見回す。

 請け負い中の人がまだ多いのか、それとも偶然か、ほとんど人の姿は見かけなかった。

 少女はため息を一つこぼし、再度ジャンプするが、それでも留め石とは三〇センチほどの差があり、全く取れる気配がしない。しかも被っていたハンチング帽が頭から落ち、つやのある綺麗なロングの黒髪が跳ねる。


「むう……」


 床に落ちたそれを被り直し、落とさないよう今度は小ジャンプにするが、当然のように取れない。

 そうこうするうち、依頼を終えたと思しき、複数のパーティーが室内に入って来る。

 人目が増え、身動きしづらくなった少女は掲示板の前で、再度目当ての石を見つめる。


「……」


 健太は見るに見かねて、椅子から立つと掲示板のほうへ向かい、少女の横に立つと、少女が欲しがっていたであろう石を取る。


「あっ、それは」


 少女は健太に向け何か言おうとするが、それより先に、手にした石を彼女に手渡す。

 少女は戸惑いながら受け取ると、


「ありがとう、少年」


 と、あどけなさの残る声でお礼を言うのだった。


 その後、少女はカウンターで登録を終えると、健太のもとへ駆け寄る。


「少年、改めてになるが、先程はありがとう」

「あ、いえ、困っていたみたいなので」

「う、うむ……。少年のその口振りを見るに私の醜態しゅうたいを見られていただろうから、非常に恥ずかしい限りだが、何はともあれ善意とは嬉しいものだ」


 と、少女はぺこりとお辞儀をする。そして、真っすぐな瞳で健太の目を見て、こう切り出した。


「こういうのも何かのえん。少年はまだルーキーみたいだし、お姉さんがお礼といってはなんだが、一食おごりたいんだが」


     *


「いやあ、勤労の後の一杯は最高だな少年!」


 南西の住宅街エリア。そこからさらに奥に入った先に広がる下町ダウンタウンエリアの一角。

 狭い路地には小ぢんまりとした飲食店が立ち並び、喧騒けんそうと酒や肉の匂いで満ち溢れていて、実に陽気な雰囲気だ。

 その中の一つ。比較的、席数の多い店に二人の姿はあった。


「あの、それお酒では……」


 ジョッキに注がれた酒気しゅき漂う黄金色の液体を、勢いよくのどに流し込む少女を目の当たりにして、健太は思わず口を出さずにはいられなかった。

 少女は軽く頬を膨らませると、


「何だ少年。お姉さんをいくつだと思ってるんだ、キミィ」

「そうですね……」


 改めて、隣に座る少女の姿をまじまじと見る。

 艶のある美しい黒髪を腰下まで伸ばし、少し勝気な雰囲気の茶褐色の瞳に幼い顔立ち。

 前髪は、まゆが隠れる程度で切り揃えており、端の一部分だけ可愛いおでこを見せている。

 身長はおそらく一三〇センチ半ばだろうか。黒にグレーのラインが入ったハンチング帽を被り、濃い灰色のブレザーに赤のループタイ。白いブラウスに、黒地に赤いラインの入ったチェックのショートパンツ。

 黒いサイハイソックスに、こげ茶色のローファーという装いであった。

 視線を浴び、少女は健太からカウンターに身体の向きを戻す。


「ああ、もういい、恥ずかしくなってきた。二十二歳だ、ボクの死亡年齢は」


 そう言って、今度は少しゆっくりと味わうようにジョッキをあおる。

 のどごしを味わい、ふう、と息をつき、ジョッキをテーブルに置くと、


「というわけでお姉さんは、お酒が飲める年齢なんだ。えっへん」


 と、再度、健太へ身体ごと振り向き、自慢げに笑みを浮かべる。


「人を見た目で判断してはならないのだよ、ルーキーの少年君」

「それを言ったら僕、ルーキーじゃないかもしれませんし、意外と年上かもですよ?」


 健太は精一杯の反抗をしてみせるが、少女、否、女はふふんと笑うと、


「それはないな、少年。いや、ケンタ君、だったか?」


 と、これまで二人の会話に一度も出てきていない少年の名を言い当てる。


「驚いているな少年。まだ名乗ってもないのになぜ、と」


 女はジョッキを軽く上げ、店主におかわりを要求すると、言葉を続ける。


「なに、実に簡単なことだよ。まずはルーキーのところだが。ボクは、君がテンシ君と歩いているのを二日前に見ている。かつ、それより前に君の姿を見たことはない」

「また、君の服装だが、ここに来てすぐ支給される類のものだ。細々としたことは他にもあるが、これだけの情報があれば、君がルーキーであることは容易に特定出来る」


 すらすらと出てくる推理に、健太は驚きを隠せない。

 女は店主が持ってきたおかわりに口をつけると、液体を三分の一程飲み、続ける。


「続いて、君がボクより年下の少年であること、そして名前のことだが。これも実に簡単だ」


 そう言うと、健太を見つめる女の瞳の奥が、きらりと光ったような気がした。


「紹介所の業務は結構大変でね。数が多すぎて、一段落するまでは画面展開をそのままにしておくくせがあるんだ」

「とはいえ膨大な量だ。だが、ルーキーの場合、各種依頼が初期登録となり、入力が必要なため、あえて分けて置いておくようにしている」

「その情報をチラッと確認した。ただそれだけのことだよ」


 呆気あっけにとられる少年を尻目に、女は幼さの残る天真爛漫てんしんらんまんな笑顔を浮かべ、ほとんど空になったビールのジョッキ片手にこう名乗る。


「自己紹介がまだだったね。ボクは溝川ヨリコ。――探偵をやっている」

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